第215話 心の叫び


 まさかの二位。表示された順位は覆る事は無い。

井上は二位だ、これは間違いのない事実。


「遠藤……」


 遠藤に声をかけるが、無反応に無表情。

流石の遠藤も困惑しているのか?

タオルを持った手が、少し震えている。


「二位、だったね……」


 杏里も声に元気がない。

ここに居るメンバーは全員井上が一位になる事を信じていた。

遠藤も井上も努力したし、今日の大会に向けて頑張ってきた。

それが、報われなかった。勝負の世界は非情だ。


「ちょっと行ってくる」


 遠藤が席を立ち、どこかに行こうとしている。


「どこに?」


 俺に背を向けたまま、遠藤は返事をする。


「自販機。終わったら、そこにいかないと……」


 遠藤の背中には元気がない。

かなり落ち込んでいるんだな。


「俺も行くよ」


 俺も遠藤についていく事にした。

井上の事を考えて遠藤一人よりも俺も一緒に行って、何か声をかけてやりたいと思ったからだ。


「私も行く」


「いや、杏里はここで荷物見ててくれよ」


「そう……。わかった、待ってるね」


 何となく杏里を遠ざけた。

もしかしたら井上が杏里に何か良く無い事をするのではと、どこかで思ってしまった。


 高山と杉本もさっきまでのいちゃこら雰囲気はまったくなく、二人ともずっと電光掲示板を見ている。

そして、二人はこっちに向かって歩いてくる井上に目線を移動させた。

その視線に気が付き、遠藤も俺も井上の方に視線を送る。


「遠藤君! 二位だった!」


 こっちに向かってピースサインをしている。

きっと、二位だったことをアピールしているんだろう。


 井上はずっと一位にこだわってきた。

今回の大会も一位になるために、頑張ってきたはず。

それが、結果二位。俺も遠藤も、どう声を掛けたらいいんだ?


 井上はそのまま俺達の見えない所に移動した。

きっと、スタート前に言っていた自販機に向かったのだろう。


「天童君……」


「わかってる。とりあえず、行こうか」


 二人で自販機に向かって歩き始めた。

自販機に着いたが井上の姿はまだない。

来るまで待機するか。


 俺は自販機にコインを入れ、遠藤にも一本ジュースを渡す。


「ありがとう」


「まいったな。まさか二位だとは」


「あぁ。まいった、絶対にいけると思ったんだけどね」


 遠藤スマイルは全く見えない。

遠藤自身、かなり落ち込んでいるようだ。

キャップを開け、二人でしんみりとジュースを飲む。

無性に喉が渇くんだよな、こんな時って。


 どこかの扉が開く音が聞こえてきた。

そして、聞こえてくる足音は速く、目の前に井上がやってくる。


「お、お疲れ様……」


 とりあえず声をかけてみた。

首にタオルを巻き、予選と同じ格好で俺達の目の前に立っている井上。

まだ肩で息をしており、額にはうっすらと汗をかいている。


「遠藤君に天童君、どうだった? ボクの走りは」


 どうだった? 井上は確かに速かった。

でも、結果は二位だ。

井上は一位を目指していた、でも結果は二位。


「綺麗だった。一番輝いていたよ」


 遠藤が井上に声をかける。

きっと半分は優しさだな。


「でも、二位だった、一位じゃない。二位だったんだ!」


 井上の声が廊下に響き渡る。


「そうだな、二位だ。一位じゃない……。あと少しだったのにな」


「うん。ほんのコンマ数秒。ほんの少しの差で二位だよ」


 思いっきり悔しがると思っていたのに、井上の表情は思ったより柔らかい。

しかし、瞼にはうっすらと涙が見えている。


「残念、だったな。もっと僕が早く井上さんと出会っていれば……」


 逆に遠藤が悔しがっている。

お前はそこまで井上に勝ってほしかったのか?


「遠藤君がいてくれたから二位だったんだ」


「でも、一位じゃないと意味が無いんだろ?」


「そうだね、意味はないね。でもね、初めて走る事が楽しいって思ったんだ」


 瞼に涙を溜めながら井上は遠藤に話しかけている。


「楽しい?」


「うん。遠藤君と練習して、色々と教わって、今回の大会に参加して、二位だったけど、楽しかったんだ!」


「それで、良いのか?」


 遠藤が少し困惑している。

あれだけ一位に粘着していた奴が、二位でも楽しかったと。


「うん。ボクにはまだ次の大会がある。合宿前は一位じゃなかったら陸上をやめようと思っていたんだけど、ボクはこれからも走るよ」


「そうだね、次の大会だったら今度こそ一位になれるかもしれないしね」


「だからボクは練習するよ、続けるよ。次は絶対に優勝メダルを遠藤君に見せてあげる!」


「待ってるよ。次こそは、金色のメダルを見せてもらえるかい?」


「もちろん! ところで、遠藤君は何飲んでるの?」


 井上の視線が遠藤の手に持っているジュースに移る。


「これかい? スポドリ。そうだ、井上さん、何か飲むかい?」


「これで良いよ」


 遠藤の持つスポドリを井上が奪い、残りを一気に飲み干す。

奪われた遠藤は、何も言わず、そのまま井上を見ている。


「ふぅー。じゃ、ボクはこの後、表彰があるからもう行くね。応援ありがとう。トラックまで遠藤君の応援、しっかりと届いていたよ」


 井上が振り返り、走り去ろうとしたとき遠藤は井上の腕を握り、その動きを止めた。


「ちょっと待ってくれ」


 遠藤が井上の肩に手をかけ、無理矢理こっちに振り向かせる。

振り返った井上は、瞼から涙を流していた。


「え、やだ……」


 遠藤が手に持っていたタオルで井上の涙を拭く。


「そんな顔では戻れないよね。ちょっとまってね」


 遠藤が涙を拭き、乱れた髪を整えてあげている。

遠藤は優しく、井上を抱きよせそのまま背中をさすってあげている。


「頑張ったね。また、一緒に練習をしよう」


「うっ……、ひっく……。か、勝てなかった! また負けた! また二番だった! どんなに頑張っても、何をしても、いつでも何でも二番! ボクはずっと二番にしかなれないっ!」


 さっきまで我慢していたのだろう。

ダムが崩壊するかのように、井上の瞼から涙があふれ出てくる。

そして、一番になれなかった事に対しての心の叫びが、痛い位の声が聞こえてきた。


「もし、井上さんが一番になりたいと言うのであれば、僕が井上さんを一番に想ってあげるよ。努力する君の姿が、目に焼き付いた。また、一緒に練習してもいいかな?」


 無言で頷く井上。

そんな二人の姿を少し遠目で見ている俺は、きっとお邪魔虫だろう。

つか、もっと早く席を外しても良かった気がする。


 さて、この場は何とかなるっポイし、杏里の所に戻るかな。

つか、遠藤は杏里の事狙っていたんじゃないのか?

一緒にいる時間が二人の距離を縮めたのか?


 人の気持ちは変わる。

ずっと変わらない想いもあれば、変わってしまう想いもある。


 でも、俺はそれでいいような気がする。

その想いが、真実で純粋な気持ちだったらきっと間違ってはいないはず。


 二人を横目に、そのまま何も言わずその場を離れた。

あの二人だったら、きっと先に、もっと遠くまで進めるはず。

遠藤も井上も頑張れ。俺はお前たちの事応援してるからさ。

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