第252話 手渡された一本の花
食事も終わり、しばらくしてから黒金さんが部屋にやって来た。
食べ終わった食器も下げられ、テーブルには色々な資料が展開されている。
フルカラーのパンフレット。
そして、当日までの大まかなスケジュール表やドレスサンプル写真集。
食事のメニューや当日までに準備する物など色々な資料が用意されている。
一番驚いたのが価格表。
挙式に披露宴などを約五十名で行った場合三百万円以上かかる。
そんな金額を準備するなんて到底無理と思ったのが率直な意見だ。
「初めて来ていただいた方全員にこちらの資料一式をお渡ししております。もちろん価格は平均値なので、下がる事もあれば上がる事もあります」
俺の視線が価格を見ていたのに気が付いたのか?
黒金さんも笑顔で答えてくれる。
「ちなみに、衣装や小物、こちらで準備出来る物があった場合、価格は下がりますか?」
「もちろん下がります。ドレスだけでも大体二十万円位は下がると思いますよ」
単位がやばい。
服一着を借りただけで二十万。
お食事一人前一万円オーバー。
はっきり言って高校生に払える金額ではない。
そりゃ式を挙げる人いないよね。
「分かりました。今日は色々とありがとうございました。大変勉強になりました」
「いえいえ、こちらこそ。お忙しい中、ありがとうございます。もし、今後お役にたてることがあれば、是非なんでもご相談ください」
黒金さんは俺と杏里に名刺をくれた。
とりあえずパンフレットと一緒にしまっておくか。
「はい、その時はよろしくお願いします」
今日は色々な話が聞けて良かった。
食事もおいしかったし、杏里の笑顔も見れたし。
黒金さんに案内され、俺達は式場を後にした。
帰る時、式場の隣にある教会から鐘が鳴り響いてきた。
教会の入り口にドレスを着た女性と燕尾服を着た男性が立っている。
そして、真っ白なドレスに輝くティアラをつけた花嫁、その手にはブーケが握られている。
鳴り響く鐘の音と共に、ブーケは天高く投げ飛ばされ、集まった人々の中に吸い込まれるように消えて行った。
杏里がその風景をずっと見ている。
杏里の夢。白いドレスにブーケ。この夢を叶える事ができるのだろうか?
いや、叶えるとしてもいったい何時になるんだろう。
純白のドレスを着た花嫁が満面の笑みで手を振っている。
そして、視線をこっちに向け手を振ってきた。
杏里は無意識に手を振りかえしている。
「幸せそうだね」
「あぁ、幸せなんだろうな」
杏里が手を口に添え、息を大きく吸い込んだ。
「結婚、おめでとう! 幸せになってください!」
新郎新婦が二人で視線を交差させ、何か話している。
突然、花嫁がこっちに向かって歩いてきた。
え? なに? 俺達何かやらかした?
柵まで花嫁はやってきて、杏里に手を差し伸べる。
袖まである真っ白な手袋をはめ、左手の薬指にはリングが。
「ありがとう。これ、あげるよ」
花嫁から手渡された杏里の手には、一輪の花が。
「これは?」
「さっき投げたブーケのお花。一本だけ手に残ってたの」
「もらっていいのですか?」
「彼と式を挙げるんでしょ? あなた達も幸せになってねっ」
花嫁はそう話すと、再び新郎の元に走っていく。
大勢の人に囲まれ、色とりどりの花びらが風に舞い、白いハトが真っ青な空に向かって飛んでいった。
鳴り響く鐘をききながら、俺と杏里は花嫁がいなくなるまでずっと見ていた。
結婚式。ウェディングドレス。ブーケ。
どれも杏里の憧れでもあり、夢でもある。
あの場所に俺と杏里が立つ時が来るのだろうか。
俺は無意識に手を繋ぎ、教会を見ながら、美しい鐘の音を聞き続けた。
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