第221話 俺は今幸せです


 夜も更け、そろそろ寝る時間だ。

歯を磨いたら、あとは布団にもぐり込むだけ。

明日は、買い物に行って、実家に帰る準備。

ついでに高山達に連絡をして、課題を進めてもらうように話をしておこう。


 洗面所で二人歯を磨く。二つコップが並んでいる。

鏡に映った二人は、もう見慣れたものだ。


 杏里がうちに来た当初はドキドキしていたが、今は当たり前の光景になっている。


「司君、口に泡が残っているよ」


「ん? ほんとだ」


 鏡を見ると口の端っこの方に泡が残っていた。

まったく、子供じゃないんだから。


「今日も疲れたし、ささっと寝ますか。おやすみ杏里」


「うん、おやすみ……」


 杏里が少し寂しそうな表情で俺の元から去っていく。

自分の部屋に戻り、ベッドにダイブする。


 枕に顔をうずめ今日一日を振り返る。

杏里の姿が……。って、それしか思いだせないのか!


 モンモンしながら布団の中で転がる。

さて、杏里は寝たな。この熱い想いを吐き出したい。


 真っ暗な部屋の中、パソコンの電源を入れマウスを操作する。

さて、今日は何を見ようかな。

すこしドキドキしながら真っ暗な部屋でモニタを見つめる。


 イヤフォンは準備した。念には念を入れて、片耳だけで音を聞く。

飲み物も準備したし、こぼれた時の為のティッシュも手元にある。

準備は整った。


 再度カーテンを確認し、しっかり閉まっている事を確認。

念のため部屋の鍵がかかっている事も、もう一度確認した。


 オールグリーン。いざ、大人のサイトにレッツゴー!

高なる気持ちを押さえつつ、素早くマウスを操作する。

今日は、ここにしようかなー。


 画面に映る男女。

お互いに愛を語っており、いい雰囲気になっている。

そして、男の部屋でベッドに横になり、大人の階段を駆け上がっていく。

それも、ものすごい速さで。


 お互いの想いを混ぜるような熱いキス。

二人の世界に入り、熱き想いを互いにぶつけていく。


 よし、いけ! 早くしろ!

俺は心の中で熱い想いを溜めていく。


――コンコン


 だぁぁぁぁぁ! な、何ですかぁ!

ちょっと、待ってくれ!

俺は慌ててモニタの電源を切る。


「ど、どうしたの?」


『ちょっとだけいいかな?』


「ちょ、ちょーとだけ待ってくれ」


 俺はダッシュでジュースとティッシュをテーブルに戻し、マウスとキーボードを定位置に移動させる。

ふぅ、これで大丈夫かな? 鍵を開け、杏里を迎え入れる。


「どうした? 眠れないのか?」


 俺は眠たそうな声で杏里に問いかける。

そう、俺は今の今までベッドに入っていたのだ。


「うん、あのね……。実家に行くのかと思ったら、不安になって……」


 分かる! わかるわー、そうだよね。

いくら顔を知っているからと言っても実家に行くのって、神経使いますからね!

俺だって杏里の実家に行くときは結構大変だったし、親がいるならなおさらですよね!


「少し、話すか?」


「うん」


 杏里を迎え入れ、どこに座るか考える。

さて、どうしたもんか。


 そんな俺の事をスルーし、杏里は何も言わずにベッドにもぐりこむ。

おっと、寝ながら話しますか? 今宵の俺は、血に飢えていますよ?


「こっちのベッドの方が柔らかくて、寝やすいね」


 ん? 二階のベッドって板の間だから固いのか。

俺の寝ているベッドはスプリングついているしなー。


「二階だと、寝にくいのか?」


「少し固いかな?、こっちの方が柔らかいし、ぐっすり寝れるかも」


 それはそれは、大変失礼しました。

ちょっと杏里の布団を見直そうかな。古い布団だと思うし、新しいお布団でも買いますか。


「そっか、それは悪かった。こんど布団でも見に行くか」


「あ、えっと、そういう訳じゃ……」


 杏里が布団を被りながらモゾモゾしている。

どうしたのだろうか? もしかしてベッドが欲しいのか?

でも、二階にベッドを新しく設置するスペースなんてないしなー。


「俺も隣に寝てもいいか?」


 無言で頷く杏里。

では、お邪魔しまーす。


 布団に入ると予想通り杏里のいい匂いが漂ってくる。

石鹸のいい香りがする女の子は、やっぱり男の心を鷲掴み!


