第282話 信じる道


「待っていたよ」


「ども。で、本当にするのか?」


 やって来た奇術部。披露宴で余興をしてくれると。

一体どんなことをして、観客を沸かせてくれるのか。


「主役達にも参加してもらえば、会場は盛り上がるからね」


 俺はみんなに内緒でこっそりと打ち合わせをする。

特に難しい事もない。簡単な事だ。


「おっけ。じゃぁ、さっそく練習を……」


 内心ドキドキしながら説明を受け、流れを確認する。

よし、多分大丈夫だ。


「では、当日よろしくお願いします」


「ふふ、今から楽しみですね」


 怪しげな部長の目を見ながら、少し不安になりつつも奇術部を後にした。

机の上にあった長めのシルクハット。

きっと、あそこから鳩かトランプが出てくるんだろうなー、と思いつつ吹奏楽部に行く。


「すいません、お待たせしました」


「いえいえ、こちは普段通りの練習だから気にしないで」


 そんなに広くない部室、と言うより音楽室。

イベント日で演奏する予定の曲もほぼ決まったようで、各パートごとに練習しているようだ。


「で、当日はこんな流れで……」


 俺が部長と当日の流れについて確認する。

部長は真剣に俺の話を聞いてくれ、少しでも気になるところがあれば俺に聞いてくれた。


「では、このタイミングでこれを?」


「はい。予定ではステージは空いているし、カーテンも閉じていいます」


「分かった。と、なると演劇部のメンバーとも打ち合わせが必要だね」


 各部ごと、単独で動くところもあれば、今回のように他の部と連携をして動く事も多い。

うーん、だんだん全体が見えなくなってきてしまった。


――ブブブブ


 スマホが震えだす。

画面を見ると遠藤からのメッセージだ。


「では、予定通りによろしくお願いします」


「はい、予定通りに。あと、詳細が決まったらまた連絡しますね」


 吹奏楽部から会議室に戻る途中、遠藤からのメッセージを確認する。


『例の件、学校側からの許可は取れた。予定通りで』


 よし、遠藤良くやった。ありがとう!


『さんきゅ! 良かった、断られたらどうしようかと思ったよ』


『初めは渋られたけど、何とか説得できたよっ』


 さすが遠藤。スマホ越しにも遠藤スマイルが見えてくるぜ。


会議室につくと会長が机で無線機をいじっている。

こんな所で何してるのかな?


「お、天童か。ちょうど出来た」


 会長が俺の手にイヤフォンの先っぽだけを渡してきた。


「これは?」


「俺の無線機が近ければ、同調して同じ音声が拾える。ただし、発信はできない。こっちの通信を聞くだけだ」


「何でこれを?」


「イベント中には何があるか分からない。一応念には念を入れて、こっちの動きも耳に入れておいてほしい」


「分かりました」


 俺はもらった小型インカムを耳に当てる。


「姫を守る最後の砦だからな。万が一のことがあったら、その時は……」


 ないない。ただの文化祭ですよ?

ましてや、会長も警備してくれるし、大勢の生徒がいるんですよ?

その中をかき分けて、杏里にちょっかいを出す奴なんでいないでしょ?


「はい。万が一の時は、杏里を守ります」


「ふっ、すっかり男の顔になったな。充電、忘れるなよ?」


 準備が進む。

エックスデーまでそんなに多くの時間があるわけではない。

俺達の出来る事をしていこう。


――ブブブブブ 


『て、天童! トンカチで指うったー!』


 ドキッとしながらメッセを見る。

写真つきなので、大怪我と思ったが、芸人のような大きな膨れた指を着けている。

なんだ、随分余裕があるじゃないですか。


 高山。例え余裕が無くても、その余裕っぽく魅せる所、嫌いじゃないぜ。


『それは大変だな。杉本になでなでしてもらったら?』


 それ以降、返事が来なかった。


 歩きながら次に向かったダンス部。

校内にこんな所もあるんだと感心してしまう。

壁面には大きな鏡が一面に張られている。

そして、流れる曲に合わせて男女が、こぅ、グイッと言った感じで踊っている。

足の流れもスムーズで、見ていて楽しい。


「お、天童君。準備は順調に?」


「ボチボチです。ダンス部の方は?」


「こっちは代表メンバーを選考中。吹奏楽部の生演奏で踊れるから、みんな張り切ってるよ」


 今回吹奏楽部とコラボでダンス部が踊る。

曲も決まっており、現在メンバー選考中。こっちも多忙のようだ。


「で、そんな状況で本当にするんですか?」


「もちろん。余興は楽しまなきゃ」


 ここのメンバー全員が舞台に立てるとは限らない。

全員が出れるように、何とか調整できないんか?

