第231話 火花散る


 俺の目の前で火花が散っている。

さっきまで楽しい雰囲気だったのが一変、修羅場になっているじゃないですか!


「司兄。いつまでいるの?」


「に、二、三日はいると思うけど……」


 真奈の目が怖い。この目はあれだ、獣の目だ。

俺の知っている真奈の性格が変わっていなければグーパンが飛んできてもおかしくはない。


「そっか。だったら一緒にバーガーショップに行こうよ! 新しくできたから、司兄はまだ行って無いでしょ?」


 なんだと、この町についにバーガーショップが進出してきたのか!

それは是非行かなければ!

つい真奈の言葉に喜んでしまった。


「司君? バーガーショップは街でも行けるよ? それよりも、この町にしかない所へ行ってみたいんだけど……」


 そうですよね! せっかく杏里と一緒に帰ってきたんだ。

まだ案内していない観光名所が……。


「この町で観光? こんな田舎に観光するところなんてないよ!」


 真奈が俺の腕をとり、引っ張っていく。

ちょっと、そんな力で引っ張ったら痛いじゃないですか!


「あっ! 司君早くロケットを見に行こうよ!」


 杏里が反対の腕をつかみ、真奈とは逆の方向に引っ張る。

のぅぅぅ、無理、痛い! 二人ともそんな力で引っ張らないでくれ!


「姫川さん? 司兄は久しぶりに帰ってきたんですよ? ロケットなんて見飽きています!」


「そうかもしれないけど、一緒に見に行くの!」


 落ち着け、いいから二人とも落ち着くんだ!


「司兄の事、良く知りもしないで! さ、司兄行こう!」


「司君、ロケット見に行くよね? バーガーはいつでも行けるし」


「司兄はバーガーが好きなんだよ? そんな事も知らないの?」


「そ、そんな事くらい知ってますっ! でも、司君は甘いものが好きなの!」


「え? 司兄が甘い物? し、知ってるし! その位知ってるし!」


 俺の腕を引っ張り合いながら何か口論を始めた。

つか、俺の好きな食べ物とかこの場合関係ないでしょ!


「ストーーップ! つか、二人ともその手を離してくれ。そろそろ本気で痛いんですけど」


 ハッとした感じで俺の両腕は解放された。

つか、女の子なのに意外と力ありますね……。


「ご、ごめん」


「司兄、痛くなかった? ごめんね」


「いや、そこまで痛くなかったから……」


「姫川さんが無理やりひっぱるから!」


「真奈ちゃんが司君の腕をつかむから!」


「おーい、そろそろ話を進めたいんですけど?」


 争い合っていた二人は少しの距離を取り、互いにけん制している。

だが、その眼にはまだ闘争心がむき出しになっている。


「えっと、真奈。説明しておくけど、俺は杏里と付き合っている」


「つき、あっている? 司兄と?」


 真奈の表情が一変。

さっきまで剥き出しだった闘争心が次第に小さくなっていく。


「あぁ。俺の親にも紹介しているし、杏里のお父さんにも話している」


 あ、杏里が勝ち誇った顔になった。


「真奈ちゃん? 私の彼氏に何か?」


「うぐぅ……。そ、そんな事聞いてない! 司兄はモテなくて、彼女いないし、ずっと画面の中に恋人を――」


 のぅぁぁ! 杏里の知らない事!

特にその件については話さなくてもいい!


「真奈! その話はしなくていい! そ、そうだ! 真奈はここで何しているんだ?」


「え? あ、友達と待ち合わせして買い物に行こうかと……」


「そうか、だったらもう時間じゃないのか? 早くしないと友達を待たせてしまうぞ?」


 早くこの二人を何とか切り離さないと、俺の過去が暴露されてしまう。

それだけは避けなければ! 俺の名誉のために!


「うーん、友達には電話すればいいけど……」


「良くない! 友達は大切。時間も守らないと!」


 真奈が少し迷っているようだ。

あと少しで落とせる!


