第271話 迎えた朝


 腕の中に杏里がいる。

聞こえてくる寝息は天使の寝息。

そして、まだ目を閉じている杏里の表情は天使の寝顔。


 俺にとっての天使であり、女神でもある。

先に目が覚めた俺は杏里の寝顔を見ながら頭を撫でた。


「んっ……」


 天使の瞼がゆっくりと開き、その視線の先には俺が映っている。


「ごめん、起こしちゃったか?」


 次第に杏里の瞼が大きく開き、クリっとした大きな瞳を見せながら口をパクパクさせている。

朝から金魚の真似かな? 金魚でも可愛いぞ……。


「どうした?」


 顔を真っ赤にさせながら俺を見てくる杏里が何か言いたそうだ。


「な、なんで服、着てない……」


 なんでもって言われてもな……。


「えっと……、昨日は――」


 杏里の視線が俺から自分の胸の方に移動する。

その瞬間、杏里は布団を頭の上から被ってしまった。


「やだっ! 何も言わないで……」


 すっかり隠れてしまった。

俺は、杏里の布団をゆっくりと開き、その真っ赤になった顔を覗く。

杏里の瞼には少しだけ涙が浮かんでいた。


「ほら、こっちにおいで」


 杏里の肩に手をかけ、俺の胸へ抱き寄せる。


「恥ずかしがること無いだろ? 体、大丈夫か?」


 無言で頷く天使。

あうん、かわいすぎる。


 朝から戦闘能力が高くなっていくのを感じる。

今ならすごい必殺技でもできそうな気がしてしまう。


「そっか。少しは眠れたか?」


「うん。司君は?」


「杏里のおかげで朝までぐっすり」


 外から鳥の鳴き声が聞こえる。

いい朝だ。きっと、人生の中で最高の朝を迎えたに違いない。


 布団にくるまったまま杏里はベッドから起き、カーテンを開ける。

すぽぽーんに布団一枚。その姿をベッドから眺めている俺はきっと幸せ者だろう。

最高ですか? と聞かれたら間違いなく最高ですと回答しよう。


「すっかり朝だね。学校、行こうか」


「おう。今日も一日しっかりとな」


 服を着て朝ごはんの準備をする。

杏里と並んで台所に立ち、その横顔を眺める。


 てきぱきと調理していく杏里。

何だか奥さんって感じがしてしまう。


「スープとパン、あとは昨日の残りとサラダでいいかな?」


「いいよ。杏里はイチゴジャムでいいよな?」


「もちろんっ」


 杏里の笑顔が眩しい。

が、その顔を見るたび昨夜の事を思いだしてしまう。

俺の顔はにやけていないだろうか。

出来るだけキリっとしていようと思うんですが、顔に出ていないか不安です。


「「いただきますっ」」


 馴れた手つきでご飯を食べるが、時折杏里の視線を感じる。

もしかしたら、杏里も何か思っている事があるんだろうか?

聞いた方がいいのか、聞かないのが正解か。悩みどころです。


――ブーン ブーン


 杏里のスマホが震えだす。

そういえば昨日も電話がきていたよな。誰からだろう?


「はい、姫川です」


 食事もそこそこ、杏里が電話に出る。


「はい、大丈夫です」


 少し真剣な顔で話している。

朝から誰だろう?


「えっ! それで、今どこに?」


 何か慌てている様子。何かあったのかな?


「はい、わかりました。すぐ行きます。では、また……」


 杏里がスマホをテーブルに置き、俺を見てくる。

何かあったんだな。


「司君。私今日学校休むね。ちょっとお父さんの所に行ってくる」


「どうしたんだ?」


「瀬場須さんから連絡があったの。お父さんが、緊急搬送されて……。今は病院にいるみたいなんだけど、一度顔見てくる」


 朝食を食べ終えた杏里は食器を台所に持って行き、走って二階へ行ってしまった。

雄三さんが緊急搬送? 事故か病気か……。


 俺は自分のスマホを手に取り、学校へ連絡する。


「あ、天童です。ゴホッ……。か、風邪ひいたので今日休みます。ゴホゴホゴホッ」


 よし、これで大丈夫。

俺も着替えるか。ダッシュで着替え、必要なものをバッグに詰め込み、出発の準備をする。

杏里も一階のホールにやってきて、出かけようとしている。


「司君、その格好は?」


「ん? 私服だけど?」


「学校、行かないの?」


「あぁ、俺は今日風邪ひいたんで休む。学校にも連絡済だ。さ、早く雄三さんの所に行こうぜ」


 玄関で靴を履き、杏里に手を差し伸べる。


「そんな、私だけでいいよ」


「ま、固いこと言うなよ」


 杏里が俺の手を取り、二人で玄関に向かう。


「ありがとう。一緒に来てくれるのは嬉しいけど、大変じゃない?」


「まさか。杏里が大変だったら、俺が半分貰ってやるよ。急ごうか……」


 杏里の手を取り、走って駅に向かう。

病院までは電車とバスを乗り継がなければならない。

タクシーと言う手もあるが、結構遠いし、朝は渋滞に巻き込まれる。

この時間帯だったら公共機関の方が早いはずだ。


 二人で公園の脇を通り抜け、商店街に入った。

朝の開店準備をしているオッチャンの隣を走って駆け抜ける。


「おうっ! 司! 朝から熱いな!」


「まあねっ!」


 オッチャンの隣を駆け抜け、杏里と駅を目指す。

去り際に手を振ると、オッチャンも手を振りかえしてくれている。

いい人なんだよねー、意外と。


 電車に乗り込み、いつもよりも混んでいる車内はギュウギュウだ。

しかも杏里とめっちゃ密着している。


「杏里、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。司君は?」


 さっきから杏里の色々なところが俺に当たっている。

向き合って立っているが、電車が揺れる度に杏里が俺に寄りかかってくる。

いえ、いいのですよ? もっとこう、ぎゅーっとして頂いても。


 そんな邪(よこしま)な事を考えをしてしまうが、雄三さんの事も気になる。


「杏里、雄三さんはなんで?」


「詳しい事は聞いていないの。昨日緊急搬送されて、今は病院の個室にいるって」


「そっか。たいした事なければいいな……」


「うん……」


 一体雄三さんの身に何がったんだ?

大事じゃなければいいんだが……。

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