第230話 後輩は突然に


 バスに乗り込み、目的地のロケット公園へ向かう。

俺が子供の頃から良く行っていた公園で、遊具も多いし、サッカーもできる。

それに芝生もあったり、小さな川があって水遊びもできる中々良い公園なのだ。


 その公園の奥に長い階段があり、実物大のロケットがそびえ立っている。

恐らく隣の建物は管制塔をイメージしたものだろう。


 バスが公園の入り口で止まり、俺と杏里はバスを降りた。


「おっきいねー」


 杏里がまだ遠くに見えるロケットを見上げて声を上げる。


「中々の大きさだろ?」


「うん、早く行こうよ! コクピットとか入れるの?」


「あー残念。ロケットの中は入れない。あれは原寸大の模型なんだ」


「そっか、ちょっと残念だな。でも、隣の建物には入れるんだよね?」


「そっちは入れる。最上階は喫茶店。屋上にも出る事ができるぞ」


 杏里と一緒に腕を組みながら、ロケットを目指して公園に突入!

公園内の景色を楽しみつつ、子供たちが遊んでいるのを横目に見ながら歩き始めた。


「子供って元気だよね」


「そうだな、この暑い中良くあそこまで動き回れるな」


 俺も子供の頃は活発に遊んでいたが、年齢と共に外で遊ぶことが少なくなった。

杏里はどんな子供だったんだろうか。少し気になるよな。


「私ね、小さい頃は木に登ったり林の中に秘密基地作ったり外遊びがすっごく好きだったんだ」


 意外ですね。杏里はてっきりインドア派だと思っていましたよ。


「そっか、俺も秘密基地作ったなー。大きな長めの木を集めて、葉っぱ集めて」


「そうそう、私も友達と林の中で色々な物集めてさ――」


 杏里と少し昔話をする。

お互いに知らない昔の事。知れば知るほど、俺は杏里に想いを寄せていく。


「ほら、そろそろつくぞ」


 目の前に管制塔をモチーフにした建物が建っている。

壁は全てミラー張りになっており、入り口も俺と杏里の二人が映っている。


「ここが入り口?」


「そうだけど? ほら入るぞー」


 杏里の手を引きながら、ミラーの自動ドアが開いた。

中は普通の建物だ。一切近未来感は出ていない。


 一階は広めのロビーになっており、受付などがある。

少し奥に行けばお土産屋さんがあり、宇宙関係のグッズが所狭しと並んでいるのがここからでも見える。


「中は思ったより普通なんだね」


 入り口からすぐ隣にあるエレベーター前に移動し、ボタンを押す。

しばらく待ちそうな感じだな。


 最上階まで続く階段はあるが、さすがに最上階まで上る気にはなれない。

子供の頃ならともかく、体力的にきつい。


「中は普通だ、宇宙服を着た受付の人とかいないからな?」


 しばらくするとエレベーターが開き、俺達は乗り込んだ。

全面ガラス張りになっているエレベーターからは外の景色が見える。


「良い景色だねー。ねぇ、見てみて! 隣のロケットが良く見えるよ!」


 杏里が思ったよりもはしゃいでいる。

もしかしてロケットが好きなのかな?