「真奈ちゃん? お友達が待っているなら早くいかないと。時間も守れないのかしら?」


 少しだけ上から目線の杏里の言葉。

それを受け取った真奈もなぜか肩を震わせている。


「きょ、今日の所はここまでにしてあげる。あと、司兄」


「な、なんだ?」


「今夜司兄の家に行くから待ってて」


「いや、待たない。と言うか、別に来なくてもいいんだけど……」


「ダメ! 行くから! この話の続きは帰ってからじっくりしましょう!」


 ものすごい剣幕で俺に攻め寄ってくる。

こいつは昔からこんな感じだったなー。


「わ、わかった。だからそんなに近寄るな。あと、その掴んだ腕を離してくれ」


 無意識だったのか、真奈は俺の手首を力いっぱい握っている。

この握力、随分成長したんだな……。


「ご、ごめん。姫川さん? 今夜きっちりと話をしましょう。逃げないでね!」


 捨て台詞を言い放ち、真奈は煙のように公園の入り口に向かって走っていってしまった。

一体なんだったのか、出来ればこんな所で会いたく無かったのに……。


「すまんな、騒がしい奴で」


 隣にいる杏里に向かって一言声をかける。


「詳しく話して。今すぐ、ここで」


 杏里の目が怖い。一体何をそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか?


「今?」


「今」


「ここで?」


「ここで」


 やや無表情で俺の言葉に反復する。どうやら俺に決定権は無いようだ。

ロケットの下部に移動しながら、俺は真奈について話をする。


 小学校時代、集団登校と言う名の登校システム。

近くの子供が集まって学校に向かって行く。

必然的に上級生が下級生の面倒を見る事になり、俺は良く真奈の面倒を見ていた。


 もともと家が近い事もあり、良く遊ぶようにもなる。

中学に入ってからもほぼ毎日一緒に学校へ行くようになり、一緒にテスト勉強なんかもしていた。


 部活はお互いに違ったが、なんだかんだで帰る時間もほとんど同じで、一緒に過ごした時間は長いと思う。

そんな仲なので、お互いの親も特に気にせず、家族で交流があったのだ。


 そして、現在。

俺が高校進学する時、真奈も俺と同じ高校に行くと宣言し、受験対策をしている。


 一緒に遊んだ時間、勉強した時間はかなり長い。

それこそ本当の兄妹のように育ってしまった。

だからこそ、俺は真奈を女性として意識したことが無いし、妹のように扱ってきた。


「司君?」


「何でしょうか?」


「真奈ちゃんの気持ちって聞いた事ある?」


 真奈の気持ち?

聞いた事も考えた事もない。

いつか真奈も誰かと付き合うんだろうなー、位だな。


「いんや、聞いた事も無い。妹のような存在だからな。ああー、でも昔男の子に告白されて断ったとかは聞いた事あるな」


「断った理由とかちゃんと聞いた?」


 うーん、昔過ぎて思いだせないな。

あの時はなんて言っていたんだっけ……。


――


『真奈ね、クラスの男子に告白されたんだ』


『おぉー! 良かったじゃないか? かっこいいやつか?』


『うん。勉強もできるし、足も速いの。クラスでも人気のある男の子』


『そっか! いいじゃないか? 真奈もそいつの事気になるのか?』


『ちょっとは気になるかな……。でも、断わっちゃった』


『え? なんで? 折角のチャンスなのに?』


『真奈はその人以上に、気になる人がいるの』


『そっかー、そいつは残念だったな! その気になる奴に早く想いが届くといいな!』


『そう、だね。届くといいね……』


『それよりさ、このステージがなかなか難しくて、一緒にクリアしないか?』


『司兄はかなり鈍感だね』


『どんかん? いや、このステージに必要なのは――』


――


 おーもーいーだーしーたー!

思いだした! 出してしまいました!


 今、考えると俺やっちゃってますね!

最悪のパターンじゃないですか!


「杏里さん?」


「どうしたの、司君?」


「俺、どうしよう……」


「やっぱり……。思い当たる節、あるんだよね?」


「あります……」


 ロケットの下部に取り付けられたでっかいエンジンが三つ。

ここからでっかい火が出て空に飛んでいく。


 俺と杏里と真奈。

このエンジンのように互いが互いを気にしている。

もしかしたら真奈の心に火がついてしまったのかもしれない。

もし、その一つのエンジンに異常が出てしまえば、エンジン三つとも爆発して散っていくだろう。


 今夜真奈は家に来ると言っていた。

俺は無事に明日の朝日を見る事ができるのだろうか……。


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