第216話 マシュマロほっぺ


 自販機から杏里の元に一人で歩いて戻る。

あの場に二人を残してきたが問題はないだろう。


 しかし、遠藤も何を考えているんだ?

もしかして井上の事を好きになったのか?

そして井上も遠藤の事を……。


 うん、余計な事を考えるのはやめよう。

きっと二人でなんとかするさ。


 観客席に戻り、自分の席に座ろうとしたが俺の席に杉本が座っている。

ん? 移動したのか?


「あ、お帰り。どうだった?」


 杏里が俺に気が付き、声をかけてきた。

隣に座っている杉本も俺の方に視線を向ける。


「あー、うん。大丈夫。井上は次の大会を目指して頑張るって言ってたし、遠藤もその練習に付き合うって」


「そっか、良かった。落ち込んでいたらどうしようかと思ったけど、大丈夫そうだね」


 杏里の顔に少し笑顔が戻る。


「あのね。この後、彩音と井上さんと三人で女子会をしようと思ったんだけど、いいかな?」


 ようは残念会って事か。

まぁ、大会も終わる事だし、打ち上げって意味でもいいか。


「いいんじゃないか? 特にダメって事は無いだろ」


「ごめんね、急に決まって」


「杏里は悪くないよ、私が急に思いついたんだし」


 隣の杉本が杏里のフォローをしてくる。


「多分井上さんも落ち込んでいると思うから、元気付けてやってくれ」


「うん、任せて。この後三人でスイーツを食べに行くから、帰りは少し遅くなるかも」


 じゃぁ、今日は一人で夕飯か。

たまには家で一人ってのも悪くない気がする。


 最近いつでも杏里と一緒にいる事が多く、俺の隣にいて当たり前だし。

いなくて不安になるとか、寂しいとか思わないしっ。


「分かった、じゃぁ、俺は先に帰ってるな」


「うん。帰る頃に一度連絡するね」


 話がまとまり、杉本は自分の席に戻っていった。

空いた席に座り、杏里に話しかける。


「あのさ、井上さん結構落ち込んでた。やっぱり悔しいんだな」


「落ち込んで当たり前だよ。私も彩音も今日は一緒に井上さんを精一杯慰めてくるね」


 杏里の瞳は輝いている。

この二人に井上を慰める事はできるのか?

杏里の瞳には『スイーツ』と文字が浮かんでいるような気がする。


『それではー、各入賞者の選手はー、表彰式を行いますのでー、お集まりくださいー』


 競技場にアナウンスが響き渡る。

控室から表彰台に向かって歩いている井上。

途中、笑顔でこっちに振り向き、手を振っていた。

どうやら落ち着いたようだな、良かった。


「彼女には、笑顔が似合うな」


 突然隣から声が聞こえてきた。

いつの間にか遠藤が戻ってきている。

戻ったら声位かけろよな、ビックリしたじゃないか。


「大丈夫なのか?」


「大丈夫さ、この僕がついているんだ。彼女はこれからまだ伸びる」


 陸上の話も聞きたいが、他にももっと話すことがあるだろ?


「井上さん、笑顔だったね」


 杏里が井上に向かって手を振っている。

杏里にも笑顔が戻っている。


 表彰台の二番目に高い所へ井上が堂々と立っている。

胸には銀色の大きいコインが光っている。


 そして、会場は大きな拍手が鳴り響く。

井上だけではなく、選手全員に向けられてだ。

次は金色のメダルがもらえるといいな……。


 各種目の表彰式が終わり、閉会式が行われた。

そして、今回の大会は幕を閉じる。


――


「じゃ、井上さん。終わったら駅前で待っているね」


「分かった。学校で解散になるから、終わったら行くね」


 井上と杉本が競技場の外で話している。

遠藤と高山もその話に参加している。

俺と杏里は少し離れた所で四人を眺めていた。


「杏里は行かなくていいのか?」


「うん。この後すぐに会うし、それまでは司君と一緒にいたいかなって」


 可愛いやつめ、ドキドキするじゃないか。


「そっか。あまり食べすぎないようにな」


 杏里が頬を膨らませ、俺のほっぺを人差し指で突っついてくる。

なんだ、痛いじゃないか。


「大丈夫ですよ。食べ放題なので、元を取って来るくらいにします」


 お返しに、俺も杏里の両頬をつねってみる。


「この口にどれくらい入るのかな?」


「ふぉ、ふぉんふぁにはいりまふぇん」


 多分『そんなに入りません』と言ったのだろう。

杏里のほっぺは柔らかく、触っていて心地よい。

何だかずっと触っていたい気分だ。


 杏里が俺の手を握り、触っていたマシュマロほっぺが遠のく。

あ、残念。


「司君?」


「なんだ?」


「痛いじゃないですか」


「ごめん。あんまりにもさわり心地が良くて、つい……」


 杏里の頬が少し赤くなる。

これは、俺がつねったからかな? それとも……。


「家に帰ったら触らせてあげますよ。ここでは、その、恥ずかしいので……」


「杏里! 行こう! 井上さんは先にバスで他のメンバーと学校に戻るって!」


 杉本がこっちに向かって声を上げている。


「分かった! 今行くよっ! じゃ、司君、また後でねっ」


 杏里が杉本の方に向かって走っていく。

どれ、俺も行くかな。

ゆっくりみんなの元に向かって俺も歩き始める。

高山と遠藤が俺の方へ熱い視線を向けて、なぜか仁王立ちしている。


「天童! 今日は男子会するぞ!」


 な、なんだそりゃ!


「ちょっと待て、聞いてないぞ」


「今決まった! 遠藤と俺と三人で焼肉かお好み焼き。天童はどっちがいい?」


 男子会。それも悪くないな。


「肉も焼けるお好み焼き屋。高山ならいい店知っているんじゃないか?」


 にやりと口角を上げる高山。

やっぱりお前は頼りになるな。


「よっしゃ! 今日は焼くぞぉ! 遠藤もがっちり焼こうぜ!」


 遠藤もさっきより笑顔になっている。

何だかんだ言って、こいつも落ち込んでるんだよな、きっと。


 女子と男子でそれぞれ場所や内容が違うかもしれない。

でも、こうして集まって話をしながら楽しんだり、泣いたり、叫んだり。

そんな時間を過ごすのも悪くない。


「高山、今回はチケット持ってないのか?」


「そんな都合よく持ってるかぁ! 今回は全員で割り勘だ!」


 だよな。

そんな都合よく、チケットなんて持ってないよな。


「よし、行きますか」


「っしゃ、行こうぜ!」


「行くとしようか」


 男三人並んで、歩き始める。

夕日に向かってではなく、肉に向かって。


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