第四章 幸せな時間をあなたと共に

第227話 二人で歩く田舎道


 静かな雰囲気の中、室内にはいつもの曲が流れている。

父さんはビールを片手に、普段は見せ無いような優しい顔つきになっている。


「よし、そろそろデザートにしましょうか! 司が持ってきたブドウでも食べましょう!」


「私も手伝いますよ」


「杏里ちゃんは休んでいていいから、ゆっくりしてなー」


「いいえ、私にも何かさせてください。お義母さん」


 そんな会話を聞きながら、俺は流れる曲を心に刻む。


「司。『過去にこだわって先に進めない奴に、娘を預ける訳にはいかない。考えて、行動できるか見せてもらう』とさ。将来の事は考えているか?」


 俺は写真を見ながら今一度自分に問う。

本当に俺はこのまま下宿の事と、杏里の事だけを考えていればいいのか?


「考えてはいる……。その、色々と……」


 正直なところ、目標はあるが本当にそれだけでいいのか?

もう一度、自分の将来を考え直す機会ではないのか?


「私は、お前のやりたいことを否定するわけでは無い。ただ、下宿を継ぐにしても本当に今のままでいいのか?」


「……いまのまま?」


「親としては安定した職に就いてほしい、幸せな家庭を持ってもらいたい、私だってお前の事を……」


 父さんのグラスがまた空になった。

今日は随分と話すな、珍しい。


「百合、もう一本……」


「まだ飲みたいの? 可愛い息子と杏里ちゃんが来たからってはしゃぎすぎじゃない?」


「たまにはいいだろ?」


「しょうがないわね……。あら、買い置きが無いわね」


 父さんが少し寂しそうな表情になる。

しょうがないな、少しは親孝行でもしますか。


「いいよ、俺が買ってくる」


「悪いな。いつもの所だったらお前でも売ってくれるだろう」


「コンビニじゃなくてじーさんの所だろ?」


「最近のコンビニでは未成年に酒を売らない事になっているからな」


 一番近いコンビニよりもさらに近い酒屋。

昔から通っているので俺でもお使いができる店だ。


「私も行くよ」


「杏里はいいよ、俺一人で行けるし」


「そう? でもちょっと外の空気すいたいかも」


「杏里ちゃんも行く? だったらこれを」


 母さんが出したのはエコバッグ。

杏里に渡して装備完了。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


 俺と杏里は家をあとに、いつも買い物に行っていた酒屋に向かって歩き始めた。


「すごい。星がこんなに沢山見えるなんて……」


「まぁ、田舎だし。高い建物も無ければ、ネオンの光も無いしなー」


 空には満天の星、そして月が見えている。


「ねぇ……」


 杏里が俺の手を握り、腕をからませてきた。

少しだけ腕に当たる柔らかい感触に、鼓動が高鳴る。


「さっきの曲、私達の為に作ってくれたんだね」


「そうだな。全く知らなかったけど、俺達は昔からつながっていたんだな」


「ふふ、なんだか嬉しいな」


「俺も、嬉しいよ」


 車も通らない田舎道。

道路の脇に広がる水田から激しくカエルの大合唱が聞こえる。

そんな中、二人で何かを確かめるように、無言で歩き続けた。


「すいまーせん!」


 馴染みの店に来ると、いつも出迎えてくれるじーさんが奥の部屋から出てくる。


「はいよー、お? なんだ龍一の所のぼーずか。でっかくなったなー」


 いや、卒業前にも来てるし、その時から比べてそう変わってないけど?


「こんばんは、えっと……。これ二本下さい」


「……二人で飲むのか?」


「違います! 父さんが買って来いって」


「ははははっ! わかってるって、ちょっとからかっただけだ。ほら、おまけのスナックもいれとくぞ」


 ここ最近色々とサービスをしてもらう事が多い。

日頃の行いが良いんだなきっと。


「ありがとうございます。司君、帰ろうっ」


「じょーちゃんは司の嫁か?」


 嫁って、まだ俺達はそんな関係じゃないです!


「そうですね、いつかそうなるかもしれません。その時は、よろしくお願いしますねっ」


 予想しない返事に俺もじーさんもしばし言葉を失う。


「そ、そうか……。その時はよろしくな。親父さんにもよろしくな」


「杏里、帰ろう」


 俺は杏里の手を引き、なぜか早くなる鼓動を押さえながら早歩きで家に向かって歩き始めた。


「杏里、その……」


「どうしたの?」


 何事も無かったかのように俺に向けて笑顔を見せてくる杏里は、いったい何を考えている?


「いや、なんでもない……」


「もしかして、さっきの事?」


「そうなんだけど、その、杏里はさ――」


「司君はどうなのかな? 私と将来の事考えてくれてるのかな?」


 その問いには、即答しよう。


「考えている。もちろん、考えてるよ」


「だったら深く考えなくてもいいよ。私達の未来は、私達で。一緒に進んでいくんでしょ?」


 そうだな。俺は杏里と共に未来に向けて歩いて行く。


「もちろん。俺達の未来は俺達で」


 俺は杏里と手を取り、家に帰る。

俺達はまだ二人で歩き始めたばかり。

これからいくらでも、何とでもなる!


「おかえりー、ブドウの準備終わってるよっ」


「おいしそうっ。司君、早くっ」


 俺は買ってきたビールの一本を冷蔵庫に入れ、残りを父さんに渡す。


「悪いな。どれ……」


――プッシャァァァァ


 盛大に泡が噴出した。


「司? 振ったか?」


 軽く走ったからかな?

いやー、盛大に出ましたね!


「ご、ごめん。ちょっとだけ振ったかも」


「ふぅ、まぁしょうがない」


「あらあら、ほら言わんこっちゃない。飲みすぎですよ」


「いや、これは司が……」


「今日はこの一本で終わりですからね」


「うむ……」


 いつもと違った表情の父さん。

いつもと同じように明るい母さん。

そして、いつも俺の側にいてくれる杏里。


 俺はその笑顔をずっと守って生きたい。


「「いただきます!」」


「あまーい。お義母さん、このブドウおいしいですね」


「あの商店街でもらったんでしょ? いつも良い物おいてるのよねっ」


 家族の会話に俺も杏里も両親も微笑んでいる。

もし杏里が俺と結婚しても、この家族だったら仲良く過ごしていけるかな?


「司君、食べないの?」


「ん? あぁ、食べるよ。今、食べるさ」


 考え事をしていると、杏里が不思議そうに俺を覗いてくる。


「あ、わかった」


 杏里がブドウを一粒つまみ、皮をむく。

プルンとしたブドウは甘くておいしそうに見える。


「はい。皮むくのが手間だったんだよね? あーん」


 杏里が俺の口にブドウを放り込む。


「どう? おいしいでしょ?」


「甘いね」


「でしょ? もう一ついる?」


「自分で食べるからいい」


 微笑んでいる杏里と、ニヤニヤしている母さん。

そして、その隣でビールを飲んでチラチラこっちを見ている父さん。


 俺はこんな家族が好きだ。







【後書き】

こんにちは! 作者の紅狐です。


第三章も完結を迎え、いよいよ第四章スタートです!

明かされた二人の過去。

そして、それを見守っていた両親。


第四章では主人公とヒロインを中心に文化祭に向けて描いて行く予定です。


そして、気になるあの二人はどうなったのか!

読者の皆様も、気になってしょうが無いですよね?


それでは、引き続き当作品をよろしくお願いいたします!



なお、★評価や作品フォローをお忘れの読者様がいらっしゃいませんか?

作者は評価と作品フォロー、そして応援メッセージで構成されております!

是非、よろしくお願いいたします。

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