第251話 杏里のマル秘ノート


 杏里と女性の担当の方が話し始めて小一時間。

俺は正直飽きてきた。


「これも、良いですね!」


「良くお似合いですよ! それでしたら、こちらを合わせれば……」


 ドレスは時間がかかるからと、小物やアクセサリーを着け始めた。

キラキラ光るティアラにネックレス、そしてイヤリング。

これでドレスとか着たら本当のお姫様になるんじゃ?


「男性は大変ですよね」


 黒金さんは俺に付き合って、隣に座っている。

杏里たちはあっちに行ったり、こっちに行ったり。

鏡を見たり、くるっと回ったり。


「大変? 特に何もしていませんが?」


 実際何もしていない。

座って待っているだけだ。


「男性はほぼ待つだけなんですよ。一回の衣装合わせで二時間。それを何十回も繰り返すんです」


「そ、それはそれは……」


 きっと大変なんだろうなー。


「それに、花嫁の衣装以外にも美容関係や式の流れ、引き出物やお料理。決めないといけない事が山のようにあります」


「それって、二人で進めていくんですか?」


「中心はお二人に。そのサポートを我々が全力で行います。一度しかない舞台ですからね」


 笑顔の黒金さんは温かい目で杏里を見ている。


「その、もし高校生が式を挙げるとしたら大変ですか?」


「そうでもないと思いますよ。社会人になったら呼ぶ人が増えますが、学生さんの場合は少なくて済みますし、何より見栄を張らなくていいと思いますし」


「見栄、ですか?」


「式を挙げるにも予算がありますから。無制限にしたらそれこそ一千万超えますよ」


 いっせんまん! 一万円札が千枚!

え? 結婚式ってそんなにかかるんですか!


「おっと。そろそろ時間ですね。お食事の準備がありますので……」


 もうそんな時間か。午前中は杏里の変身タイムで終わってしまったな。


「杏里、そろそろ時間だって」


「え? もうそんな時間?」


 杏里も担当の人にお礼を言って、その場を離れる。

そして、さっきまで打ち合わせしていた部屋に移動し、腰掛ける。


「杏里、楽しそうだったな」


「そうなの。どれもこれもきれいで、つけてみたくなっちゃって」


 笑顔で話す杏里は本当に幸せそうだ。

もし、これが本当に式を前提とした相談会だったら、もっと見方も変わっていたのかもしれない。


「お待たせいたしました。こちらが式で実際に出るお食事です」


 テーブルに並んだ豪華なお食事。

見た事もない料理が並んでいる。このカタツムリ食べられるの?


「当日は前菜から順番に提供してまいります。ちなみに、このコースが一番リーズナブルな価格のお食事ですね」


「ちなみに、価格は?」


「こちらのコースにフリードリンクがつき、価格は一万五千円になります。アルコールは別料金になりますが」


「結構お手頃な内容ですね。ドリンクの種類は?」


 杏里が素で対応している。

一食に一万五千円とか! ハンバーガー何個分ですか!


「――と言う内容ですね。他には?」


「各個人ごとにお料理の内容を変える事はできますか?」


「多少ならできますね。最近だと特にアレルギーの方がいらっしゃいますので」


「そうですか。例えば、小さなお子さんにはどのような……」


「乳児、幼児、児童など、年齢に応じて別にコースが。もちろん大人と同じコースも選択できます」


 あ、杏里が真剣にメモを取りながら対応をしている。

俺の予想だと、食事を目の前にしたら『おいしそー! 食べていいの? いただきまーす』。

とか言いながらすぐに飛びつくと思ったのに!


「もう一つ上のコースだと、どのような……」


「プラス五千円になりますが、品数が三品増え、メインのお料理が少し豪華になります」


「なるほど。各コースのサンプルとかは?」


「写真付きでございます。飲み物の選択もできますし、総合パンフレットをお帰りの際にお渡しいたしますね」


「ありがとうございます」


「さ、お料理が冷めてしまいますのでお早めに」


「では、司君。いただきましょうか」


「お、おう」


 あ、思わず変な声でちゃった。


「では、お時間見てまた来ますので、ごゆっくりと」


 そう言った黒金さんは部屋から出ていく。

部屋には俺と杏里二人。

見た事もない超豪華な食事がテーブルを埋めている。


「杏里、これどうやって食べるんだ?」


「エスカルゴね。高山さんだったらそのまま口に入れていたのかしら……」


 さすがにそれは無いだろう!


「でも、見た事も無いものは食べ方が分からないな」


「そうね、そのあたりも注意しないとみんなに満足してもらえないかもね……」


 再び杏里のマル秘ノートが開かれ、メモされている。

一体どんなことを書いているのかしら?


 食事もペロッと食べ終わり、食後のデザートと紅茶をいただく。

うん、おいしかった! これが無料とは!

高山さん、ありがとう!


「司君、この量で足りた?」


「正直もう少しあってもいいかな?」


「だよね。もう少し食べたいよね」


 みんな育ち盛りだからさ。

どちらかと言うと、質より量だよね!


「十分においしいんだけどね」


「それでも、満足してもらうにはもう少し検討しないと」


 えっと、何の検討ですか?

そもそも俺達何しに来たんだっけ?


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