第188話 オリジナルカクテル


 程よく時間も経過し、山盛りだった肉も野菜も底が見えてきた。

途中、遠藤の作ったそば飯を食べたオーナーが、大絶賛していたのはびっくりだ。

もしかしたら新メニューとして追加されるのかもしれない。


 杏里と杉本は皿に食べ物を乗せ、ジュース片手に砂浜に転がっていた流木に腰を下ろしている。

何やらこっちをちらちら見ながら二人で話しこんでいる。

女子トークですか。楽しそうですね。


 会長と高山ペア。珍しい組み合わせだが、何やら真面目な顔つきで話しこんでいる。

しかも高山は何やらメモまで取り出し、必死さが伝わってくる。

一体何を話しているんだろう。


「天童、ロック。氷は二個だぞ」


「今、持ってきますね」


 俺はなぜかオーナーの執事としてお酒の提供をしている。

なぜ俺なんだ? 俺だってみんなと楽しみたいのに……。


 冷凍庫から氷を取り出し、年代物のウィスキーをコップに注ぐ。

こんなもんでいいのかな?


 しかし、この酒は嫌なにおいがする。

カクテルのような甘い匂いではなく、何となく苦そうだ。


「天童君、ちょっといいかな?」


 遠藤が声をかけてきた。


「これ、オーナーに渡したらいいぞ」


 俺は作ったものをオーナーに渡し、カウンターで遠藤と二人っきりになる。

こいつと二人になるのは久々だな。


「さっき、会長から聞いたが、解散だって?」


「あぁ、杏里がそう話していたな」


「そっか。それはちょっと残念だな」


「そうか? ファンクラブなんていらないだろ」


「ま、普通はそうだね」


「普通?」


 カウンターで二人並んで話をしながらジュースの入ったグラスを傾ける。

小鉢にはピーナッツにピスタチオ。ここはバーですか?


「会長には妹さんがいてさ。姫川さんと似てるんだって。何もなければ俺らと同じ年で、会長は姫川さんと妹さんを重ねていたのかもしれないな」


 そんな事は初耳ですね。会長に妹がいたのか?


「杏里に似てるのか?」


「どうだろう。写真で見ただけだけど、背丈や髪の長さ、後ろから見たら似ているんじゃないかな」


「でも、なんで会長がファンクラブなんて……」


「一度聞いた事があるけど『妹を学校で守りたかった、幸せにしてやりたかった』って言ってたよ」


 会長にも色々とあるんだな。

だから杏里の事になると無理したり、気を遣ったりしていたのか。

でも、隠し撮りはダメですよね。


「ま、これからは一個人として、友達としてなら大丈夫じゃないか?」


「そうだといいんだけどな」


 グラスに入ったジュースを一気に飲み干す遠藤。

まるでバーのカウンターでしみじみ話しているサラリーマンのようだ。


「何か飲むか?」


 俺が遠藤に聞いてみる。

空っぽのグラスを見て、何か作ってやろうかと思ったからだ。


「お、マスター気が利くね。カシスサワー、ノンアルで」


「かしこまりー」


 カウンターの中に入り、オーダーを作る。

今日は飲み放題、ある意味食べ放題。バーべキュー最高!


「おまちっ」


「随分うまくなったね」


「お陰様で」


 バーのマスターに常連客の設定だな。


「天童君、井上さんとの仲はいいかい?」


 井上は初めて話した時から不思議な奴だ。

杏里の情報が欲しいとか、仲良くしたいとか、一番になりたいとか。

正直良くわからないのが本音。


「少し話すくらいだな。正直なところ良く分からない」


「彼女は闇を抱えている。深い闇をね……」


 どうした遠藤、お前のキャラじゃないぞ。

急に中二病を発症したか? それともアルコールが入っていないのに酔ったのか?


「闇か。誰にだって多少闇はあるだろ。俺にもお前にもな」


「確かに多少はね。彼女はその闇から逃げられない、そして無くせない。今でも、一人もがいているんだよ」


 いや、マジでどうしたの?

そんな中二モードに入った遠藤はちょっと自分に酔っているのか?

それともそんな設定でマスターを演じろと?

