第219話 お風呂でリラックス


「なーい! おかしいな、確かここにあったと思ったのに……」


 俺は杏里と自宅に帰り、開かずの間の部屋で探し物中。

スマホに入れた音源の元になったディスクは確かにここにあったはず。


 だが、いくら探しても無い。

おかしい、入っていた箱ごと無くなっている気がする。


「ねぇ、もういいよ。きっと、どこかに紛れ込んでいると思うし、もう遅いよ?」


 みんなと別れてから自宅に戻り、ずっと捜索しているがかなりの時間が経過している。

すっかり夜も遅くなり、良い時間だ。


「うーん、続きは明日にするか……」


「今日は結構疲れたし、早くお風呂に入って寝ようよ。私、もう眠くて……」


 杏里が入り口付近で座りながら、大きな欠伸をしている。

さっきからうつらうつらしており、今にも寝てしまいそうだ。


「よし、じゃぁ今日はここまでにして風呂に入るか」


 杏里の手を引き、階段を下りる。

その間も杏里は半分目を閉じフラフラしている。


「司君、眠い……」


 今にも寝てしまいそうだ。


「ちょっとソファーで横になって待っててくれ。風呂準備してくるよ」


 俺は少し急いで風呂の準備をする。

ダッシュで浴槽を洗い、あとは湯を張るだけだ。


「あんりー、準備終わったぞー」


 ソファーに転がした杏里のところに行き、様子をうかがう。

案の定杏里は可愛い寝息を立てて眠ってしまったようだ。


 隣に座り、天使の寝顔を拝見する。

そっと杏里の髪をかきあげ、寝ている杏里の表情をまじまじと見つめる。

長いまつ毛、サラサラの髪、そして、少し紅潮した頬。

寝息も小さく、くぅくぅと淡いピンク色の小さな口から音が聞こえてくる。


 こうしていると、もう随分長い時間を一緒に過ごしてきた気がする。

寂しがり屋の杏里、食いしん坊の杏里、二人きりの時に見せる仕草や笑顔。

初めてうちに来た時はとっつきにくかったけど、今は俺の隣にいるのが当たり前の存在になっている。

俺は杏里の事が好きで、これからも一緒にいたいと心から思っている。


 俺は杏里を守れる男になれるだろうか、杏里にふさわしい男になれるだろうか。


「うにゅ……。つか、さくん……」


 杏里が何かもにもにしている。

少し頬がつり上がり、ニヤニヤしながらモグモグ口を動かしている。

何かいい夢でも見ているのかな。


 それにしても、いったいどこにいったんだ?

小箱に入っていたはずだが、箱自体無かった気がする。

随分前に見つけた箱だし、音源となったディスクもスマホに取り込んでから元に戻した。

その後は箱を開けてもいないし、触ってもいない。


 かといって、誰かが持ち出したり、盗まれるような事は無い、はず。

明日もう一度探してみるか。


 ボーっと一人考え事をしているとお風呂のお湯が入った音が聞こえてきた。

さて、杏里はまだ夢の世界に旅立っているし、先に風呂でも入ってるとしようか。


 俺はテーブルに書置きし、先にはいる事にした。

『風呂の準備は終わっている。後で風呂に入ってくれ』

うん、これで大丈夫だな。


 念のため杏里にはタオルケットをお腹にかけて置く。

寝冷えすると良くないからな。


 一人脱衣所に入り、アロマキャンドルを準備する。

キャンドルに火をつけ、脱衣所も風呂場も電気を消して湯に入る。

湯船の隅っこに置いたキャンドルの揺れる火を見ながら、肩まで湯につかり、リラックスムード。


 はふー、いい感じですね。

身体が癒される感じがします!

杏里に教わったキャンドル風呂。

疲れた時にこうすると、リラックスできると聞いたので実践中。


 キャンドルから少しだけいい匂いが漂ってきて、そのいい匂いが風呂場に充満していく。

この匂いでもリラックスできるらしい。

俺一人だったらまずやらない事だ。杏里は色々と知っているんだな。


 目を閉じ、深く呼吸をする。

大会も終わった、あとは課題を終わらせることと、実家に帰る事。

夏休みのイベントはこれで終わりかな?


 脱衣所から何か音が聞こえた気がした。

ん? 何の音だ?


 すりガラスの向こうに誰かが立っている。

まぁ、誰とは言わない、一人しかいないからな。

杏里が起きたのかな?


 扉一枚、向こう側で何かゴソゴソしている。

何をしているんだろうか?


 そして、すりガラスの向こうには黒と肌色のツートンカラーが。

左には白いカラーも見えている。

だが、すりガラスではっきりとは見えないけど……。


 え? ちょ、杏里? 

ま、まさかとは思いますが、そこで何しているのですか?


 突然風呂場の電気が付き、扉が開く。

そして、俺の目の前に杏里が立っている。

今回は湯気が少ない。杏里の姿がはっきりと見えている。


 しかし、杏里に反応は無い。

目が半分閉じ、かなりフラフラしている状態だ。

そして、そのまま扉を閉め、一歩、二歩と進み始める。


 えっと、ここは声を大きくして叫んだ方がいいですか?

それとも、本人が気づくまでそっとしておいた方がいいですか?


 誰か! 誰か、今すぐに答えを下さい!

俺は今、この場から逃げられません!

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