第228話 会いに行こう!


 天井を見上げながら一人考え込む。

久しぶりに実家のベッドで寝る事になったが、部屋には一人だ。


 杏里と一緒に寝るのかなーとか、一人モンモンしていたが、隣の部屋に布団を準備されてしまった。

夕飯を食べ、デザートもおいしくいただき、例の音楽を聞きながら、みんなで和やかな時間を過ごした。


 杏里のお母さんはすでに亡くなっている。

そのお母さんも参加して作った曲。

娘の為に作った曲で、雄三さんはその事を杏里に伝えていない。

なんでだ? 何か理由があるのか?


 それにあのビール。

噴出したのはきっと俺のせいじゃない。

蓋を開けるのを父さんが失敗しただけだ。


 ぼんやりと光る常夜灯を見ながら、杏里の事を考える。

杏里はもしかして、本当は寂しいんじゃないかな?

両親とも離れ、今は下宿。確か雄三さんは海外に仕事で飛んでいるって言ってたし。


 眠れないのでベッドから起き上がり、窓からベランダに出る。

両親は一階の寝室で二人で寝ている。

二階には俺と杏里。そんなに大きくない家だけど、十分な広さはある。


 ブランケットを一枚もち、ベランダに出てみる。

田舎の夜は少し寒いからね。


 空を見上げると下宿で見る星空よりも多くの星が輝いている。

田舎だし、空気が綺麗なのかな。


「ほら、これ」


 体育座りをして空を見上げている杏里の肩に、ブランケットをかけてあげると、杏里が俺の方に顔を向ける。


「私がいるの分かったの?」


「なんでだろうな。何となくいる気がした」


「そっか。ありがとう、少しだけ寒いかなって思ってた」


 杏里の隣に胡坐(あぐら)をかいて座る。

ベランダに出るのも久しぶりだな。


「司君は寒くないの?」


「んー、普通? ほんの少しだけ寒い気がするけど、大した事は無いな」


「そっか。じゃぁ、少しだけお邪魔します」


 胡坐の上に杏里が座ってきた。

そして、貸したブランケットを俺の肩にかけ、杏里と一緒に包まる。


「へへ、温かいでしょ?」


「お、おぅ。温かいな」


 びっくりした。

何の前触れもなく、スーッと入ってきた。

杏里に何か新しいスキルが身についたとしか思えない動きだ。

そんなにくっついたら、俺の鼓動音が杏里に伝わってしまうじゃないか。


「司君のご両親はいい人だね」


「そうか?」


「うん。私にも司君にも優しいし、それに温かい」


「杏里だって雄三さんがいるだろ?」


「いるけど、愛されているとは思うけど、寂しいよ」


「そっか。会いたくても会えないもんな」


「うん。お母さんには、会いたくても会えない。もし、生きていたらって何度も何度も考えちゃう」


 杏里の方が少し震えている。

俺はそっと杏里を後ろから抱きしめて、耳元に囁くように話しかける。


「そうだな、寂しいよな。生きていればって考えちゃうよな。でも、そんな杏里のお母さんは杏里の心の中に今でも生きている。それに、杏里の為に作ってくれた曲だって、いつでも聞けるぞ」


「そうなんだけど……。やっぱり、寂しい。会いたい、司君を紹介したい、一緒にお買いものに行ったり、お料理したり……」


 俺の手のひらに、一滴の水が落ちてきた。

雨ではない、杏里の涙だ。


「私は、お母さんに会いたい。ねぇ、どうしたら会えると思う?」


 すでに亡くなった方に会う事は出来ない。

それはいつか誰にでも訪れる事。

もしかしたら明日事故にあって、二度と会う事の出来ないことろに行ってしまうかもしれない。

二度と会う事は出来ない。それは間違いのない事実だ。


「会いたいのか?」


「会いたい。会いたいよ……」


 杏里が俺の腕にしがみつき、その細い体を寄せてきた。


「いつか会えるよ」


「どうやって? どうしたら会えるの?」


「いつかさ、杏里が結婚して、子供ができて、孫ができて、年を取って。たくさんの子供たちに囲まれながら、天国に行って。そしたらきっと杏里のお母さんに会えると思うよ」


「それって……」


「でもさ、杏里が寂しい想いをして、楽しくない人生を歩んでしまったらもしかしたら、会えないかもしれない」


 今は無理でも、もしかしたらずっと先の未来では会えるかもしれない。


「だから、俺と一緒に杏里のお母さんに会いに行こうよ。俺も杏里もずっと一緒にいてさ。どっちが先に会えるか分からないけど、俺も杏里のお母さんに会いたいよ」


「司君……」


「だから、俺と一緒に会いに行こう。何年、何十年かかるか分からないけど、俺達で杏里のお母さんに会いに行こうよ」


「ありがとう……」


「ほら、そんな涙見せるなよ。男は女の涙に弱いんだぜ?」


 もらい泣きしてしまうじゃないか。


「ごめん。司君に話せてよかった」


 向き合うように抱き合い、お互いのぬくもりを感じながら無言の時が流れる。

ほんの少しだけ、お互いを確かめ合うかのような時間を過ごし、俺の部屋のベッドに二人でもぐりこむ。


「司君、私の事ずっと大切にしてくれる?」


「当たり前だろ? 何を今さら……」


「ありがとう。私も司君の事、ずっと大切に、私の全部を司君に……」


 杏里の柔らかい唇が俺の唇に重なる。

杏里のぬくもりと、お互いの触れる肌が俺と杏里の距離を限りなくゼロにする。


「司君……」


「杏里……」



 そして、俺達は一つのベッドで朝を迎えた。



「つーかーさー! あんりちゃーん! ご飯! 朝だよ!」


 突然の叫び声に俺と杏里は飛び起きる。

やってしまった。杏里の顔を見るといい感じの寝癖。


「杏里、寝癖がすごい」


「司君だって、頭の後ろすごい跳ねてるよ」


 お互いに寝起きの姿を見て微笑む。


「起きた―! 今行く!」


 ベッドから起き上がり、杏里の手を握る。


「朝ご飯は何だろ?」


「我が家の朝ご飯は、決まってあれが出るはず!」


 杏里の手を引き、俺は階段を駆けおりる。

昨日よりも体が軽い。まるで背中に羽が生えたようだ。


「おはよ! 二人とも寝癖がすごいね。顔、洗ってらっしゃい」


 朝ごはんのいい匂いが食卓に漂っている。


「父さんは?」


「父さん? 知らない。まだ寝てるんじゃ?」


「え? この時間に寝てるって遅刻じゃ?」


「勝手に飲んだ人は知りません! だからあれほど……」


「百合。なぜこんな時間に?」


「さぁ、なんででしょうね? 急がないと会社に遅れますよ」


「うむ。司、しっかり考えるんだぞ」


 父さんに言われたくないような気がした。

飲み過ぎは良くない。何事も、ほどほどにね。


「お義母さん、この卵焼きいい匂いですねっ」


「そうなの、卵に出汁を入れたり、少し砂糖を多めに入れるのよー」


 俺は甘い卵焼きが好きだ。

でも、それ以上に杏里の事が好きだ。


「私も作ってみたいので、色々とお料理教えてくださいっ」


「いいともー。龍一さん、早く準備しないと、本当に遅れますよ!」


 朝から騒々しい。

でも、これが俺の家族であり、幸せな時間なんだ。

俺は自分の家族も、杏里の事も幸せにしたい。

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