第202話 一緒にいる時間


「「お疲れ様でしたー!」」


 バイト三日目も無事に終わり、明日の夕方まで仕事をしたら終わりだ。

長いような、短いようなバイトだったな。


 結局、昨日の夜はソファーで杏里としばらく話をしていたら、高山と杉本が迎えに来た。

少しだけ杉本の様子がおかしいような気がしたが、そこに触れるのはやめておこう。


 その後、俺の部屋に戻って色々と調べ、よい時間になったので解散した。

高山は思った通り、ハイテンションでベッドの上をゴロゴロと転がっている。

最後に床に落ちて、やっと落ち着きを取り戻したようだ。


 何か一言でも言葉を伝えたのか? って聞いたら、伝えたと言うだけで、詳細は教えてくれなかった。

ま、そこは二人だけの思い出にしてもらった方がいいかもな。


「今日も忙しかったねー」


「そうだね、昨日よりも忙しかったかね。司君は疲れた?」


「俺か? まぁ、ちょっとは疲れたけど。高山は?」


「あー、そんなに疲れてないな。何だか馴れた」


 馴れとは恐ろしい習慣である。

どんなきつい環境でも、馴れてしまえばそれが普通になる。

徹夜の作業もいい例である。な、高山。


「そっか。明日のバイトが終わったら、帰り支度して帰るから、実質今日が遊べる最後の日だね」


「そうだね。仕事は忙しいけど、こうして遊べるし、いいお仕事だったね」


 女子二人組が何やら話しこんでいる。

それにしても会長はオーナーと何か話しこむ事が多かったし、遠藤は今日も井上の所に逢引じゃなくて、練習に。

あの二人ももっと遊べばいいのに。


「よーし、今日は最後だしパーッと海に行こうぜ!」


 海か、それも悪くない。


「海は昨日も一昨日も入ったし、今日は別な事しようよ」


 杉本が何かご意見をお持ちのようだ。


「例えば?」


「これ、やってみない?」


 杉本の出してきた冊子はスタンプラリー。

良くご当地で見かけるお馴染みの名所巡りだ。


「回るのに時間がかからないか?」


 この手のスタンプラリーは時間がかかるし、かなり遠くまで行かないと回りきれない。

今の時間からは難しいのでは?


「と、思うでしょ? これって、この辺りしか回らなくていいの。歩いてもいける範囲」


 渡された冊子を見ると確かに歩いても回れる範囲だ。

特に決められたルートもなく、全部回って最後に指定の場所へ持っていくと景品をくれるらしい。


「勝負だ! ペアで回って、どっちが早く終わるか勝負しようぜ!」


 だよな、絶対にそうなりますよね?

いいでしょう、ラリーマスターの私が今度こそ力を解放しようじゃありませんか!


「俺と杏里。高山と杉本のペアでいいか?」


「あぁいいぜ。早く交換所に着いた方が勝ちだ」


「高山くん、急いで走って怪我しないようにね」


「大丈夫だ。彩音、この勝負絶対に勝つぞ!」


 やる気満々の高山。

ふと、さっきから静かな杏里は何をしているんだ?


 杏里の方に目をやると、ずっと冊子を見つめている。

どこを見ているんだろう?

後ろから冊子を覗き込むと、景品一覧を見ているようだ。

そこに書かれている『かき氷交換券十枚』の所に熱い視線を送っている。


「司君!」


「ん? なんだ?」


「この勝負、私達が勝つわよ!」


 でも、勝負に勝っても負けても景品もらえるんですよね?

だから、そんなに焦らなくても……。


「負けないぜ! 負けた方は、勝った方の言う事を一個聞くでどうだ?」


 高山も子供っぽいな、そんな事に杏里が乗って来る訳ないのに。


「いいわよ、私達が勝ちますから!」


 って、なぜそうなる?


「杏里もけがしないようにね」


「彩音も気を付けてね!」


「行くぜ! よーい、どん!」


「司君! 早く行こう! かき氷のチケット二組分手に入れるよ!」


 そ、そうですかー。


「よし、頑張りますか!」


「一緒にかき氷、食べようね!」


「景品もらえるといいな―」


 ついに始まった、第一回スタンプラリー大会。

同じマップを見ているのに、向かった先はお互いに逆方向。

隣り合って走るよりはいいか。


「司君、ここってどこだろ?」


「え? 地図見て走って来たんじゃないのか?」


「ちゃんと見てたんだけど、うーん……」


「地図見せて」


「はい。今はここに居ると思うんだけど……」


 俺は自分の記憶と辿りながら今の位置を模索する。

多分ここの建物がこれで、こっちはあれで……。


 うん、まったく違う場所だね。

もしかして杏里って地図を読めないのか?


「杏里、ちょっとここの場所違うぞ?」


「え? 嘘? おかしいな……」


 テヘペロ状態の杏里は確かに可愛いが、何だかごまかされている気がする。

さて、一番近いポイントは……。


「杏里、こっちが一番近い。行こう」


 杏里の手を握り、俺は一番近いポイントへ早歩きで向かう。

杏里と手を繋ぎながら歩くって久々な気はするな。


 ふと、後ろにいる杏里に目線を向けると、笑顔で俺の方を見ている。

何だかそんな顔を見ると、こっちも幸せな気分になるな。


「どうした?」


「ん? 何だか幸せだなって」


「そうだな、俺も幸せだぞ?」


「お互い、似た者同士かもね」


「そうかもな。でも、俺は杏里ほど食いしん坊じゃないぞ?」


「そ、そんな事無いです。私だって食いしん坊じゃありません!」


 ちょっとむすっとした表情も可愛い。

第一ポイントに到着し、冊子にハンコを押す。


「一か所目クリアー!」


「次、行きましょう!」


 再び杏里の手を取り、次のポイントに向かって歩き始める。

負けても、勝ってもどっちでも良くなっていた。

二人っきりでその土地を巡るデートをしている気分になる。


 もしかしたら杉本はこれを狙っていたのかな?

もしそうだったら……。

策士ですね! 高山も結構策士だと思ったけど、似た者夫婦の誕生だ!


「司君、どっち?」


 目の前に左右に別れた道にぶつかった。

さて、簡易地図には乗っていない。ポイントはこの向こうにある。

ここは運に頼るか。


「さて、杏里はどっちだと思う?」


「左」


「即答だね。なんで?」


「司君の左手を握ってるから」


「それだけの理由で?」


「うん。どっちが正解かなんて、私にも分からないもん」


 確かに。


「じゃ、行ってみるか」


「うん。司君と一緒だったら外れてもいいよ。一緒にいれる時間が増えるだけだしね」


 少し、照れながら杏里は俺に話している。

言われている俺もちょっと恥ずかしいな。


「俺も杏里と一緒にいれる時間が増えるのは嬉しいよ」


 微笑みで俺に返事をする杏里。

さて、こっちの道は正解かな?

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