第246話 大きめの抱き枕


 母さんと真奈に見送られ、電車は走り出す。

今から帰るまで数時間、電車の中に缶詰だ。


 幸いな事におやつもジュースもある。

杏里と過ごす電車の旅を楽しもう。


 席もガラガラなので、ボックス席に杏里と横並びで座った。

向かいは誰もいなく、まるで二人っきりの世界だ。

杏里は窓の外を眺め、田園が広がる風景を眺めている。


 窓に薄らと写った杏里は少し呆けた表情だ。

何を考えながら外を見ているんだろう。

不意に杏里の小指が俺の小指にぶつかった。

ちょっと手を握ってもいいかな? いいよね?


――ブーンブーン


 スマホが震えだす。何だろ? せっかくいい雰囲気だったのに!

ポケットからスマホを取り出し、確認する。


 高山からだ。


『おーい! 今日帰って来るんだろ? もし、昼くらいにコッチに着くんだったら、一緒にランチしないか? 彩音も一緒にいるからさ』


 さて、どうしようか。

俺が独断で決める訳にはいかない。


「杏里? 高山と杉本さんがお昼一緒にどうかって誘ってきたけど、どうする?」


「いいんじゃないかな? 折角誘ってくれたんだし、一緒にご飯食べようか」


「そうだな。じゃ、返信しておくよ」


『おっけー。今電車に乗ったから、昼過ぎ位に着くと思う。また連絡する』


『かしこ! 駅近の店探しておくな!』


 何だろう。

高山がランチを誘ってくるって珍しいな。


 杏里とたわいもない話をしながら、通り過ぎる駅を何駅も見る。

降りる人、乗る人。次第に変わっていく風景。

そして、電車の心地よい振動と温かさ。

次第に睡魔が襲ってくる。


 い、いかん。ここで寝てしまったら杏里に悪い。

俺を襲ってくる睡魔と激しい戦闘を脳内で繰り広げるが、なかなか勝敗が付かない。

今回の敵はかなり強い。そんな脳内戦闘を行っていると、腕に体重がかかってきた。


 杏里の方を見てみると、天使の寝顔で俺に寄りかかっている。

きっと昨日は遅くに寝たんだろう。電車は終点まで乗り換えなし。

着くまで少し寝かせておいてやろう。


 肩と腕に杏里のぬくもりを感じながら、電車の走る音を聞く。

そういえば初めて下宿に行ったときは、電車で行ったんだったな。


 昔、まだ小学生の時。

下宿に住んでいるばーちゃんちに遊びに行こうと、電車で行った事があった。

駅までばーちゃんが迎えに来てくれて、手を繋いで一緒にあの商店街を歩いたんだよな。


 そこで買ってもらったコロッケが美味しくて。

ばーちゃんも俺が行くと、喜んでくれていたっけ。


 杏里の口がむにゃむにゃ動いている。

なんだろう、夢でも見ているのかな。

何となく、杏里の手を握ってみる。

寝ている杏里の手には力が入っていない。


「お、母さん……」


 杏里の口から、そう聞こえた気がした。

杏里の手に力が入り、俺の手を握ってくる。

お母さんの夢でも見ているのかな……。


 でも、杏里の表情を見ると、悲しそうではなく、やや笑顔になっている気がする。

いい夢だったらいいんだけどな。


 杏里を見ていると、何だか幸せになる。

このあどけない寝顔も、普段見せる微笑みも、ちょっと怒った時のふくれっ面もその全てが愛おしい。


 この先、ずっと先の未来はどうなるのか分からない。

でも、杏里の隣には俺がいる。

そうなるように、俺はこれからも杏里にふさわしい男になれるように頑張るよ。


 そう、心に決意し、杏里の頬を指先で突っつく。

この、可愛い寝顔め! こうしてやる!


