第254話 封印されし古のアイテム


 杏里とパンフレットを見ながら少し話をし、課題は続行することになった。

今から課題を変更し、夏休みが終わるまでに終わらせるには時間が足りなさすぎる。


 何より、俺自身がもっと結婚式について知りたいと思ったのが主な理由だ。

杏里の夢を叶えるため、俺の夢を叶えるため、この課題は完成させる必要がある。


「よし、方向性は決まったな。あとは、時間との勝負だ」


「司君は、本当にこのまま進めてもいいと思うの?」


 何を今さら。ここまで来たんだ、やるしかないだろ?


「もちろん。まだ時間はある、完成させようぜ」


「うん!」


 杏里の顔に笑顔が戻る。

俺はこの笑顔の為なら何でもできる気がする。

何にせよ、時間があるとは言ったが、無制限ではない。

残りの時間は決して多くはないのだ。


「今日はもう帰って、明日からの対策でも練りますか」


「そうだね。調べないといけない事多いからね」


 席を立とうとした時、ふと俺の隣に誰かが立っているのに気が付く。


「随分真剣に悩んでいるな」


 店長だ。一体いつから俺の隣にいたんだろ?


「店長、お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 杏里も軽く挨拶をする。

もちろん俺も挨拶はしっかりとしなくちゃね。


「結婚式か?」


「はい、思ったよりも難しくて……」


 費用もそうですが、スケジュールを組んだり色々と手配したり、思ったよりもしなければいけない事が多い。

式を挙げる人はみんなこれを乗り越えて行くんだろうな。


 良く『ケーキ入刀。夫婦、初めての共同作業です』と聞くことがあるけど、この準備が初めての共同作業になるんじゃないか?

ケーキにナイフを入れる前に、式を挙げるための準備でお互いの考え方だったり価値観だったり。

お互いに今まで知らなかった面を知っていき、お互いの理解を深めていくような気がする。


「挙式も披露宴も準備に時間がかかるからな……。それにしても本当にそのまま進めるのか?」


 今さら課題を変える事は出来ない。

このまま進めます!


「はい。杏里とも今話をしていたんですが、このまま進めようかと」


「司君も費用とか時間とか色々問題はあるけど、やれるって言ってくれたので」


「そ、そうか……。二人とも頑張っているんだな。私も応援するよ。何か、協力できそうなことがあれば、是非相談してくれ」


 何ともまぁ、心強い。

大変助かります! 八百屋のオッチャンもだけど、みんな本当に俺達の課題を応援してくれるんだな。

きっと、文化祭で発表される事を期待してくれているのかな?


 もし、課題が良い点だったら体育館で発表になる。

そうしたら文化祭の日はきっと俺達の課題発表を見る事になり、みんな褒めてくれるに違いない。

それに、内申点だって……。


 将来の事も考えたら式の事もそうだけど、内申点も欲しいですからね!


「ありがとうございます。何かあれば是非相談させてください」


「天童も姫川もまだ学生だ。乗り越えられない壁があるかもしれない。その時は遠慮なく大人を頼るんだぞ」


「分かりました。ありがとうございます」


「司君、そろそろ行こうか」


「そうだな」


 資料をバッグに入れ、俺と杏里は席を立つ。


「今日は私がおごろう。会計はしなくていいよ」


 お、ラッキー! さすが店長、ご馳走様です!


「いいんですか?」


「たまに奢っても罰は当たらないよ。それに、これからいろいろと物入りだろ?」


 確かにそろえないといけない資料やサンプルがある。

多少のお金はかかるかもしれない。


「そうですね、では遠慮なく」


「店長、ご馳走様です!」


 杏里も喜んでいるし、たまにはいっか。


――カランコローン


「ありがとうございましたー」


 二人で店を出て、駅に向かって歩く。

さっきよりは軽くなった足。

俺達は再び自分たちの課題を見つめ直し、まとめていく。


 あ、そういえば母さんが……。

俺は不意に思いだした。


「杏里、帰ったらちょっと手伝ってくれないか?」


「何を?」


「ちょっと探し物」


「いいけど、何を探すの?」


「母さんに言われたのを思い出したんだ」


「……っあ!」


 そう、俺達には良いサンプル資料があるのをすっかり忘れていた。

少し昔の資料になるかもしれないが、現在と比べるにしてもいい資料になるだろう。


 そう、俺達は下宿の二階、開かずの間に封印されたアイテムを探す。

父さんと母さんの思い出の品。


 結婚式で使った道具一式と写真。

きっと母さんの性格だ。全てとってあるに違いない。



――


 いつもの駅で降り、商店街を抜ける。

いつもと違う服装に髪型。まるで自分ではないような錯覚に陥る。


「夕飯どうしようか?」


「少し買い物していくか?」


「そうだね。じゃぁ、いつもの所で買ってから帰ろう」


 いつもの八百屋に肉屋、適当に食材を買う。

俺達の服装や荷物を見たオッチャンも、すごくニコニコしながらおまけをくれた。


 ここ最近本当にサービスがいい。

もしかしたらお店が繁盛しているのかな?

俺と杏里はほくほく顔で商店街を後にする。


 帰り道、いつもの公園の隣を通ると、子供が遊んでいるのが目に入ってきた。

そして、すぐそばにお父さんとお母さんと思われる人も立っている。


 その夫婦は遊んでいる子供をずっと見ており、何だか和ましい。

幼稚園くらいだろうか、幸せそうな家族っていいよな。

ふと、そんな事を思った。


 杏里の方に視線を移動させると、杏里も俺と同じようにその子を見ている。

その目は優しく、なんだか温かさを感じる。


「杏里?」


「多分、司君と同じ事を考えていたと思うよ?」


 何かを言ったわけではない。

でも、目に見えない何かはお互いに通じている。


 握っていた手をもう一度つなぎ直し、視線を交差させる。

杏里の優しい微笑みに、俺は目を離す事が出来ない。


「帰ろうか」


「おう、俺達の家に帰ろう!」


 杏里の手は、小さく温かい。

俺の守るべき人は目の前にいる。

杏里、俺は君をずっと守っていくよ。


 杏里の手を握りながら、心の中で誓った。

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