第283話 世界で一番


 井上を会議室に残し、俺は杏里と杉本のいる手芸部に足を運ぶ。

放課後から杏里はずっと手芸部に籠っており、連絡も取っていない。


――コンコン


『どちら様で?』


 中から声が聞こえる。


「天童です」


『しょ、少々お待ちを!』


 中が突然騒ぎ始めた。

な、なんだ? もしかして来ちゃまずかったのか?

扉の前で待っていると、中から声が聞こえてきた。


『ど、どうしよう』


『別にいいんじゃない? むしろ、衣装合わせもできるし、入れちゃったら?』


『でも、まだ姫川さんの準備が……』


『未完成でもイメージはできますよ。姫川さん、入れてもいいですか?』


『司君だったら、見せてもいいかな……』


 中で何が起きているんだろう?

ゆっくりと扉が開く。


 そして、俺の目の前には純白のドレスを身に纏い、手にブーケを握っている姫が現れた。

結婚情報誌も読んだ。実際の式場で写真に写った花嫁を見た。

そんな誰もよりも、俺の目の前にいる姫が一番美しい。


「綺麗だ……」


 俺は吸い込まれるように、杏里へ歩み寄り目の前までやって来た。


「ど、どうかな? 変じゃないかな?」


 言葉に詰まる。

なんと答えたらいい? 杏里の瞳はいつも以上に輝き、俺を見てくる。

薄らと化粧もしており、頭に輝くティアラも杏里の美しさを更に美しく魅せている。


「とても、綺麗だよ」


「へへっ、まだ完成じゃないんだけど、とても綺麗でしょ?」


「ドレスも綺麗だけど、杏里も綺麗だ……」


「ごほんっ!」


 我に返る。

おっと、ここは手芸部の部室でしたね。


「そろそろいいかしら? こっちも時間がつまってきているので」


「す、すまん」


「天童さん、こっちに」


 手芸部のメンバーに手を引かれ、服を渡される。


「これに着替えてください」


 渡されたのはグレーのスーツみたいな服。

燕尾服かな?


 カーテンを閉め、渡された服を着る。

普段着ない服を着るのは何だか新鮮に感じる。


「終わりました」


「おぉ、これはこれで、なかなか……」


 再び手芸部に手を引かれ、杏里の隣に立たされる。

杏里と目が合う。そして、お互いににやけてしまう。


「どうですか、部長。イメージ通りですか?」


 部長は腕を組み、俺と杏里を交互に見てる。

眉間にしわを寄せ、何か考え込んでいるようだ。


「大体イメージ通り。でも、もう少し姫川さんを華やかにした方がいいわね」


「そうですか? 十分では?」


「何を言っているんですか! もっと美しく、もっと綺麗に、もっと華やかに!」


「は、はぁ……」


「天童さん、もういいですよ。イメージはわきました。そろそろお引き取り下さい」


 嵐のように引き込まれ、そして着替えが終わったら外に放り出された。

な、なんなんですかー! 俺の服は五分で終わりですか?


 部室の外でモンモンしていると杉本が声をかけてきた。


「ごめんね、何だかみんな気が立っていて」


「そうなのか?」


「だって、ウェディングドレスだよ? みんな力が入るって。それに、杏里も綺麗だしさ、ちょっとうらやましいな」


 少しだけ遠くを見ている杉本。

いつか、杉本もウェディングドレスを着る事になるんだろ。

なぁ、高山。そうだよな?


「杏里も杉本さんも大変だと思う。ここが正念場、頑張ってくれ」


「もちろん! 二人の為に、頑張るよ。杏里、綺麗だったでしょ?」


「あぁ、本物の天使を見たかと思ったよ」


「その天使が、天童さんの事ずっと想っているんだって。綺麗な姿を見てほしいんだってさ」


 少しにやけ顔で俺の脇腹を杉本が肘鉄で攻撃してくる。


「俺も隣に立って、恥ずかしくないようにしないとな」


「大丈夫。きっと、杏里の隣は天童さんしかいないよ」


「だな、俺しかいない!」


「頑張ってね、応援してるから。じゃ、私戻るね。まるで締め切り前の漫画家みたいに時間が無いの」


 杉本が言うと、本当に切羽つまっているように感じる。

徹夜とかしないよね?


 杏里の姿を思い浮かべながら、俺は一人屋上にやって来た。

フェンス越しに見える空は、紺と橙のグラデーションカラー。

杏里と出会って色々な事があった。


 一緒に料理したり、ゲームセンターに行ったり。

映画も見たし、お祭りにも行った。

一緒に月を見たり、花火をしたり。


 思い返すと、なんだか胸が温かくなる。

杏里と出会って良かったと、心の底から思う事ができる。

杏里は俺と出会って良かったのか?


 不意に誰かに目隠しをされた。

柔らかく、細い指。

ほのかに香る石鹸の香り。


「だーれだ?」


 俺が聞き間違えるはずないだろ?


「誰だろ?」


「分からないの?」


「そうだな、俺が世界で一番愛している人かな」


 目の前が明るくなる。


「残念。世界で一番司君を想っている女の子でした」


 なんだそれ?はずれなのか?

微笑みながら見つめ合う二人。


「何してるんだ? 衣装はどうした?」


「今から手直しで脱いだよ。どう? 綺麗だったでしょ?」


「あぁ、世界で一番きれいだったよ」


「本番はもっときれいになるからね。楽しみにしてて」


 俺の頬に杏里の唇が触れる。


「分かった、楽しみにしている」


「戻るね。今度はアクセサリーの見直しだって」


 杏里の背中を眺める。

長い髪が風に揺れ、杏里の姿は消えていった。


 杏里。

絶対に俺が幸せにするよ。

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