「ねぇ、司君はあの音楽どこで見つけたの?」


 あの音楽。もともとこの家にあったものだ。

あの部屋は色々な人の物が混ざっているから、誰の物かは分からない。


「開かずの間にあった箱に入っていて、たまたま俺が聞いた」


「私はね、お母さんの遺品整理をした時に見つけたの」


「遺品? なんでそんなところに?」


「分からない。でも、お母さんの遺品整理をしていた時にディスクを見つけて再生してみたら、あの曲が入っていた」


「杏里の見つけたディスクって、透明のケースに真っ白なラベルだったか?」


「うん、そう。多分誰かが同じ曲をコピーしたんじゃないかな?」


「誰が? でも、どうして俺と杏里の家にあるんだ?」


「今度お父さんに聞いてみようか?」


「そうだな、俺も実家に帰った時に両親に聞いてみるよ。多分何か知っているだろ」


「いい曲だよね」


「あぁ、昔から好きだった。今聞こうか?」


「うん」


 俺は布団から起き上がり、パソコンを操作しようとする。

マウスに手をかけた時、コードが引っ掛かり、パソコンに刺さっていた線が抜けた。


 やや大きめの声で女性の声が部屋に響き渡る。

その声はとてもじゃないが、杏里に聞かせる事の出来ない声。


「――好き! 大好き! もっと、もっとぉ!」


 うわぁぁぁぁ! な、なんで再生されてるんだぁぁぁ!

ちょ、やめ! 今すぐに止めてぇぇ!

 

「つ、かさ君?」


 俺はダッシュでパソコンのコードを全て引き抜く。

時すでに遅し。やってしまった。

せめてシャットダウン、いや再生を止めていればこんな事には……。


「ど、どうしたのかな?」


「なに、見ていたのかな?」


「ナニモミテナイヨ」


「今の声は?」


「パソコンの調子が悪くて……。決してやましい事は無い!」


 杏里が、冷たい視線を俺に向けてくる。

やめて、そんな目で俺を見ないで……。

だって、しょうがないでしょ! ついさっき、あんなことが起きたからぁ!


「そういうのは、一人の時に見てね……」


「はい……」 


 杏里が自分のスマホを操作し、流す予定だった曲が流れ始める。

その曲は懐かしくもあり、心に響いてくる。


「いい曲だな」


「私、この曲が好き。とても優しい音色、それに楽しそうに歌っている」


 女性ヴォーカル。ギターにベース、ドラム、あとはピアノかな?

数人組みのバンドだと思われるが、全員の音が生きているかのように響いてくる。


 俺は杏里の隣に戻り、天井を見上げる。

好きな曲を、好きな人と一緒に聴く。

その曲はお互いに知っている曲で、他の皆は知らない。

俺達だけの曲、俺達だけが心休まる曲。


 そんな曲を聞きながら、隣にいる杏里を抱きしめる。


「好きだよ」


 杏里も俺に体重をかけ、腕をからませてくる。


「私も、好きだよ」


 好きな人と、好きな曲。

俺は幸せを感じながら、温かいぬくもりを感じながら、深い眠りに入る。


 俺は今幸せです。








――<後書き>――

 こんにちは 紅狐です。


 初めに、ここまでお読みいただけた読者の皆様本当にありがとうございます。

50万文字を超える自作を、読んでいただけ作者は幸せ者です。


 幸せの形や感じ方は人それぞれですが、作者は人と人のつながりに幸せを感じる事が多いです。

恋人、家族、友人、会社の同僚。

今回の作品は主人公とヒロインはもちろん、その周りも巻き込んでの幸せの形を書いてみました。


 二人の、そしてその周りのメンバーもきっとみんな幸せを願っていると思います。

この作品を読んでいただき、もし何か感じていただける事があれば、作者にとっても本望です。


 もし、出来ればこのお話の最後まで、お付き合いしていただけると、きっと作中のメンバーも喜ぶと思います。


最後に、読者の皆様に感謝。本当にありがとうございます。

そして、これからも当作品を、よろしくお願いいたします。



※追伸※

もし、良かったら【★応援】【フォロー】をよろしくお願いします。

作者のエネルギーになります。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る