一つ、仕事を増やすか……。


――


 戻ってきた会議室。

そこで各部の動きや連携状態を見ながら、遠藤と井上と状況を把握していく。

遠藤の開いたパソコンモニタ、細かすぎます……。


「井上さん、僕はちょっと資料を印刷してくるから、天童君に説明をお願いできるかな?」


「いいよ、えっと、ここからここまででいいのかな?」


 マウスを操作する井上。しかし、パソコン操作に慣れていないのか、うまく動いていない。


「あ、そっちじゃなくて……」


 遠藤の手が、井上の手に重なる。


「「あっ……」」


 俺の目の前で二人が視線を交差させている。

おい、何してるのかな? 目の前に天童君がいますよ?

二人の事、さっきから見てますよ?


 数秒、シーンとした会議室。


「で、説明は?」


 ハッとしたように、遠藤が乗せていた井上の手から距離を取る。

井上も両手を膝の上の乗せ、もじもじしている。


 めんどい、お前らもう付き合えよ。

こっちはこっちで忙しいんじゃ! はよ、説明せんかい!

そして、目の前でラブコメ禁止! 二人の時にしてくれ。


「じゃ、あとはよろしくね」


「うん……」


 頬を少し赤くしながら、遠藤を見送っている。


「えっと、説明するね」


 マウスを動かしながら丁寧に説明してくれた。

現時点の進捗度合、現状の予定と比べ、遅れそうなところをピックアップ。

各部の連携図や当日の動きなど詳細にまとめられており、非常に見やすい。


「これを見ると、演劇部の大道具が遅れ気味なのか?」


「そう、そもそも柔道場を改造って、無理なんじゃないのかな?」


 だから高山は応援に行ったのか。

てっきり仕事が無いから釘でも打っているかと思った。

先をみて行動しているんだな。


「後は……。手芸部か」


「そうだね。ドレスの作成に予想以上の時間がかかっているみたいだし、会場の飾りや花嫁の衣装に合わせた服飾品も。少しサポートが必要かも」


「分かった。確か杏里と杉本さんが手芸部に行っているはずだから、この後俺も行ってみるよ」


「うん。他は何とか大丈夫かな」


「後は、俺達だな」


 決意に満ち溢れた井上の眼差し。

大会の時にも見せたその目を、俺は嫌いではない。

そんな目をした奴の事、応援したくなるんだよな。


「なぁ、井上さん」


「ん?」


「遠藤の事、好きか?」


 いきなり突拍子も無い事を言ってみた。

すると、みるみる顔が赤くなっていく。


「……好き、かも」


 何だ、可愛い仕草もできるし、普通に可愛いじゃないですか。

遠藤、やったね!


「そっか、それは良かった。あいつも悪い奴じゃない。よろしく頼むよ、結構奥手だと思うからさ」


 無言で頷く井上。

さて、俺も愛しの杏里に会いに行きますか。


「じゃ、引き続きよろしくな。遠藤には手芸部に行ったって伝えてくれ」


「分かった。あの、天童君……」


「どうした?」


「その、ありがとう。ボクがんばるよ」


「『俺達は今、青春時代ど真ん中。かっこ悪くても、迷っても、進んでいこうぜ』」


「そうだね、今しかないもんね、青春時代は」


「以前、高山に言われたセリフ。そのまま井上さんに伝えるよ」


「え? 高山君が言ったの?」


「あぁ、俺が杏里と付き合う前の話。高山、良い奴なんだ」


 井上が席を立ち、窓の外を眺める


「あ、いたよ」


 窓から見えるグランドの端っこに、演劇部の部室がある。

その部室前で高山が演劇部のメンバーと何か話しながら動いている。

ここからでも張り切っているのが見える。


「あいつ、いつでも熱いんだよな」


「そうなんだ。ただの――」


「そう見えるだろ? でも、あいつは違うよ」


「高山君も青春ど真ん中って感じなんだね」


「みんなそうだろ? 勉強して、部活して、好きな人に想いを寄せて」


「上手くいくかな?」


「さぁ? それは分からない。でも、自分を信じて進んでもいいんじゃないか?」


 俺は俺の信じる道を。

杏里を、高山を、杉本を、遠藤を、井上を。

父さんも、母さんも、雄三さんも、みんなを信じる。

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