第232話 おばんです


「司君、この位で足りるかな?」


 俺は今、杏里と一緒に駅前の商店街で買い物をしている。

夕飯の買い物と夕飯の準備を母さんから依頼された為、わざわざここまで来たのだ。


「まぁこれくらい買えば間に合うんじゃないか?」


 地元の商店街も昔と違って少しシャッターが増えている気がする。

子供の頃に良く来ていたおもちゃ屋さんが開いていない。


 シャッターには貼り紙で閉店に関するお知らせが貼り出されている。

確か結構な年のじーちゃんがやってたからなー。


「じゃぁ、この位にしてそろそろ帰る?」


「そうだな。あんまり遅くなっても大変だし、帰るか」


 買い物バッグを肩にかけ、杏里と駅前からバスに乗り込む。

家の近くには買い物できるところが無いから、大変なんだよなー。


 そんな事を思いながらバスの一番後ろに陣取る。

時間のせいか、いつもなのか乗客は数人しかいない。


「買い物はちょっと不便かもしれないけど、自然が多いしいい所だね」


「そうか? 高校に行くようになって良くわかったけど、田舎ってちょっと不便かもな」


「そうかな? 街には街の、田舎には田舎のいいところが沢山あると思うけど?」


 杏里の手の上に俺の手が重なる。

そして、少しだけ杏里が俺に体重をかけてくる。

何だか幸せだよなー。

ただ、買い物して帰るだけなのに、幸せですよねー。


「疲れたのか?」


 隣で杏里が目を閉じ少し、くったりとしている。


「少しね。このまま寄りかかっていてもいいかな?」


「いいぞ。着いたら起こすから、少し寝ていたらどうだ?」


「流石に寝ないよ。少しだけ、寄りかかっていたいだけだから……」


 と、言っていた杏里は数分後に寝息をたてはじめた。

なれない土地で疲れが出たのかな?

少しだけど、ゆっくり休んでくれ。


 しばらく時間が経過し、次第に空が赤く染まっていく。

良く見る田舎の夕暮れ。つい最近まで普通に見ていた景色が、なんだか懐かしい。

あ、あの公園。真奈と良く遊んだなー。


 あいつ、ずっと妹のように過ごしてきたのに……。

今夜、真奈が来ると言っていた。真奈は何を求めている?

俺は真奈とどうなりたい? 杏里は真奈をどう思っているんだ?


 なかなか答えが出ないまま、降りる予定のバス停が近くなる。

そろそろ起こすか。


「杏里、起きろ。そろそろつくぞ」


 だが、返事はない。

おかしいな、そんなに深く寝入っているのか?


「あーんーりー。おきろー」


 杏里の鼻をつまみ、鼻呼吸ができないようにしてみた。


「んっ……。はぁ……、ふー」


 何か変な声が出てきた。

起きるかな?

お、起きた。眠り姫の目が次第に開いて行く。


「はに、ひてるの?」


 どうやら起きたらしい。


「杏里の鼻をつまんでいるが?」


 よし、そろそろいいだろう。

杏里の鼻呼吸を開放する。


「えっと、おはよう?」


「おはよう。そろそろ着くぞ」


「ごめん、寝ちゃったみたい」


「あぁ、すごいいびきだったぞ」


 杏里の顔が少し赤くなる。

嘘です、いびきじゃなくて可愛い寝息でしたよ。


「い、いびきなんて、してないです! 多分……」


「嘘だよ。可愛い寝息だったよ」


 杏里の指先が俺の頬を攻撃してくる。


「そういう冗談はやめて下さい。恥ずかしいじゃないですか」


「ごめんごめん、ほら着いたぞ」


 降りる予定のバス停に着き、俺と杏里はバスを降りる。

そして、自宅に向かって歩いて行き、玄関のカギを開け、中に入ろうとした。


「お帰り。遅かったね」


 後ろから聞いた事のある声が聞こえてきた。

振り返るべきか、スルーするべきか。


 よし、とりあえず一回中に入ろう。

買い物してきた食材を冷蔵庫に入れなければならないしね。


「ただいまー。さて、食材を冷蔵庫に入れますか」


「えっと、司君?」


 杏里の声に反応し、振り返る。

すると、杏里の後ろに真奈が仁王立ちしているのが視界に入ってきた。

腕を組み、こっちを睨んでいます。


「はぁ……。真奈?」


「なぁに? 司兄?」


「えっと、まだ夜じゃないと思うんですけど」


「夕方過ぎたら夜だよ。挨拶だって『おばんです』でしょ?」


 杏里の表情を読み取るに、『しょうがないから』って感じだ。

まさか、家の前にいるのに追い返すわけにもいかなさそうだな……。


「とりあえず入るか?」


「はいるよー、おじゃましまーす」


 真奈は俺と杏里の横を通り抜け、先に家に入っていく。

昔と同じ様に靴を脱ぎ、良く使っていたスリッパを履いている。

俺がいなくなっても真奈が使っていたスリッパはそのままなんだな。


「二人とも早く入ったら?」


 なぜか真奈に早く入れと言われる。

ここは俺の家なんだけど……。


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