第226話 愛の旋律


 ビールの入ったグラスを口に運びながら、父さんは話し始める。


「百合、私から話しても問題ないだろ?」


「そうねー、雄三さんからも言われていたけど、いいんじゃない? ちょうどいい機会だと思うし」


 母さんの口から、杏里のお父さんの名前が普通にサラッと出てきた。

ちょっと待ってくれ、いったい何がどうなっているんだ?


「お義母さん、私のお父さんの事を?」 


「雄三さん? 知ってるよ。良く話していたし、ほとんど毎日一緒にご飯食べてたし。ね、龍一さん」


「そうだな、今では懐かしい思い出だな」


 俺は手に持っていた箸をテーブルに置き、両親に質問をする。


「あのさ、話が見えてこないんだけど、詳しく聞かせてもらっても?」


 隣にいる杏里も同じ気持ちだろう。


「さて、どこから話せばいいかな……。そうだな、五橋下宿に私も雄三も部屋を借りていたと言えばいいかな」


 な、なんだってー!

昭和の下宿とか設備とかあれだけ色々と突っ込んできたのに!

初めて会った時に色々と言われた気がしたが、もともと下宿の事も知っていたのか!


「お父さんが下宿に?」


 杏里が瞳を大きくしながら口を開く。

いつもより表情がこわばっているが、当たり前か……。


「あぁ、私と一緒に世話になっていたよ。まぁ、ボロいとか、狭いとか散々文句を言って『いつか偉くなって、高層マンション買う!』とか、良く言っていたがな。まさか社長になるし、マンションも買うし、まったく脅かされるよ」


 含み笑いをしながら、父さんは箸ですき焼きを突っつく。


「私が百合と結婚したように、雄三は松島さんと結婚した。そして、それぞれが、子供を授かった。そう、司と、杏里さんだ」


「そうなのよねー。それでね、あの曲は生まれてくる二人の子供にってみんなで創ったの。作曲は里美がして、私と龍一さん、それに雄三さんも」


 そ、そんな……。

俺と杏里にそんな過去があるなんて……。

心臓が、鼓動が早くなる。痛い、心臓が痛い。


「当時の下宿には結構人が住んでいてな、歌っているのも下宿で世話になっていた人だ。葬式にも来ていたが、司は会わなかったみたいだな」


「だ、だったら何でもっと早く言ってくれないんだよ!」


 俺と杏里の事。それに俺の事は雄三さんだって知っていたはず。

それなのに、それなのに!


「杏里さんが下宿に入る時、雄三が『昔の事は話すな』ってな。良く考えてみろ、司。知りもしない男が一人でいる下宿に、可愛い一人娘を預けるはずがないだろ?」


 確かにそうかもしれない。

だけど、だけど……。


「お父さんは、司君の事も、下宿の事も全部初めから知っていたのですか? 初めから全てを……」


 杏里が少し泣きそうな声で訴えている。


「知ってたよ、全部。下宿も司の事も、私も龍一さんの事もね。でも、二人を信じて、見守りたいって雄三さんが言うから、昔の事は話さない代わりに私達も協力したの。でもね、もし、昔の事を聞かれたらその時は全てを話してもいいって」


「お、父さんが……」


 母さんが席を離れ、隣の部屋から見つけた段ボールを持ってくる。

箱の中から一冊のミニアルバムを取り出し、俺達に開いて渡してきた。


「これ分かる? 若い時の私と龍一さん、それに雄三さんに里美。少しお腹大きくなってるんだけど、分からないかな?」


 うーん、なんとなく膨れている? のかな。


「じゃぁ、次はこれね」


 次の写真は、みんなが楽器を持っている集合写真。

ギターを母さん、ドラムを父さん、雄三さんはベース。

そして、知らない女性が一人、キーボードの手前に座っている。

これが杏里のお母さん。髪が長く、線の細い人だと分かる。

何となく雰囲気が似ており、目元がそっくりだ。


「歌ってる人は写っていないの?」


「ここには映ってないね。カメラ持っているから。他の写真には写ってるよ」


「もともと楽器なんてできないのに、無理矢理やらされたんだ、私も雄三も」


「あら、結構ノリノリだったじゃない。忘れたの? 里美はもともとピアノができたし、私もギター弾けたからねー」


 意外です!

父さんがドラマーで母さんがギター弾けたなんて!


「ほら見て、この写真で見るとお腹結構大きいでしょ。この時にはもう録音は終わっていたんだけど、定期的にみんな集まってたんだよね」


 そして、アルバムの最後の方。

二人の赤ちゃんの写真がある。これって、まさか……。


「ほら、司と杏里ちゃん! んー、いつみても可愛いよね! 二人とも同じ病院で生まれたんだよ」


「は? そ、そうなの?」


「司の生まれた後、二日後に杏里ちゃんが。ほら、この病院の写真二人並んでるでしょ?」


 写真に写っている二人の赤ちゃん。

まだフニャフニャしており、表情も良くわからない。

目もとじているし、男女の差も分からない。

写真に写っているタグをよく見ると、確かに俺と杏里だということが分かる。


 そして、その赤ちゃん達は無意識なのか、互いに手を取り、眠っている。

俺と杏里は生まれた時からすでに心は繋がっていたのかもしれない。


「いい写真でしょ。よし、久々に聞いてみようかなー」


 母さんが箱からディスクを取り出し、再生する。

部屋にはいつも聞いているお馴染みの曲が流れ始めた。


「懐かしいな……」


「いつ聞いても、あの頃を思い出すわねー」


 二人がしんみりしながら音楽を聞き始めた。

俺と杏里も音楽を聞きながら互いに見つめ合う。


 俺と杏里が生まれた時に両親が作ってくれた曲。

そんな曲だと知らないとはいえ、俺も杏里も聞いていた。


「司君、この曲……」


 杏里の瞼に薄らと涙が浮かんでいる。

もしかしたら母親の事を思いだしていたのかもしれない。


「いい曲だな。きっと、両親の愛が沢山詰まっているんだろう」


「そうだね……」


 部屋に流れる音楽を聞きながら、少しだけ静かな時間が流れる。

俺と杏里の為に作られた曲。

その曲は心に響き、両親の愛を感じる事の出来る旋律。


 俺も杏里も流れる曲に愛を感じながら、その一つ一つの音を心に刻んだ。

俺と杏里は生まれた時から心が繋がっていたのかもしれない。


 杏里を強く抱きしめたい気持ちを抑え、杏里を見つめる。

これは運命だと感じ、この先も杏里と一緒に歩いていく事を心に誓った。







【後書き】

こんにちは 紅狐です。


これにて第三章完結となります。

第一章、二章と続き三章まで完結いたしました。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


文字数にして約53万文字、話数では226話。

ここまで書くことができるとは正直思っていませんでした。


53万文字を読んでいただけた読者の皆様、長い時間をかけ追いかけてくれた読者の皆様本当にありがとうございます。


書く方も大変ですが、ここまで読むにも時間がかかり、大変だったと思います。

そんな皆様の応援もあり、日々更新する事ができております。


本当にありがとうございます! 

そして、フォロー忘れ、★評価忘れの読者様、これを期にポチッとワンクリックの応援をよろしくお願いします!


それでは、第四章でお会いしましょう!

お疲れ様でした!





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