第218話 天使の歌声


「いやー、カラオケなんて久々だなー」


 一室に全員が入り、高山が早速リモコンやマイクを準備している。


「みんな何飲むー?」


 杉本がみんなに声をかけている。

それぞれがオーダーし、杉本と杏里が部屋を出て行った。


 とりあえずリモコン片手に曲を探してみる。

俺の隣には遠藤。そして、その隣には井上がいる。


 二人ともぎこちなく、お互いに声をかける事もしない。


「おまたせー」


 二人が帰ってきてそれぞれに飲み物がいきわたった。


「それでは、改めまして。お疲れ様でした! かんぱーーい!」


 高山がマイクを使って叫んでいる。

いつも何かしら初めに言っている気がするな。


「俺から行くぞー!」


 早速高山がリモコンを操作し、両手でマイクを握り始めた。

そういえば高山と一緒にカラオケなんて初めてだな。

結構うまいのか? 


 高山はノリノリでマイクを握りしめ歌い始める。

イントロから手や腰の振りが面白い。

そして、歌声がやばい。音程が全く取れていない。


 歌い終わった高山はすっきり顔で席に着いた。


「はー! 今日もいい感じだぜ!」


「そ、そうか。良い声だったな!」


 もしかしたら高山は気が付いていないのか?

いや、そんな事は無いだろう。きっとあえて音程を外して歌っているに違いない。

井上の事を気遣っているんだ、きっと。


 次に歌い始めたのは杏里。

胸の前でマイクを握り、歌っている。

うん、可愛いね。そして、声が良い。聞いていて心が洗われるようだ。

まさに、天使の歌声。


「杏里、歌うまいんだね! 初めて聞いたけどびっくりしたよ」


 杉本が杏里に向かって拍手している。


「ふふーん、結構歌には自信あるんだよねっ」


 杏里は持っていたマイクを杉本にパスし、杉本が歌い始める。

流れてきたのはどこかで聞いた事のある曲。

あ、あのアニメの主題歌か?


 案の定アニソンだったが、歌声はなんでアニメ声なんだ?

普段の声と違うぞ?


「彩音も歌うまいね」


「最近の曲はあまり自信が無いけど、アニメ系だったらそこそこいけるよっ」


 さて、次は誰かな?


「次は僕だね」


 マイクを握った遠藤。

さぁ、お前の歌声を聞かせてくれ。


 歌い始めた遠藤はまるでヴォーカルの様に歌っている。

マイクの握り方がちょっときざっぽい。

杏里もうまかったが、遠藤もうまい。

音程やリズム感、声の伸び。もしかして普段から歌っているとか?


 曲も良く聞くラブソング。

高山とは対照的だな。

 

 時折遠藤は井上の方をチラチラ見ている。

きっと、俺以外にもその視線に気が付いているだろう。


 その熱い視線を貰っている井上は、ずっと遠藤を見ている。

だから、ここでラブコメするなよ。


「ふぅー、どうかな? なかなかいけてるだろ?」


 自分で言うな。

さて、俺も何か歌おうかな。あまりレパートリー無いんだよね。

アニソンだと杉本と被るし、杏里や遠藤ほど歌声に自信はない。

かといって高山よりは俺の方が上手いはず。

真面目に行くか、笑いを取るか……。


 ん? 別に笑いを取りに行かなくてもいいだろ?

何を考えている?


 と、色々と考えていたら先に井上が歌い始めた。

予想外に選曲したのは洋楽だ。歌も全て英語で歌っている。

激しいロック、そして震える声。


 今の井上の心を表しているかのような激しいロックだ。


「あー! すっきりした! やっぱカラオケはこうじゃないとね!」


 すっきり顔で席に着き、ドリンクを飲む井上。


「井上さん、洋楽歌うんだ。かっこいいね!」


 杉本が井上に熱い眼差しを向けている。


「一人で走る時に良く聞いているからね。聞いていたら歌えるようになった」


 それはそれで、すごいな。

どれ、俺も一曲行きますか。


 マイクを持ち、大きく息を吸い込む。

俺が選曲したのは演歌。昔の演歌じゃない、流行の演歌だ。


 目を閉じ、拳をグッと握りながら、低い声で歌う。

うん、いい感じにのってきた。どうだ、お前たち、俺のハートは届いているか!