それも余興。しばらく遠藤に付き合ってやるか。


「何か、訳ありですかな?」


 俺はコップを一つ手に取り、布巾で磨きながら遠藤に話しかける。

うん、バーのマスターっぽい。

雰囲気は出ている、俺優秀。


「今日、少し彼女と話をしたんだ。砂浜を二人でダッシュ、彼女はいつも俺の背中を追いかけていたよ」


 ですから、その話し方おかしいよ?

ピスタチオを口に放り込んで、ジュースを飲みながら語るのはいいけど、俺達まだ高校生。

どう見ても、コントにしか見えてないと思いますよ。


「彼女の兄は優秀で医学部に行っているそうだ。スポーツも万能で、彼女はそんな兄と比べられている、家の中で」


 グラスを片手に再び語り始めた遠藤。

井上の家は資産家で、結構裕福な家らしい。

兄は成績優秀、スポーツ万能、なんでもできてしまう。

そんな兄と比べたら、と家族から白い目で見られているらしい。


 成績でも部活でも何をしても一番になれない。

何に挑戦してもトップにはなれない。

何でもいい、何でもいいから一番になりたい、ならなければならない。

どんな手を使っても、たとえ他の人を蹴落としてでも。


 家族の為に、一番にならなければならない。

一番しか意味が無い。二番ではダメ、一番。


「マスター、彼女には何が必要だと思う? 僕は彼女を闇から解放してやりたい」


 俺は磨き終わったコップをカウンターに置き、氷を入れる。

普通よりも高さのあるロングタイプ。


「井上の事が気になるのか?」


「気にならないと言ったら、嘘になるな。家族にそんな目で見られたら、辛くないか?」


「そうだな……、つらいかもしれないな」


 準備したコップの中に、氷を入れマドラーを準備する。

シェイカーにクラッシュアイスとジュースを入れ、マスターっぽく振ってみた。

グラスに注ぎ、マドラーで混ぜ、オレンジを縁に飾り付け。

コップの真ん中に丸い小さなチョコを一枚浮かべる。

出来上がったのはタダのオレンジジュース。


 上から見たらひまわりに見えなくもない。

ま、しょうがない。即興で作ったんだ、我慢してもらおう。


「ツカサオリジナルカクテル『ひまわり』」


「ひまわり?」


 遠藤が不思議そうな顔で俺を見ている。

ま、そんな名前のカクテルとか俺も知らないし。

適当に作っただけだしな。

そもそも何も混ぜてない、ただのオレンジジュース。

チョコが一枚乗っているだけだ。


「ひまわりの花言葉は『私はあなただけを見つめる』」


「私はあなただけを見つめる……」


「遠藤、これを持って井上の所に行ってみないか?」


「僕が?」


「遠藤の感じた闇、ひまわりの明るさで吹き飛ばせないか?」


「闇を、吹き飛ばす……」


「そう。遠藤が井上を照らし、井上の闇を払うんだ」


 はっきり言って俺は井上と仲が良くない。話したこともろくにない。

そして何より、学年二位の成績を持つスポーツ少女に俺は何もできない気がする。


「天童君は、姫川さんに恋をしているかい?」


「あぁ、恋をしている」


「彼女の事が頭から離れたりする事は?」


「俺はいつでも杏里の事を考えている、俺の脳内ではいつでも笑顔だ」


「僕の脳内では、井上さんはいつでも悲しい顔をしているよ」


「だったら、笑顔にしてやらなきゃな」


「僕でもいいのか?」


「遠藤以外にその役ができるか?」


「分からない……」


 遠藤の目が、一点を見つめたまま動かない。

瞬きもしない、何を考えている?


「走れよ。まだ起きてるだろ。当たって砕けても、それが青春だ」


 カウンターに置かれたオレンジジュースを遠藤に差し出す。


「マスター、ありがとう。ちょっと出てくるよ」


「おぅ。ダメだったらまたここに来い。失恋のカクテルを飲ませてやる」


「そうだね、だめだったらすぐに戻って来るさ」


 カウンターに準備したオレンジカクテルを手に持ち、遠藤は裏口から消えるように出て行った。

会長の件もそうだけど、井上も色々とあるんだな。


 俺はカウンターで再びコップを布巾で磨く。

もしかしたら俺はマスターに向いているのもしれない!


「天童! グラスが空っぽ! ロック!」


「今持って行きます!」


 オーナーは飲むのが早い。

もう空っぽなのか。面倒だし、一番でっかいグラスに並々入れるか!

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