第244話 運命の赤い糸


「体に気を付けるんだぞ」


「分かってるって。父さんも気を付けてね」


 朝、父さんと別れの挨拶をする。

何となく今年の夏は帰省して正解だった気がするな。


「杏里さんも、無理しないように」


「ありがとうございます」


 父さんは挨拶もそこそこ会社に行く為、家を出ていく。


「さて、父さんも仕事に行ったし、二人ともいつ頃帰る? 車で駅まで送って行ってあげるよ」


「今日も特に予定ないし、時間は母さんに合わせるけど、何時位なら空いているの?」


「そうだね、だったらお昼過ぎ位に向こうに着くようにする? 夕方に着いても大変だと思うし」


「それでいいよ。じゃぁ、準備終わったら声かけるね」


「了解っ。にしても、真奈ちゃん起きてこないね」


 昨夜鬼コーチのもと、色々と詰め込んだらしく明け方までかかったらしい。

杏里は多少量を減らした様だが、それでも真奈にとっては多かったようだ。


「もう少しすれば起きてくるんじゃないかな? でも、真奈ちゃん飲み込み早いよ。教えがいがあって、こっちも楽しくてさ」


 どうやら良い教え子になったようだ。

まぁ、真奈の方は大変ぽいけどな。


「じゃぁ、二人とも帰りの準備が終わったら教えてね」


 杏里と二人で部屋に戻り、それぞれで帰り支度をする。

もう少しゆっくりしてもいいかなと思ったけど、また来ればいいし。


「この部屋ともしばしの別れか……」


 慣れ親しんだ自分の部屋。

何年もここに居たはずなのに、今は下宿に帰ろうと言う気持ちがある。

きっと、今の居場所は杏里と共に過ごすあの下宿なんだなって、再認識する。


 どれ、荷物はこれで終わりかな?

母さんにもらった物もしっかりとバッグに入れたし、忘れ物はない!


――コンコン

 

 ん? だれだ? 杏里かな?


「開いてるよー」


 入ってきたのは寝ぼけ顔の真奈。

どうやら帰り支度をしていた杏里に起こされたっぽい。

まだ眠そうな顔は、実際の年よりも子供っぽく見える。

あ、よだれの痕が。なんだ、まだまだガキだな。


「お、はようぉ。もぅ帰っちゃうの?」


 俺は真奈に近づき、唇に着いたよだれの痕をぬぐってやった。

全く、まだまだお子様なんですから。


 指が唇に触れる。こいつ、随分柔らかい唇してんな。

なにかつけてんのか? あれ? 真奈が動かなくなった。

体をフルフルさせて、さっきまで半目だったのに、大きく開いた目で俺を見てくる。

やっと起きたのか。


「あぁ、今日帰るよ。また、来るから――」


「あ、朝からなにしてるのぉ! ひ、人の唇触ってぇ! 司兄のエッチィィィ!」


 一言交わす前に、真奈は部屋から出て行った。

なんだよ、朝から騒がしい奴だな。


 ま、あとでもう一度あいさつ位しておくか。

もしかしたら後輩になるかもしれんし、可愛い妹が第一志望に落ちたとか嫌だしな。


 帰り支度も終わり、ベッドで横になり母さんからもらったミニアルバムを眺める。

俺も見た事の無いような赤ん坊の時の写真。


 そこには杏里が映っている。

そして、かなり若い母さん。

父さんと雄三さん、そして杏里のお母さんも写っている。


 父さん、昔から顔が怖かったんですね。

そして、雄三さんは今より若いけど、優しそうな顔つきだ。

今では考えられないけど、昔は優しいお父さんだったのかな?


 そこにはみんなが笑顔で写っている。

二家族の写真。でも、そのうち一人はもう、いない。

寂しいよな。本当は会いたいんだよな。


 俺のその心の隙間を全て埋め尽くすことはできない思う。

でも、少しは埋められると思うんだ。


――コンコン


 何だ、また真奈か?

さっき突然出て行ったのに、帰って来たのか。

ベッドから起き上がり、扉を開ける。


「何だよ」


「ご、ごめん。邪魔だった?」


 杏里だった。


「ごめん。真奈かと思った。どうしたの?」


「準備終わったから、司君は終わったのかなって?」


「あぁ、俺も終わったよ。今ちょっと昔の写真見ていた」


 俺の肩越しに後ろを覗く杏里。


「少し一緒に見ようか?」


「うん」


 すぐに出ると思って、扉は開けっ放し。

杏里の荷物も廊下に置きっぱなし。

そして、二人でベッドに座り、母さんからもらったアルバムを見る。


「うわぁぁ! ちいさい!」


 杏里の目が輝いている。


「それにお父さん若い! 顔つきも体型も今と全然違うね!」


 ですよねー。俺も同じ感想ですよ。


「なぁ。この写真、杏里も欲しいか?」


 少し考え込む杏里。

多分欲しいんだろうな。


「うーん、いらない」


「なんでだ? 杏里も写っているし、杏里のお母さんだって……」


「いいの。これは司君のお母さんが司君にくれた大切な思い出。見たくなったら司君に言うから、その時に見せてよ」


「それでいいのか?」


「それでいいよ。だって、一緒に住んでいるんだし、いつでも見れるじゃない」


 確かにそうだよね。

でも、将来それぞれの道を歩む時には……。

これからもずっと一緒にいるから、俺がずっと持っていろって?

それって、俺と将来を約束するようなものじゃないですか?


 杏里さんや。お主はそれで良いのか?

我は良いぞ。お主と共に行こうぞ。


 うん、俺が持っていよう。

そうしよう。


「分かった。俺が持っているから、見たくなったらいつでも言ってくれ」


「うん」


 杏里が俺の肩に寄りかかってくる。

ふわっといい香りがして、何だかくすぐったく感じる。


「この時から、私と司君って手を取り合っていたんだね」


 写真の俺は杏里と手を繋いでいる。

全く記憶には無いけど、俺が初めて手を握った女の子は杏里で間違いがない。

これはきっと運命に違いない!


「俺と杏里は運命の赤い糸で繋がっていたのかもしれないな」


 ふふっと微笑みながら俺を見てくる杏里。

その瞳も、笑顔も、あどけなさも全てが愛おしい。


 そして、杏里は何も言わず、潤んでいた瞳を閉じる。

俺も目を閉じ、杏里の唇に自分の唇を重ねた。

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