第193話 身を隠す場所


「ど、どうしよう……」


 杏里が、飛びあがりおろおろしている。


「落ち着け、そんなに慌てるな」


 ここにはクローゼットがある。

そこに入れば問題なく隠れる事が出来、この場を切り抜けられるだろう。

杉本は風呂に行ったとでもいえばいい。


「クローゼットがあるだろ。そこに隠れる」


 杏里がクローゼットを開ける。

が、なぜか大量の袋が入っており入れない。

杏里が袋の中身を見るとお土産がたっぷりと入っている。

その量のお土産、なんですかー! 帰る前に買えばいいじゃないですか!


「入れないね」


「入れないな」


 どーしよー! 部屋のトイレも風呂も、もしかしたら覗かれるかもしれない。

ベッドの下は狭すぎる。


「司君こっち!」


 杏里が部屋の奥にあるカーテンを開け、窓を開く。

が、手すりもなく、足場も無い。

これでは外に出る事も出来ないじゃないか!

窓枠につかまってぶら下がる方法もあるが、失敗したら骨折コース。

却下ですね。


「出れないね」


「出れないな」


『姫川! いないのか! 開けるぞ!』


 あー、まずいまずい。

えーい、しょうがない! この手で乗り切るしかない!


 俺は杏里に視線を送り、無言で杏里はうなずく。

どうやら理解してくれたようだ。


「開いてますよー」


――ガチャ


「なんだ、姫川一人か? 杉本はどうした?」


「彩音はお風呂に行くって、一人で出ていきましたけど」


「そうか……。もう、寝るのか?」


 杏里はベッドに入って肩まですっぽりと布団をかぶっている。


「そ、そうですね。明日も朝早いので……」


「ん? 明日は九時集合で、朝食も八時だろ? そんなに早いのか?」


 早くないですね。むしろいつもよりゆっくりです。


「あー、今日は結構疲れたので、もう寝ようかひゃんっ――」


 杏里の口から変な声が出る。

杏里、我慢してくれ。見つかったら大事になりかねない。 


「ん? どうした? 具合でも悪いのか?」


「全く悪くありません! 元気です!」


 俺も元気です!

先生、話はいいので早く出て行ってください。

お願いします!


 少し離れた所からベッドのきしむ音が聞こえる。

生憎俺の目の前は真っ暗。音は聞こえるが周りを見る事は出来ない。


「杉本はいないのか。だったらちょうどいいな」


「な、何がですか?」


 さっきから杏里がもぞもぞ動いている。

頼むから動かないでほしい。


「その、天童とはどうなんだ?」


「天童君とですか?」


「その、一緒に暮らしてるじゃないか。先生としても少し気になっていてな」


 確かにおっしゃる通り。

学校に行きながらバイトもして、家の事もする。

親が家にいない分、やる事は多い。

さらに勉強もおろそかにできないし、ある意味毎日やらなければならない事が多い。


「私達は大丈夫です。やる事はしっかりとやっています」


「やってるのか……。その……、姫川は無理していないのか?」


「無理じゃありません。天童君も優しいし、毎日頑張ってますよ」


「毎日! 毎日か!」


 日々のご飯は悩みの種。

同じメニューでは飽きてしまうし、かといってインスタントは却下。

栄養のバランスとか考えたら、毎日大変なんですよ。


「そうですね、たまに外でもありますけど」


「そ、そうか……。最近は進んでいると聞いていたが、そこまでか……」


 最近は外食回数が以前より増えた気がする。

杏里と二人で食事の準備をして、食卓を囲うのもいいけれど、安くておいしいお店を二人で探すのも楽しく感じていた。


「くれぐれも、気を付けてくれよ。二人ともまだ学生なんだ。将来の事をしっかりと考えてくれ」


「分かりました! しっかりと将来の事を考えて出来るだけ毎日頑張りますね!」


「う、うむ……。毎日じゃなくても、たまにはしっかりと休むんだぞ」


 しかし、熱い。

こんな所に籠っていたら段々と熱くなってきた。

次第に息苦しくなってきたし、身体がむずむずする。

体勢を変えたい……。


「わ、わかりました。他には?」


「何かあったら相談してくれ。これでもお前たちの担任なんだ」


「ありがとうございます、んっ」


「どうした?」


 少しだけ体制を変えようと、慎重に体を動かす。

先生に気が付かれないように、ゆっくりと。


「な、何でもありませ、んっ」


 しかし、杏里と密着した状態で体を動かすのが難しい。

さっきから杏里の背中や脚とかを触ってしまっている。


「気分でもすぐれないのか? 熊さん呼んでくるか?」


「大丈夫です、気に、しないでっ、下さい」


 何だか杏里が可愛い声を出している。

頑張れ杏里、早く先生を帰すんだ!


「そうか。もし具合が悪くなったら早めに言うんだぞ」


「はいっ……。わ、かりましたぁ、ん……」


「よし、次は男子の部屋だな」


 まずい! そこには俺も高山もいない!

先生よりも早く戻って何とかしなければ。


 俺は杏里の背中を突っつき合図を出す。

俺達はきっと心が通じている。俺の意図を感じ、先生に伝えてくれ!

杏里の手が、俺の太もも辺りをさすってくる。

俺の合図に返事をくれた。

ついでに杏里の手をそのまま握る。

柔らかいな、温泉効果なのかいつもよりすべすべな気がする。


「先生、確か天童君たちは温泉に行っていると思います」


「何だ、風呂にいっているのか」


「先に遠藤さん達の部屋に行ってみては?」


「そうだな、先にそっちを見てくるか」


 足音が離れて行くのを聞きながら、扉が閉まるまで俺は息を潜めていた。

戸が閉まり、やっと布団から顔を出すことができた。


「ぷはぁー! 空気がうまい!」


 布団から脱出した俺は息を大きく吸い込み、深く深呼吸する。

杏里と一緒のお布団もいいけど、呼吸はしっかりとしたい。

布団から顔を出したら、目の前に杏里の顔が。


「司君……」


 頬を赤くし、少し涙目になっている。

よっぽど先生の対応が大変だったのだろう。

悪かったな、大変な思いをさせちまって。


「杏里、ありがとう、助かったよ」


 杏里のおでこに軽くキスをして布団から出ようとする。

早く部屋に戻らないと、先生が来てしまう。

が、杏里が俺に抱き着いてきた。


「もう少し、このままで……」


 いいよ! もう少しだけ、このままでいよう。

俺もその方がいいと思っていたところなんですよ。


 杏里が俺をギュッと抱きしめてくる。

お返しに、俺も杏里を抱きしめる。


 お風呂上りの杏里は、いい匂いがして、柔らかくて、少しだけ浴衣が乱れて。

俺の鼓動は早くなる一方で、段々と胸が苦しくなってきた。


 このまま、ずっと杏里と一緒に居たいと思うのは当たり前だよな……。


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