第225話 結婚した理由


「ただいま」


 日も暮れ始め、父さんが帰ってきた。


「おっかえりー、二人とももう来てるよっ」


「そうか。二人とも無事に着いたか」


 玄関から父さんと母さんの声が聞こえる。

俺の目の前にはすき焼き鍋。隣には杏里。


 杏里の目はいつもと同じように、輝いている。

さっきから鍋をジーッと見つめているが、その綺麗な瞳には何が映っているのだろうか。

その気持ち、確かにわかります。


「二人ともよく来たな。元気そうで何よりだ」


 椅子に座った父さんがいつもの無愛想な表情で口を開く。

もう少し、にっこりしてくれてもいいんだけどな。


「お世話になります」


 杏里が軽く頭を下げる。


「そんなに固くならないでくれ。自分の家だと思ってゆっくりしていってほしい。百合(ゆり)もそう思うだろ?」


「そうよー、杏里ちゃんゆっくりしていってね。さ、みんな揃った事だし、ご飯にしましょう」


 目の前にあるコンロに火が付き、鉄製の鍋が再び熱くなる。

鍋の中に入った豆腐やネギ、シラタキや白菜がいい感じだ。


「司は卵だよね。杏里ちゃんも卵いる?」


「はい、いただきます!」


 元気よく返事ができました。

少しはこの場になれてきたのかな?


「よーし、お肉の登場! たくさんあるから好きなだけ食べてね。ご飯もいっぱいあるから」


 薄切りの肉。見るからにおいしそうです。

父さん、母さん、奮発しましたね! ありがとうございます!


 心の中で合掌をし、頃合いまで待つ。

よし、いい感じに色が変わった。食べるぞー!


 と、思った矢先、俺の狙っていた肉が光速の箸にさらわれる。

そして、黄色い卵の湖でおぼれた後、杏里の口に放り込まれる。


 グヌヌヌヌ、お主良い腕を持っているな。


「おいひーですね!」


「でしょー。ささ、たくさん食べてね!」


「ありがとうございます! いただきます」


 もはやブーストのかかった戦姫。

戦闘能力がどんどん上がっていく。


「ふぅー。司、学校にも慣れたか?」


 父さんが俺に話しかけてきた。

コップには黄色の液体、上には泡がのっている。

普段はお酒とかあまり飲まない父さんが、珍しくビールを飲んでいる。


「まぁまぁかな。夏休みの課題もそろそろ終わりそうだし」


「そうか、それは良かった」


 いつもより、ずいぶんと機嫌がよさそうな雰囲気だ。

何かいい事でもあったのか?


 家族団らん。その中にもちろん杏里も入ってる。

母さんもニコニコしながら食事をしているし、父さんのコップも空になるのが早い。

俺も、杏里に負けないように肉を取りに行く。もちろん野菜も食べてますよ。

あふー、すき焼き最高! うまい!


「あのさ、二人にちょっと聞きたい事あるんだけどいい?」


「どうした? 何か気なる事でもあるのか?」


「うん。あのさ、父さんと母さんって何で結婚したの?」


 一瞬の沈黙が訪れる。


「司、そんな事を聞いてどうするんだ?」


 俺は今とりかかっている課題の説明を簡単にし、そのために両親がどうして結婚したのか知りたくなった。

少しだけ、頬を赤くしながら父さんの固い口が開く。

赤いのはビールのせいか、それと照れているのか……。


「課題か……。最近の学校では、色々と手の込んだことをしてるんだな」


 父さんの隣で母さんがニコニコしながらお新香を食べている。


「龍一さん、私と結婚した理由ってなに?」


 ものすごい笑顔を父さんに向けて放っている。

久々にみた超ご機嫌笑顔だ。これは、何か期待できそうだな……。


「百合、そんな目で私をみるな。結婚か……。そうだな、何故結婚したのか。簡単な質問だ『百合を愛している』からだ。他に何か理由があるとでも?」


「龍一さん……」


 はい、お疲れ様でした!

なんだこの甘い雰囲気は。一気にここから逃げたくなったじゃないですか!

隣の杏里も頬を赤くして、高速移動していた箸も、口にくわえたまま動いていませんよ!


 そこ、二人とも見つめ合わない!

子供が見てますよ! 帰ってきてー!


「か、母さんは? 母さんは何か理由があるの?」


 そろそろその甘い雰囲気を壊しましょう。

食事中ですから!


「私? んー、特に無いかな? 気が付いたら結婚していた」


「そ、そうなんだ……」


 母さんの方は、まったく参考にならない。

まったく、課題のいい資料になると思ったのに、とんだ誤算だぜ!


「それで、もう一つの聞きたい事は何だ?」


 何だかあっさり話題を切り替えられた気がするが、まぁいいだろう。

そう、俺にはもう一つ確認しなければならない事がある。

これは、きっと杏里も関係してくるはず。


「あのさ、この曲って聞いた事ある?」


 俺はポケットからスマホを取り出し、マナーモードを解除する。

そして、アプリを操作し録音された一曲を再生する。


「これは……」


「あらー、随分懐かしいわねー」


 母さんの口から意外な言葉が。

『懐かしい』。懐かしいって、昔に聞いた事があるって事だよね?

まぁ、母さんの実家にあった箱に入っていたし、母さんが知っていても不思議じゃない。


「それと、多分だけど、そこの押入れにこの曲の入ったディスクが……」


「あー、あれ。そうだよ、私がこないだ帰った時に箱ごと持ってきたんだよ。ほら、司に取ってもらおうと思って、落としそうになった箱あったでしょ?」


 思いだしました、俺のデコに直撃したあの箱ですね!

あの箱にディスクが入っていたのか!

そりゃいくら探しても見つかりませんよね。


「あ、あの……」


 杏里が自分のスマホを取り出し、操作する。

そして、俺の方を見てくる。合図だ。

俺は再生されていた曲を停止し、杏里に電話を掛ける。

そして、再び流れる同じ曲。


「あらあらー、着信音にしているの? いい曲でしょー」


「……」


 父さんがビールの入ったコップを手に取り、一気に飲み干す。


「百合、もう一本」


「今日だけですよっ」


 母さんが冷蔵庫から一本ビールを取り、父さんのコップに注ぐ。


「ふぅ……。百合、話してもいいな?」


「まぁ、いいんじゃない? いずれ分かる事だしさ」


 『いずれ分かる事』一体何が分かるんだ?

この曲って、父さんも母さんも普通に知っているみたいだし、いったい何があるんだ?


「司、杏里さん。この曲は――」


 話し始める父さん。

真剣に聞く態勢になった俺は、父さんから目が離せない。

母さんは普通に卵を追加し、すき焼きを食べている。

隣の杏里はどうだ? 


 真剣な眼差しで俺と同じように父さんを見てる。

良かった、もしここで普通にすき焼き食べていたら突っ込むところでしたよ!


 そして、父さんの口から予想していない事実が聞かされる。


「この曲は数人のメンバーで創った自作品だ。作曲者は松島里美(まつしまさとみ)。杏里さんのお母さんだ」


「お、かあさんが?」


 さっきまで楽しい雰囲気で食事をし、一時甘くなりそうだった食卓が一気に静かになる。

杏里のお母さんが作った曲? でも、何でそんな曲がここに?


 一体どんなつながりがあるんだ?


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