第201話 しばしの甘い時間


 無音な時間が流れる。

たった今、俺は杏里にプロポーズされてしまった。


 結婚? 頭の中に結婚式で良く流れる音楽が聞こえる。

真っ白なドレスに身をまとい、大きなステンドグラスの前に杏里が立っている所を想像する。


 ついドレスを着た杏里と、タキシードを着た俺がダンスをしている妄想をしてしまった。

周りには高山や杉本、父さんや母さんまで出てくる。ついでに雄三さんも。

ここまでリアルに妄想できてしまう俺の脳って一体……。


 ハッと気が付いたように杏里が慌てて声を出す。


「ち、違うよ! 本当に結婚するわけじゃないの! 結婚式! 結婚式とかどうかなって?」


「結婚式?」


 杉本が少し顔を赤くしながら杏里に問いかける。

高山は指の隙間から俺の方を見てくる。

何ですかその可愛い仕草は? 減点ですよ?


「そう、結婚式。議題は『少子化対策』なんだけど……」


 杏里が自分の考えをみんなに話す。

少子化対策としてもっとみんなに結婚ができる、幸せな家庭ができるってイメージを今の若い世代に伝えられればと。

高校、大学、就職。社会人三年目となれば年齢も三十手前になる。


 ちゃんとした収入、安定した環境ができて、結婚に至る人が多いかもしれない。

でも、もっと早く結婚や家庭に目を向けてもらう事が出来れば少子化対策にもなるのではと。


 昔は結婚も出産も、もっと若い年齢だったし、今日晩婚化が進み、それに伴い出産率も下がっている。

色々な問題もあるかもしれないが、少子化対策にはやはり、結婚して子供を授かるのが早いのではと。


「一理あるかもしれないが、なんで結婚式なんだ?」


「やっぱり女の子の憧れじゃないですか。私だってきれいなドレスを着て、みんなに祝福されたいと思うし、好きな人とね……」


 杏里と目が合う。その気持ち分かるよ。

俺だって、杏里の隣に立って、愛の誓いをしたい。


「わかるわー、めっちゃわかるよー」


 手をもじもじさせながら高山は杏里に話しかける。

だから、その仕草は……。


「でも、結婚式をしたからって、少子化対策には結びつかないんじゃ?」


 杉本がなかなか良い突っ込みをする。


「ちょっと調べたんだけど、結婚式を挙げた場合、挙げなかった場合と比べて離婚率が少ないの」


 へー、そうなんだ。そこまで調べた事は無いけど杏里はいったい、いつ調べているんだ?


「じゃぁ、式を挙げた場合はそのまま家庭を築いていく確率が高いって事?」


「そう。個人的には、学生結婚でもいいかなって。式場で学割とかあったらやりやすいと思わない?」


 うーん、結婚式にかかる費用ってどのくらいなんだ? 二、三十万位でいいのかな?


「どちらにしても、下調べが終わらないうちは何とも言えないな。杉本さんは何か案はある?」


 高山と違って杉本は何か考えている事でしょう。

期待してますよ。


「えっと、そのー……」


 満面の笑顔で俺を見てくる。


「ノープラン?」


「ごめん。他の事を考えていて、議題の事はちょっと……。本当にごめん……」


 しょうがないな。杉本も高山と同じだったって事か。

まったく、本当に似た者夫婦だな。


「司君は? 司君はもちろん考えているよね?」


 ふぁい? 俺ですか? もちのろんですよ。


「当たり前じゃないか。俺は『正規雇用率の向上』だ」


 自分なりに考えた事をみんなに話す。

将来就職するか、俺自身の事は分からないけど、絶対にほとんどの奴が何かしらの職には就く。

将来の事を考えて、本来はもっと子供のころから何になるかを決め、そこを目指さないと俺は考えている。


 そのために学校を、資格を、勉強を。

今は何となく進学している場合が多いような気がする。

みんな、何を目的に、何になりたいのか考えて学校を選んでいるのか?


「ちょっと難しいかもね」


「天童さん、多分私達の学校の場合は、大体みんな何かしら目的があって、選んでいると思うよ?」


「そうだぜ、もし何も考えていなかったら近い高校とか選ぶしな」


 い、痛い意見だな。

個人的には結構いい線いっていたのに……。


「ここは杏里の意見を中心に考えてみたらいいんじゃない?」


 杉本が杏里に一票。


「天童の議題よりも姫川さんの方が面白そうだしなー」


 高山も杏里に一票。

なんだよ、俺の味方はいないのかよ。


「じゃぁ、杏里の案を議題として、下調べを始めようか」


 杏里と杉本の顔に、少し笑顔が。

杏里は自分の意見が通ったから何となくわかるが、なんで杉本まで?


「っしゃー、調べるぜ! 調べるのは得意だからな!」


 高山の手にはスマホが握られている。

便利な時代になったな。昔はどうやって調べていたんだ?

スマホとかパソコンが無い時はやっぱり図書館で調べたのかな。


「じゃぁ、ちょっとノートとか色々持ってくるね。司君、手伝ってくれる?」


「ん? 俺が?」


 杏里がウィンクをしてくる。

あ、そう言う事か。


「はいはい、しょうがないな……」


 俺は高山の肩を叩き、目で合図をする。


「な、何だ? 天童そんなに俺の事見つめて……」


 全く伝わりません。なんでかなー!


「高山、俺は杏里と必要な物を取ってくる。いいか、少し時間がかかると思うから、しっかりとしろよ?」


 ぽかんとしていた高山が、目を開き何かに気が付いた。


「おぉぉう! そう言う事か! 任せろ! 色々と調べておくぜ!」


 伝わったのか? 伝わったよね?


「司君、行こう」


 俺と杏里は、二人を残し部屋を出る。

さて、どの位の時間を開ければいいかな?


 二人で杏里たちの部屋にはいかず、一階の自販機にやってくる。

ジュースを二本買い、ソファーに座る。


「あの二人、大丈夫かな?」


「うーん、高山にうまく伝わっているといいんだけど……」


「ねぇ、もし司君が式を挙げるとしたら、洋式と和式どっちがいい?」


 ドレスか着物か。どっちも捨てがたいな。

杏里だったらきっとどっちでも似合うんだろうし、こんな時は男性の意見よりも女性の意見を優先するべきかな?


「俺だったらどっちでもいい。好きな人と一緒に式を挙げられれば。杏里は?」


 杏里は少し頬を赤くしながら、その小さな口を開く。


「わ、私はね。真っ白なドレスを着て、みんなに祝福されながら、ブーケを投げてみたい」


 そんな事を小さな声で話す杏里は、ものすごく可愛い。

手をもじもじさせながら、チラチラ俺の方を見てくる。

そして、俺の方を見上げながら杏里は目を閉じる。


 杏里、俺はきっといつか式を挙げるよ。

杏里のその願いを叶えるのはきっと俺だ。


 俺以外の奴にその場所は絶対に渡さない。

俺が死ぬまで杏里を守ってやるんだ……。


 杏里と重ねた唇は、ほのかに甘くコーヒー牛乳の味がした。

二人で座るソファーの周りは少し薄暗く、俺と杏里は肩を寄せ合いながら、しばしの甘い時間を過ごした。


 俺は、杏里の事が大好きだ。

それは今も未来もずっとこの先変わる事は無いだろう……。

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