第223話 そびえ立つ物体


「いらっしゃーい、二人かい?」


「二人です」


「こちらにー」


 入った店は中華料理屋。ラーメン、チャーハン、回鍋肉。

この店の中では特にあんかけ焼きそばとチャーハンがお勧めだ。


「杏里は何にする?」


「このレディースセットってどう?」


 ミニラーメンにミニチャーハン。

日替わり皿一品とサラダ。デザートは杏仁豆腐。

それなりの量はあるけど、どれもうまいんだよねー。


「ちょっと量は多めかもしれないけど、味はいい。おいしいよ」


「じゃ、これにする。司君は」


「俺はいつもの」


「いつもの?」


「すいませーん!」


「はーい」


 カウンターの奥から男のスタッフが歩いてくる。

若い男、この店のバイトだ。


「おっす、俺いつもの」


「ん? な、司か! お前何してるんだよ!」


「昼食べに来たんだよ。売り上げに貢献してるんだ、サービスあるんだろ?」


「それにしても、久しぶり……。って、こちらの女性の方は?」


「は、初めまして。姫川と申します」


 杏里が軽く会釈をしている隣で、バイト君は若干鼻の下を伸ばしている。


「ま、まさか、司のこれか?」


 バイト君は小指を立ててくる。

その仕草、かなり古いぞ……。


「彼女だよ。一緒に実家に帰るんだ」


「おぉぉぉ! と、都会の学校はそこまで進んでいるのかぁぁぁ! 俺も行けばよかったぁぁ!」


 何か一人で騒いでいる。


「オーダーいいか?」


「あ、はい。オーダーどうぞ」


 一気に仕事モードになる。

こいつも変わったやつだったなー。


「えっと、俺はいつもの。杏里はレディースセットで」


「了解! 待ってろよ、うまいもん食わしてやるからな!」


 中学ではこいつと良く遊んでいたし、高校になったらこの店でバイトすると言っていた。

ま、こいつの実家がこの店なので、昔から色々と手伝っていたらしい。

 

「お友達?」


「うん、中学でずっとつるんでた。三年間同じクラスだったよ」


「そっか、仲が良いんだね」


「それなりにな」


 しばらくするとテーブルが食べ物で埋まった。

あれ? こんなに頼んだっけ?


「お待ちっ!」


「多くないか?」


「ちょっと多めかも。こっちはレディースセット改。司のはいつもの大盛りで」


 杏里の方は品数が多い。俺のはいつも頼んでいるメニューの大盛り。

サービスだよね?


「司君、一緒に食べようか……」


「そうしますか」


「二人とも仲良いなー、うらやましいぜ!」


「すんませーん! オーダーいいですかー!」


 向こうの席から声が聞こえてくる。


「はーい! 今うかがいまーす。じゃ、また後でな、ごゆっくり!」


 バイト君はダッシュでオーダーを取りに行く。

さて、しっかりといただきますか!


「「いただきます!」」


 二人でお互いに好きな物をとり、口に放り込む。

良くこの店に来ていたが、その味は今も昔も変わらない。

色々なチェーン店があるが、この店の味が結構気に入っている。


「おいしいね!」


「だろ? 結構通ってた」


「司君のも一口いいかな?」


「一口と言わず、好きなだけどうぞ」


「ありがとう」


 二人で食べる食事は楽しい。

でも、いつか三人、四人と家族が増え、テーブルを囲う日が来るのだろうか。

その時、杏里の隣に俺はいるのか? 考えたらきりがない。


「司君、これ食べる?」


 杏里が肉団子を一つ、俺に差し出す。


「貰おうか」


「はい、あーん」


 一口で肉団子を口に入れる。


「どう? おいしい?」


「ん、うまひ」


「でしょ」


 笑顔の杏里を見ていると俺は幸せになる。

俺は杏里の笑顔をずっと見ていたい。

その笑顔を、俺は失いたくはない。


「すいません、ご飯お代わりってもらえますか?」


「はーい、今お持ちしまーす」


 杏里の食いしん坊スイッチがオンになった。

どれ、俺も付き合っておいしくいただきますか!