「杏里はロケットが好きなのか?」


「うーん、そこまで好きではないけど、興味はあるかな」


 夏休みとはいえ田舎の公園だし、遠くから観光客が来ることも少ない。

外で遊ぶ子供たちもこの辺の子供だろう。


「食べ終わったらロケットの下まで行ってみるか。真下までは見に行けるからな」


「うん、あのエンジンの所を間近で見る事ができるんだねっ」


 エレベーターがしばらくし最上階に着く。

降りると、そこはそれなりの広さがある飲食店になっている。


「いらっしゃいませ。二名様で?」


「はい」


「お席は空いている所をご自由にどうぞ」


 まだお昼前なので、少しだけ空いている。

俺は杏里と一緒に窓側の席に移動する。

移動したこの席が一番良い景色が見えるのだ。


「さて、ケーキセットはともかく、何を食べようか?」


 俺は杏里にメニューを渡す。


「司君は決まってるの?」


 俺はここに何度も来ているからな。

既にメニューは決まっている。


「俺はこのパスタセット。サラダとドリンクが付いてくる」


「そっか。どれにしようかな……。うん、私はこれにする」


 杏里が指さしたメニューはオムライスセット。

こちらもサラダとドリンクがついてくる。


 俺達はオーダーを済ませ、しばらくお互いの昔話に花を咲かせた。

田舎だけどこのあたりでは一番高い建物。

遠くまで見渡せる。


 食事もほどほどに食べ、お目当てのケーキセットがテーブルに運ばれてきた。

杏里の目はいつもの様に輝いている。


「うーん、甘い。ここまで来たかいがあったよ」


 杏里がおいしそうにケーキを食べている。

が、やはり上に乗ったイチゴにはまだ手を付けていない。

きっと最後に食べるんだな。


「だろ。なかなかうまいだろ?」


「うん。でも、司君はモンブランじゃないんだね」


 ここにも俺の好きなモンブランは用意されている。

だが、あえて俺はモンブランを注文しなかった。

ここの店ではいつもコーヒーロールを食べる事に決めている。


「モンブランも捨てがたいが、この店ではコーヒーロールと決めているんだ」


 少しだけ苦い味のするコーヒーロール。

それに合わせたミルクティーが好きなのだ。


 俺が一口サイズに切ったコーヒーロールを一つ杏里に差し出す。

杏里はその小さな口を開き、フォークに刺さったコーヒーロールが消えていった。


「こっちもおいしいね」


 杏里の顔から溢れる笑顔。

おいしいものは人を笑顔にする。


 程よい時間も過ぎ、席を離れる。


「今日は俺がおごるよ」


「え? いいよ私も半分出すよ」


「いいから。今日は俺が誘ったデートだしさ」


「でも……」


「だったら、今度何かご馳走してくれよ。帰ってからでいいからさ」


「うん、そうするよ。ご馳走様っ」


 先日のバイトで懐も温かい。

それに、そこまで高いランチでもなかったし、何より俺の実家に連れてきてしまった以上、杏里も気を使っているだろう。

多少なり俺も何かしてやりたかったんだ。


 エレベーターに乗りこみ、お目当てのロケット下部へ向かう。

建物から出ると、一人の女の子がこっちに向かって走ってきた。


 世間は夏休み、公園に遊びに来ているのだろう。

女の子はそのまま俺達の目の前を走って通り過ぎていった。

が、その直後なぜか足を止め、俺達の方に歩いて向かって来る。


「もしかして、司兄?」


 誰だ? 俺にこんな知り合いいたっけ?

やや長めの髪を首の後ろで二つに結び、黒いキャップをかぶっている。

ダボっとした太めのデニムパンツに迷彩の半袖シャツ。


「えっと、どちら様で?」


「え? 嘘? 真奈(まな)の事、忘れたの?」


 真奈? 俺の知っている真奈はショートカットでもっと男っぽい子だったはず。


「えっと、真奈って俺の後輩の真奈か?」


「そうだよ! 帰ってきてたの! 会いたかった!」


 俺に抱き着いてくる真奈。

そして、となりで冷たい目を向け、絶対零度の冷気を出し始めた杏里。

やめて下さい。涼しいんですけどやめてもらえますか?


「司君? こちらの方は?」


 いますぐに何とかしないと死人が出る。

多分その役は俺になりかねない。


「こいつは俺の後輩! 家が近くだったから一緒に通っていただけだ!」


 大慌てで真奈を引っぺがし、杏里の隣に移動する。


「司兄? この人って?」


 あ、真奈も何だか目つきが怖くなっている。

昔見た事のあるこの目つき。やばい、この場で事件が起こってしまう!


「こ、こちらは姫川さん! 俺と一緒に下宿してるんだ!」


「下宿? あー、司兄と一緒に住んでるんだ……。ふーん、一緒にね……」


 あ、あれれー? おかしいぞー。

何だか女性二人のちょうど真ん中で火花が散ってるぞ?

おかしいなー?


「真奈ちゃん? 司君と一緒の学校で、タダの後輩(・・)だったのよね?」


「そうですけど、家が近かったので司兄が卒業するまでたったの十年位(・・・)しか一緒に遊んでいませんけどね」


 二人の背後から、なぜか見えることのないオーラのようなものが見えてしまう。

え? なに? これからどうなるの?


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