第281話 見えない調味料


 放課後、文化祭も迫ってきており、各部の動きも活発になってきた。

俺達も各種手配、スケジュールの確認などで授業よりも忙しくなってきてしまった。


「杉本さん、予算って大丈夫そう?」


「えっと……」


 手元にあったノートを見ながら杉本はページをめくっていく。


「多分、大丈夫だと。報告を貰っている各部からの領収書を見る限り、商店街で購入する物がかなり安くなっていますね」


 メガネのフレームを人差し指でクイッと上げる姿は何となく秘書っぽい。


「了解。色々と助かるよ」


「予算不足で失敗とか、嫌ですからね」


 ノートを閉じた杉本は俺の隣を通り過ぎ、一人で歩いていってしまった。


「杉本さん、どこに?」


「杏里の所。今は手芸部で打ち合わせしているから私も」


「そっか。高山は?」


「高山君なら演劇部と一緒に何か作っていると思うよ?」


 そういえば帰りのホームルームが終わった後、頭にねじり鉢巻き巻いて教室から出て行ったな。


「少し、様子を見てくるか……」


「行かなくても大丈夫だよ。高山君には高山君の、天童さんには天童さんの仕事があるでしょ?」


「そうだな、俺にできる事を進めるか」


 杉本に言われ、俺は初めに華道部に顔を出す。


「こんにちはー」


「はーい、開いてますよー」


 華道部の部室を開けると目の前で打ち合わせ中だ。


「あ、天童さん。ちょうど良かった。こんな感じで進めようと思いますが、いかがでしょうか?」


 見せられたイメージ図と花の種類。

そして、式場や会場に飾る花の位置について説明を受ける。


 正直俺は花に詳しくない。

季節とか大きさとか、イメージとか。

でも、用意する花は膨大な量だ。この全てを彼女たちに任せていいのか?


「良いと思いますよ。この量、結構大変かと思いますが、大丈夫ですか?」


「文化祭の前日までに全てをそろえる予定なので十分間に合います。明日は姫川さんとトスブーケに着いて打ち合わせをするので、それが決まれば準備物については終わりですね」


 思ったよりもスムーズに進んでいるっぽい。

造花ではなく本物の花だ。注文して納期まで少しタイムラグもあるだろうし、作成自体、本当に短時間で行うのだろう。

是非とも頑張ってほしい。


「分かりました。各テーブル席の花には予定通りネームを?」


「はい。各テーブル席の花には作成者のネームを入れます。まだ、誰がどこのテーブルを担当になるか決めていないので、この後決める予定です」


 作成者のネームを各花に入れてもらう。

そうすることによって華道部は文化祭に出品する花を見てもらう事ができる。


 進み具合も確認し、次に行ったのは料理研究部。


「こんにち――」


『違う! そうじゃないんだよ! だから――』


 中から大きな声が聞こえてくる。

何かもめ事か?

気になり、そっと扉を開け中の様子をうかがう。


 扉の隙間からはエプロンを身に着けた部員と思われるメンバーが一か所の調理台に集まり、何か話している。


「基本的にフルコースを用意する。ただし、テーブル席以外の一般客用。こっちも同じものを出すのは予算的に難しい。数がかなり違うんだぞ?」


「来場されたお客様にも同じものを提供出来なければ、差が出てしまうだろ? 料理でみんなを幸せに、お腹も胸もいっぱいにするのがこの部のミッションだ!」


 何やら結構話しこんでいる。

俺が出ていってもいいのかな?


「部長、どうしますか?」


 腕を組み、眉間にしわを寄せながら部長が考え込んでいる。

テーブル席と同じ質では提供は難しい。だが、出来れば同じ料理をみんなに提供したい。

その気持ちは分かります。


「アミューズ、オードブル、スープ、魚、口直し、お肉、サラダ、デザート、そしてケーキとドリンク」


 部長がノートをめくりながら話し始めた。


「予算は有限だ。いいか、食事で満足させるのが俺達の仕事だ。俺達は、あの二人に恥をかかせるのか?」


「そんな事はない、ですが……」


――パァァンッ!


 開いていたノートが大きな音を立てて閉じられた。


「コース料理は続行。ただし、内容は食材を一から見直す。来客用はオードブル型式に変更。それと、来場者には子供も来るだろう。子供用のメニューも追加だ」


「部長、さすがに子供用まで……」


「文化祭には多くの人が来る。もちろん出店もあるだろ。だが、今回のイベントは別格だ、絶対に子供も見に来る。満足させたいだろ?」


 なんだ、この部長が発する『満足させたいオーラ』は。

どうして、そこまで満足にこだわる?


「分かりました。一班から三班は食材の見直し、あと四班と五班は子供対策だ。できれば他の出店とかぶらないように、事前にチェックを」


「「はーい」」


「副部長も大変ですね」


 一人の女生徒が声をかけている。


「ま、今に始まった事じゃないし、部長の言った通り、お腹いっぱい食べれば幸せになれるだろ?」


「そうですね。美味しいご飯を食べると幸せな気持ちになりますからね……」


 美味しいご飯を食べると幸せになる。

確か男心をつかむには、胃袋と聞いた事があるな。

確かにその通りかもしれない。


 でも、ちょっと味が変でも杏里と一緒に食べるご飯はおいしい。

そして、俺を幸せな気持ちにしてくれる。

それはきっと、愛情と言う見えない調味料が入っているからだ。


「六班! ケーキも見直すぞ! 三メータはダメだ」


 ちょっ! 三メーター? もしかして良く披露宴で見るあれですか?


「当初のよりも二メーター低くしたのに! なぜ却下なんですか!」


「予算の関係と、運ぶのが大変。あと、これを切って全員に配布するのも一苦労。もう少し低くして、食べやすく、配布しやすい方に切り替えだ」


「そ、そんな……。俺の『マッスルタワーウェディングケーキ』が……」


 やめて下さい。

そんな高さのケーキとか、多分見た事もないよ?


「ほら、高さも重要かもしれないけど、味もさ。自信あるんだろ?」


「もちろん! その辺のケーキ屋には絶対に負けないぜ!」


 この部も何だか熱いな。

俺は彼らの熱意を胸に、奇術部へと向かう。


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