第248話 小悪魔的な笑み


『結婚式 ご相談チケット』

『男女各一名ずつ、当式場にて結婚式のご相談を無料でお受けいたします。当日、二人分のお食事も式のプランに合わせてご提供いたします』


 俺の手にはご招待チケットが握られている。


「た、高山君? これに応募したの?」


 杏里の止まらなかった箸の動きが止まり、高山に生暖かい視線が送られる。


「いやー、結婚関連の雑誌買ったら、はがきが付いていてさ」


「でも司君の名前って……」


「何通か同じ様な応募はがきがあってさ、俺の名前ばっかりで送ると怪しいかなーって。で、当たったらラッキー感覚で、天童の名前でも応募してみたら、この通り! 一回豪華な食事ができそうじゃん!」


 そういう問題か?

これって、もともと結婚式を挙げる予定の恋人同士の人が申し込むもんじゃないのか?


「高山?」


「ん?」


「断れるのかな?」


「どうだろう? 断れるんじゃないのか? でも、断ったら後味が悪くなるかもな」


 高山のせいで、なんで俺がこんな目に……。


「と、とりあえず、断るにしても電話じゃなくて直接言って謝ればいいんじゃないかな?」


 と、高山のフォローを杉本がしている。

折角なんだし、この二人に代わってもらえばいいんじゃないかな?


「そうだね、一回天童さんがこの式場に行って、直接理由を話してみたら?」


「俺が行くのか?」


「だって、天童さんの名前だし……」


「大体この式場、どこにあるんだ」


 封筒裏面の住所を見てみると、見た事のある住所。


「アーケードから少し離れた所にある式場だぜ。なんなら、今からでも走ってすぐにつく」


 確かに、この式場なら俺も知っていた。

たまに目にする式場で、アーケードの少し奥の方にある。

時折、鐘の音が聞こえたりしていた、白い教会がある建物だ。

一回だけアーケードから鐘の音と共に、新郎新婦が教会から出てきたところを見た事がある。


 駅からも、高校からも、バイト先からも歩いて行ける距離。

『結婚式場 パレスへいわん』。

この地に住む人だったら、一度は聞いた事のある結婚式場だ。


「高山と杉本さんで行ってきたらいいんじゃないか?」


「いやー、豪華な食事につられたんだけど、当たらなかった」


「受付の人に話して、名前を変えてもらえば?」


「それはまずいだろ。変に怪しまれそうだし」


 高山と少し口論気味になる。


「まぁまぁ、高山君も天童さんも落ち着いて」


 なだめる杉本。

勝手に名前を使ったのは高山なんだぞ?


「あのさ、司君は行きたくないの?」


「え、だって式場だぜ?」


「折角当たったんだし、今回の課題の件も考えて、本物の式場を見に行ってみない?」


「そ、そうだぜ! 今回の課題の為に応募してみたんだ!」


「それに、豪華なお食事もついてくるみたいだし……」


 杏里が、ボソッと小声で話している。


「杉本さんはそれでいいのか?」


「当たった時に高山君から聞いたんだけど、私もちょっと今は手が離せなくてね」


 身振りでペンを握り、空中に何かを書いている。

まだ、忙しいんですね。さすが売れっ子。


「うーん、式場にも迷惑をかけるだろうし、しょうがないな……」


 折角当たったし、杏里も行く気だし、今回はこの船に乗ってみるか。


「分かったよ、行ってくるよ。で、いつなんだ?」


「三日後かな?」


 早っ! 時間が無いじゃないですか!


「何でもっと早く言わないんだよ」


「天童達は実家に帰ってたし、後でもいいかなーって」


「良くない。まったく、俺が断ったらどうするつもりだったんだ?」


「考えてない! 絶対に行ってもらおうと思ってたし!」


 何を考えている……。


「じゃぁ、二人ともよろしくねっ! 色々と聞いてきてね」


「分かった。彩音にも後でしっかりと報告するね」


 二人でなぜかニコニコしている。

高山も俺が行くと確信を持っていたような感じだ。

ま、折角だし、おいしいご飯でも食べて来ようかな。


 そんな話をしながら、何度かお代わりをして、俺達のお腹はいっぱいになった。

つか、みんなどんだけ食べるんだ?

俺もそれなりには食べたけどさ……。


「杏里、大丈夫か?」


「大丈夫ですよ? お寿司は別腹ですからっ」


 杏里のお腹はどうなっている?


「いやー、食べたな! でも、平日限定だからなかなか来れないんだよね」


 高山も満足している。あれだけ食べればそうだよな。

俺の二倍以上は食べたはず。


「そうそう、学校のある日は来れないから。今日はみんなで来れて良かったよ」


 杉本は俺と同じくらい食べた。

それでも、その体で良く食べるな。


 そう言えば、家で焼肉した時もみんな良く食べてたな。

みんな成長期なんだな、きっと!


「そうそう、高山さんと彩音にお土産買ってきたの」


 杏里がバッグから紙袋を二つ、それぞれに渡す。

ありがとうございます。すっかり忘れていた俺、すいません。


「ありがとうー、わざわざ買ってきたの?」


「うん、折角だからね」


「何か悪いなー。おいしい?」


「ふふっ。きっと気に入ると思うよ」


「流石姫川さん! できた嫁さんだな!」


 嫁さんって……。

ピクッと杏里の動きが少しだけ止まった気がする。

でも、表情が変わるわけでもなく、笑顔だ。


「帰ってから開けてね」


「わかった、中身何だろうな!」


「杏里の事だから、きっと素敵なお土産だよ」


 二人とも何気に喜んでいる。


――


「ありがとうございましたー」


 会計も済ませ、店外に移動。

俺と杏里の荷物はそこそこ多い。


「では、渡す物は渡したぜ。悪いけど、調査よろしくな!」


「もう人の名前勝手に使うなよ!」


「分かったよ。今度は先に話すからさ」


「杏里もゆっくり休んでね、疲れていると思うし」


 その言葉、高山にも言ってあげてほしい。

きっとこの四人の中で一番疲れていると思いますよ?


「うん、ありがとう。でも、電車の中で結構寝たから、大丈夫だよ」


「それでも疲れって、なかなか取れないんだよ?」


「はいはい。彩音は心配性だね」


「特に! 徹夜は良くないからさ」


 おーい、その言葉……。


「じゃあな、天童。俺達この後、画材屋に行ってから帰るから」


「おう、わかった」


「またね杏里」


「うん、二人とも気を付けてね」


 こうして俺達の前から二人は並んで消えていく。

その後ろ姿はまるで長年連れ添った夫婦みたいに、自然と手を繋いで、寄り添いながら歩いて行く。

なんだ、しっかりと仲良くなってるじゃないか。

一緒に進める目標があるっていい事なのかもしれない。


「帰ろうか?」


「帰りましょう」


 俺達も並んで帰る。

荷物が多いので、手をつなぐことはできないが、俺達は繋がっている。

目に見えない糸、心で俺達は繋がっているんだ。


「お土産って何買ってきたんだ?」


「ふふっ、秘密。後でわかりますよ」


 何だか小悪魔的な笑みを漏らしている。

何か変な物、あの店に売っていたっけ?


「何か、楽しそうだな」


「司君といると、いつでも楽しいし、私は幸せですよ?」


 その笑顔が眩しい。

そんな事、サラッと言うなよ。普通に照れるじゃないか。


「俺も……」


 二人で並んで歩く道。

実家に帰って、俺と杏里の距離も縮まった。

俺達はこれからも、お互いの手を取り合って進んで行くんだ。

だから、俺はその手を離さないよ。


 俺の守っていく最愛の人を、俺は手放したりはしない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る