「杏里、ほどほどにな」


「大丈夫、おいしいものは別腹だよっ」


 お腹いっぱい、胸いっぱい。

旧友との再会も果たせたし、良い時間にもなった。


 駅前のバス停でバスに乗り込み数分経過。

流れる景色を横目に実家に向かってバスは進んでいく。


「司君、さっきのあれって……」


 駅前から見えた、ニョキっと見える白い物体。 

そろそろなぞの物体の足元を通過する。

次第にはっきりと見えて来る白い物体。


「そろそろ見えるよ。さて、正解は何でしょうか?」


 林が無くなり、窓の外には大きな白い物体が現れた。

白い物体の足元は大きな公園になっており、公園の奥にある小さな山の上にそれはそびえたっている。


「もしかしてロケット?」


「せいかーい。飛ばないけど、実物大のロケット。五十メートル位だったと思うよ」


「大きいね、あれって中に入れたりするの?」


「隣に同じくらいの高さがある建物があるだろ? そっちには入れる」


「すごいね、大きいね!」


 杏里が若干興奮気味に窓の外を眺めている。

女の子でもロケットとか好きなんだろうか?

でも、宇宙ってなんだか夢があるよね。


「展望台があるから、あとで来てみようか。多分実家に帰っても暇だと思うし」


「いいね! 楽しみだなー」


 杏里と一緒にプチデート。

俺は何回も来ているし、ワクワクはしないけど、杏里と一緒だと新鮮な気持ちになる。

ここはしっかりとリードしたいところだ。


 バスが止まり、俺と杏里はバスを降りた。

商店街から住宅街を抜け、さらに奥までバスは走ってきた。

バス停を下りた目の前は田んぼ。そして、遥か向こうに山が見える。

うん、田舎ですね。


「良い景色だね。それに、空気がおいしく感じるよ」


 荷物を地面に置き、杏里は背伸びしながら深呼吸をしている。

俺は見慣れた風景だし、新鮮とも感じない。

それに、駅まで遠いしコンビニだって遠い。


「そうか? まー、この交通量だからなー」


 バスが行ってからほとんど車が通過しない。

人も、車も自転車も。ようは、田舎って事だ。


「それでもいいよ。静かで暮らしやすそう」


 ふっ、杏里さん。甘いっすね、田舎の怖さを知らない。

いい機会だ、田舎の怖さを思い知らせてやる!


「どれ、とりあえず家に行くか」


「うん! ここからまだ遠いの?」


「いいや、実家はすぐにつくよ」


 荷物を持ち、バス停から実家に向かって歩き始める。

バス通りから、住宅街の路地に入り、歩く事数分。

やっと実家が見えてきた。

見た目は普通の一軒家。大きくも無ければ特徴的なところもない。


「ここが俺の実家だ。ようこそ、ゆっくりして行ってくれ」


 チャイムも鳴らさずに玄関を開ける。

この時間だったらいつも母さんがいるはず。


「ただいまー」

 

 玄関に入り靴を脱ぐ。


「お邪魔します」


 奥から小走りで母さんがやって来た。

普段着に白のエプロン。何か作っていたのだろうか?


「いらっしゃーい! 待ってたよっ! 杏里ちゃん久しぶりー! 元気だった? ささ、荷物は司に任せて、お茶でも飲みましょっ」


「お久しぶりで――」


 杏里の挨拶も途中で切られ、母さんは杏里の腕を握りそのままリビングの方に消えて行った。

えっと、俺も久々に帰ってきたんだけどなー。

それに、母さん俺に声もかけてこなかったぞ!


 なんですか? 俺ではなく、杏里を待っていたと?

親としてそれでいいんですか! 心優しい俺だって、グレますよ!

と、そんな事を考えていたら奥から声が聞こえてきた。


「つかさー、荷物あんたの部屋に置いたら、早くいらっしゃーい。芋ようかんも準備してるのよー」


「わかったー、すぐに行くよー」


 ですよね、俺だって歓迎されてるよね?

杏里と自分の荷物を二階に持って行き、引っ越し前まで使っていた自分の部屋に放り込む。

が、なんか散らかってるな? 誰か使っているのか?


 マンガ本とか少し散乱しているし、机の引き出しも半分開いている。

あとで母さんに聞いてみよう。


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