 プニプニする杏里の頬。

うーん、柔らかい。男の俺と違って随分すべすべだな。


 何回かプニプニしてみる。

何だか困った顔になってきた。

その表情の変わり方を見ていると結構楽しい。


 だが、次第に俺も眠くなってきてしまった。

杏里がくっついていると温かい。

杏里は睡魔の援軍となり、俺を襲ってくる。


『眠り姫が援軍に来たぞ! このまま司を眠らせろー! 睡魔の根性みせたれー!』


『わー、逃げろー、眠り姫には勝てないぞー。よし、今から寝るぞー』


 杏里の手を握りながら、ちょっとだけ目を閉じ、杏里の頭に俺の頭をつける。

お互いが寄り添うように見えるが、まぁ周りの目は気にしない。

と言うより、見てくる乗客が周りにはいない。


 ちょっとだけなら、目を閉じてもいいよね。

電車の音が次第に聞こえなくなり、俺は杏里と一緒に夢の世界に旅立った。

そして、どの位の時間が経過したのか分からないが、ふと耳に杏里の声が聞こえてくる。


「寝てるのかな? 起きてるのかな?」


 俺の頭を撫でてくる手がある。

ちょっと強めに頬を触って来るが、俺の脳はまだ半覚醒。

動きたくないと脳が指令を出している。


「寝てるね? ふふっ、たまには私もちょっと悪戯しちゃおかな……」


 や、やめてくれ 俺の頬を突っつくのは。

しかも、優しくではなくぐりぐりしてくる。

そして、その手は俺の頬を離れ、俺の腰に移動してきた。

何をされるんだ?


「んしょっと」


 杏里が俺の腰に手を回し、抱き着いている。

それはもうべったりと。


「やっぱ男の子は体が大きいな。それに重い……」


 次第に脳が覚醒していく。


「……っんー。お、きた。杏里、何してるの?」


「ほえ?」


 少し顔を赤くした杏里と目が合う。


「俺は抱き枕か?」


「そ、そう。抱き枕。ちょっと大きめの」


 少し慌てている杏里が可愛い。


「おはよう。まだつかないのか?」


「おはよ、あと少しで着くよ。荷物まとめる?」


 起きた俺は杏里と手荷物をまとめ、降りる準備をする。


「寝ちゃったね」


「ま、この温かさに電車の振動には勝てないよな」


 実際に負けたのは眠り姫の力ですけど。


「ちょっとだけいい夢見れたんだ」


「そっか、良かったな」


「うん。司君の隣で寝たからかな?」


 杏里が俺に微笑み攻撃をしてくる。

そのクリティカルな攻撃に、俺はライフがゼロになる一歩手前まで追い込まれてしまう。

反撃せねば。


「どうだろうな? 今夜も一緒に寝て試してみるか?」


「……バカ」


 反撃できたかな? 杏里の顔が少し赤くなっている。

見慣れた駅が視界に入ってきて、次第に電車は速度を落とす。

やっと着いたか。


「俺もいい夢見れたよ」


「どんな夢?」


 荷物を持ち、電車から降りるため乗降口に移動する。


「大人になった杏里と下宿ですき焼きしている夢」

 

「すき焼き? いい夢だったね」


 杏里さん。ポイントはそこではありませんよ?

でも、杏里の表情を見ると少し照れている。


 恥ずかしかったのかな?

乗降口が開き、電車を降りた。


「着いた!」


「長かったね!」


 一歩踏み出し、電車を降りる。

俺に続いて杏里も一歩前に出る。


 俺の一歩は小さい。

杏里の一歩も小さい。


 でも、その小さな一歩が積み重なり、前に進んでいく事ができる。

一緒に歩いて行こう。小さい一歩でも、その道が果てしなく長くても。


「よし、高山に連絡するか」


「お昼何だろう。お腹すいちゃったよ」


 駅に着いてから思いだす。

良くある事ですよね?


「あ。高山達のお土産買うの忘れた」


「大丈夫、私がロケット見た時に一緒に買っているから」


 さすがです! 杏里さんありがとう。

さて、高山達は元気かなー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る