 薄らと開いた目で場を確認する。

杉本と高山は、次に歌う曲を二人で選んでいる。


 井上は遠藤と一緒にドリンクを取りに離席しようとしている。

あ、杏里は?


 杏里だけは俺の事を見てくれている。

俺の声は杏里にしっかりと届いている!


 歌い終わり、席に着くと杏里がドリンクを渡してくれた。


「良い声だったね」


「杏里だけだ、しっかりと聞いてくれたのは……」


「ちょっと待て! 俺だって聞いてたぞ!」


「私もしっかりと聞きました! 最後までしっかりと!」


「ほんとか? 本当に聞いてくれたのか?」


「あぁ、いい声だったぜ!」


「うん、いい声だったよ」


 杉本も高山も聞いてくれていたようだ。

良かった!


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

室内に設置された受話器から大きな音が聞こえてくる。


「延長するか?」


 もうそんな時間か。さて、どうしようかな?


「うーん、私はそろそろいいかな?」


「ボクも今日は帰るよ。十分楽しんだし、みんなに慰めてもらったしね」


 杉本と井上は戦線離脱。


「だったらお開きにするか!」


 高山の終了宣言で初めてのカラオケ会は終了した。

音痴高山、アニソン杉本、ヴォーカル遠藤、ロック井上。

そして、天使の歌声杏里。


 いいデータがとれました。


「はー、楽しかった! 井上さんも少しは気が晴れたか?」


 高山が井上に声をかけている。

こう、さらっと声をかけてやれるところがお前のすごい所だよな。


「うん、晴れたよ。ありがとう、またみんなで来たいね」


「またみんなで来ようよ。女子三人でもいいしさっ」


 杉本は井上の腕を組みながら仲良く話している。

この二人、結構仲が良いのか?


「そうだね、それもいいね」


「では、今日はこれで解散! お疲れ様でした! 彩音、家まで送ってくぜ!」


 堂々と高山は杉本と腕を組み、人ごみに消えていく。

この二人も結構仲が良いんだよね。この夏で少しはお互いの距離が近くなったのかな?


「井上さんはどうやって帰るんだい? 良かったら家まで送っていくよ」


 遠藤が井上にアタック。

攻撃された井上も、まんざらではない。アタック成功か?


「走って帰るよ」


「走って? 家まで?」


「うん、そんなに遠くないし、今日は走りたい気分なんだ」


「よし、荷物は僕が持つよ」


「いいの?」


「この位大丈夫さ。さて、天童君も姫川さんも帰り気を付けてね」


「あぁ、遠藤も色々と気を付けてな」


 まさか走って帰るとは。

あの二人だったら問題ないだろう。

どのくらい距離があるか、まったく知らないけどね。

二人で走って、お互いの距離を縮めてくれ。


「どれ、帰りますか」


「うん。帰ろう!」


 杏里と手を繋ぎ、駅を目指して歩き始めた。

左手に伝わってくる温もりを感じ、つかの間の幸せを感じていた。

ふと、頭にいつも聞いている曲のメロディーが流れだす。


 無意識にそのメロディーを口ずさんでいた。

タイトルも知らない、誰が歌っているのかも知らない曲。

でも、子供のころから聞いていて、懐かしくもあり、落ち着く曲。


「……司君。その曲って?」


「んー、分からない。気が付いたら好きになっていた」


「そ、うなんだ……」


 杏里の様子が少しおかしい。

どうしたんだろ?


「あのね、司君から私に電話してみて」


 杏里に電話。

なんでそんな事を?


 言われた通り、杏里に電話してみる。

そして、杏里の手に持つスマホの画面には俺の名前。

『司君』と表示されている。


 何となく嬉しい。

そして、聞こえてくるメロディー。


 それは俺が口ずさんでいたメロディーと同じ。

どうして、杏里が俺と同じ曲を知っている?


 どんなに探しても、聞きまわっても何も分からなかった曲。

いくらネットで調べても、お店の人に聞いても何の情報も見つけられなかった曲。

たった一枚、自宅に置かれていたケースからみつけた曲。

どうして杏里が知っている?


「杏里、それは……」


「どうして、司君が……」


 多くの人が行き来するアーケード。

でも俺達しか分からないようなメロディーがアーケードに響き渡る。

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