第191話 気の利いたセリフ


 第一回温泉卓球大会も杉本の優勝で幕を閉じた。

だが、本当の勝負はこれからだ。


「彩音って卓球うまいんだね」


「んー、部活で少しやってたからかな?」


 俺もそれなりだと思ったが、杉本の返し方は素人じゃなかった。

もしかして俺って運動音痴なんじゃないか?


「あー、いい汗かいた! もう一回風呂に入るかな」


 いえ、俺は結構です。


「高山、ちょっといいか?」


 俺は高山を卓球台からゲームコーナーに移動させ、肩を組む。


「決行だ」


「決行?」


 肩を組み、高山の耳の側でこっそりと話す。


「あぁ、今夜決行する」


「あふん、天童耳に息が……」


「真面目に聞け!」


「冗談だよ、冗談。俺だって緊張してるんだから気を使ってくれよ」


「わ、悪かったよ」


 なんで俺が謝らなければいけないんですか?

つか、ここまで俺が頑張る必要あるのか?


「一度部屋に戻って作戦会議だ」


「お、おう」


 高山と卓球台に戻り、女子グループに話しかける。


「俺達はもう部屋に戻る。杏里と杉本さんはこの後、課題の件で話があるから俺達の部屋に来てもらっていいか?」

 

 杏里が目線で俺に合図を送ってくる。


「分かった。ちょっと準備してから部屋に行くね。筆記用具位でいいかな?」


「あぁ、筆記用具だけでいい」


「なんだ、みんなで集まるのか。ボクはどうしようかな……」


 井上が少し寂しそうにしている。

が、いまは井上にかまっている時間はない。

つか、遠藤はどうした? 井上と会っているはずなのにその話が一向に出てこない。


「多分話はすぐに終わると思うから、終わったら連絡するね。今夜は部屋で女子トークしましょ」


 杏里が井上にフォローを入れている。

ここで井上まで出てきてしまったら作戦の成功率は激減する。

ナイスフォロー杏里。


「そっか。じゃぁ、ボクは散歩でも行こうかな」


 それはまずい! 作戦に支障が出るかもしれない!


「い、井上さん! 部屋で待っててくれる? 終わったらすぐに連絡するから!」


「そ、そう? うん、わかったよ。部屋で待ってるね」


 危ない危ない。杏里ナイス。


「じゃ、俺達は一回部屋に戻るな。また後で」


 こうして俺と高山は自室に戻った。

杉本と高山は互いに同じことを考えている。

だったら俺と杏里がバックアップしてやろうじゃないか!


「高山、これから作戦について説明する」


「おーけーボス。指示を」


 以前とは逆の立場だな。


「いいか、杉本さんを海の見えるスポットに誘導する。この旅館の裏道の先にあるスポットだ」


 今日教えてもらったスポットを上手く利用させてもらう。

その道しか行く方法がない秘密のスポット、景色もいいらしい。


「そこで、二人っきりになったら気のきいたセリフを言え」


「気のきいたセリフって……」


 何でもいいんだよ。きれいだとか、可愛いとか、美しいとか。


「そうだな……。星が見えたら『星がきれいだね。でも、彩音の輝きにはかなわないな』とかでもいいんだ」


 高山は両手で顔を隠し、足をじたばたさせている。


「て、天童。恥ずかしくないか?」


「うるさいな。こっちは真面目にやってるんだ」


「わ、悪い。そんなセリフ考えた事もないな……」


「練習しよう。ほら、何か言って見ろよ」


 しばらく悩んだ高山は、小さな声でささやくように語り始めた。


「海に浮かぶブイがでっかいな。彩音のもでっかいね」


「違う! 何だそれは! 全然ダメじゃないか!」


「ダメか? 違うのか?」


「次! 今のは絶対に言うな!」


 再び悩む高山。


「海岸に落ちているワカメよりも彩音の髪は真っ黒できれいだよ」


「お前、真面目にやってるのか? ふざけてるのか?」


「俺だって真剣だよ! でも、出てこないんだ! 何とかしてくれ!」


 いやはや、まさかの大誤算。高山に気のきいたセリフを言わせるのは諦めよう。

さて、どうしたもんか……。


「何も言うな。この際無言で通せ」


「でも、それって難しくないか?」


「高山が口を開くよりよっぽどましじゃ!」


 この際無言で通す。その方がいい。


「現地で二人っきりになったら、とりあえずどっかに座れ。そして、波の音でも聞きながら肩を抱け」


 高山が生唾を飲み込む。

握り拳を膝に置き、真剣に俺の話を聞いてる。

何だか俺ってアドバイザー?


「肩を抱いたら、何も言わずにそのままブチュッといけ。後はなるようになる」


「なるかぁ! 無言でブチュッとやって、その後はどうするんだよ!」


「知るか! 自分で考えろ!」


――コンコン


 しまった! もう来たのか、まだ最後まで詰めてないのに!


『来たよー』


 杏里の声がする。

しくった、もう少し時間を稼いでもらえばよかった。


 ま、いいか。その場の勢いで何とかなるだろう。

あとは任せた! 頑張れ高山!

少し涙目になっている高山は必死だ。


「高山、一度しかチャンスはないぞ。選択を間違えるなよ」


 無言で頷く高山はその目に炎を宿し始めた。

いいぞ、その意気だ、ファイト!


「開いてるぞー!」


 部屋に入ってきた杏里達は、さっきと同じように浴衣を着ている。

髪も乾かし終わったようで、部屋に女の子のいい匂いが漂ってくる。


 さぁ、作戦開始だ!


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