第192話 二人きりの時間


 俺と高山は隣り合って座り、その向かいに杏里と杉本が座る。

正面に見える浴衣を着た女の子のはものすごく色っぽい。

そして、いい匂いがするのはなんでだろう。


「高山。まずは状況の説明を」


「はい?」


 おいおい、二人をこの部屋に呼んだ理由を忘れたのか?


「高山君、課題だよ課題。先輩から聞いたんでしょ?」


「お、おう。そうだった。聞いた、沢山聞いたぜ」


 あたふたしている高山。

その動きはぎこちなく、おかしい。

気のせいか杉本も意識しているようで、ほのかに頬を赤くしているような気がする。


「これがさっき会長に聞いて、内容をまとめた物だ」


 高山の開いたノートには夏の課題について書かれている。

全員が前のめりになって、一冊のノートを見る。

自然と向かいの方に視線が行くのはしょうがない。


「思ったより難しそうですね」


「なにこれ? これをしなくちゃだめなの?」


 会長の話をまとめると、各班で議題を設け、休み明けに班ごとに発表。

内容が良ければそれを文化祭で公開発表するらしい。


 昨年の代表は『過疎地域の復興』について。

過疎地域で仕事を作り、人を定着させ人口流出を防ぐ。

その為にかかるコストや人員配置、流通についてなどを細かく試算し発表している。


 一昨年は『高齢化社会に対する社会の対応について』と題したものが発表されている。

どちらの課題も地域や社会に大きくかかわっている問題だ。


「これって、思ったより時間がかかりそうじゃない?」


「かかると思う。バイトが終わったら早めに着手しよう」


 よし、いい感じにみんなが困惑している。

こんな課題、一朝一夕で決まるはずがない。


「宿題にしよう。今考えてもすぐに答えは出ないだろう」


 杏里に目線を送るとその可愛い瞳でウィンク。

今にも星が飛び出てきそうです。


「まいったなぁー! 会長も言っていたけど、簡単には終わらないって」


「今夜は一度解散して、明日の夜また話そう。それまでにどんな議題にするか、各自考えておくって事で」


「分かった。私も明日までに何か案を考えておくね」


「うーん、難しい。どうしよう……」


 杉本が何なら悩み始めた。

確かに議題を見つけるのは難しい。


「彩音、少し散歩でもしながら考えない?」


 杏里が杉本を誘う。


「そうだね、少し外の空気でも吸ってこようかな」


「だったら、この旅館の裏にあるスポットに行こうか。良い景色が見れるって言ってたしな」


「だったら俺も行くぜ! せっかく泊まりに来たんだしな」


 高山も乗ってくる。おし、下準備はできた。


「じゃぁ、みんなで行こうか」


 玄関に集まって備え付けの下駄をみんなで履く。

カランコロンといい音が玄関に響き渡る。


「あ、ごめん、私井上さんと約束してたの忘れてた!」


 杏里が井上との約束を思いだしたようだ。

確かさっき後で電話するって言っていたしな。


「そっか、じゃぁしょうがないね」


 杉本が少し残念がっている。


「すまん、俺も思いだしちゃった。遠藤を探さないと」


 しばらく遠藤を見ていない。

どこに行っているのか、長い時間行方不明のままだ。


「天童……」


 高山が不安そうな目で俺を見てくる。

その目をやめてくれ、お前らしくないぞ?


「遠藤が見つかったらすぐに追いかけるさ。先に行って待っててくれ」


 俺と杏里は二人を先に行かせ、その後ろ姿を見送った。

さらば高山。無事、生還する事を祈る。


「行ったな」


「うん。きっと、あの二人なら大丈夫。心配いらないよ」


 杉本の心配はしてない。

高山が心配なんじゃぁ! 余計な事言わなくていいからな!


「さて、部屋に戻るかな」


「私の部屋で少し話さない?」


 俺が杏里の部屋に?

まぁ、別にいいか。


「いいけど、何か話す?」


「あんまり二人きっりになれなかったからさ、司君と少し一緒に居たいかなって」


 鈍感でごめんなさい! 結局俺ってやつは……。


「俺も、杏里と一緒に居たいよ」


 下駄を脱ぎ、杏里と手を繋いで部屋に戻った。

ベッドに腰掛け、今日一日の出来事を何となく話す。

時折見せる杏里の笑顔が、可愛くドキドキしている自分がいる。


 俺、杏里と付き合っているんだよな。


「――でね、彩音ったら『今度こそ!』って頑張ってるんだよー」 


 いつもの口調と違って、俺の目の前では砕けた話し方をしている。

そういえば杉本の前でも高山の前でも言葉使いが少し固いよな。


「なぁ、杏里はなんで俺の前だと口調が変わるんだ?」


「口調? んー、気を使ってないからかな。こんな事もできるしねっ」


 ベッドに座っていた俺の膝に杏里の頭が乗ってくる。

膝枕をしたのはいつ以来だろうか。


「膝枕、好きなのか?」


「好きだよ。好きな人の膝枕は、大好き……」


 俺も杏里の事が大好きだー!

狭い部屋で二人っきり、そしてこの密着度合!


 ん? 密室に二人っきり?

ここには、俺と、杏里だけ?


 高山達は恋人として、一歩前に出たいと言っていた。

もし、一歩出たら俺と同じところに来るんだよね?

そしたら俺も一歩進まなきゃダメじゃね?


 男の脳は簡単にできている。

行けると思ったら行く。高山達は今頃頑張っているはず。

だったら、俺も頑張らないとダメですよね!


「あ、杏里?」


「なぁに司君」


 杏里の顔を覗き込み、ゆっくりと近づく。

目を閉じてリラックスしている杏里の唇を奪ってやる!


 あと少し、あと少しで……。


――コンコン


『姫川! 杉本! いるかー、見回りにきたぞー』


 おーまいがっ! 先生の見回りだ!

ここまで来て見回りですか? 修学旅行じゃないんだしさっ!


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