第187話 バーベキュー始まる


「てんどー、十分休んだし、これやらないか?」


 高山が取り出したのはビーチボール。

良いじゃないですか、バレーの神童と呼ばれたこの腕を見せる時が来ましたね!


「良いだろう、勝負するか?」


「そうこなくっちゃ! じゃ、チーム戦な」


 杏里と俺が、高山と杉本がそれぞれポジションに着く。

今度こそ杏里にいいところを見せなければ!


「天童、行くぞ! それっ!」


 おぅ! 強いじゃないですか!

それも、なかなか良いコースに入ってくる。


 俺はギリギリボールを受け、杏里に回す。


「はいっ!」


 ナイストス! 俺のアタックを受けてみやがれ!


「おりゃぁぁ!」


 といったが、あっさりと高山に受けられ、いい感じに杉本の所に。

そっして、杉本のナイスな二山とボールが浮き上がり、高山のスパイクが打ち放たれた。


――ズバァァァン


 ビーチボールでそんな音が出るんですね。

それなりの勢いで俺の顔面にクリーンヒットするボール。

決して目の前に見える二山に気を取られたからではない。

普通に速かったのだ。


「つ、司君? 大丈夫?」


 杏里が心配して隣にやってくる。

確かに痛いですが、高山のスパイクはおかしくないか?

球の形が変わっていた気がするぞ?


「た、高山? うまくないか?」


「ん? あー、中学の時バレー部だった」


 ちくしょー! 水泳では杏里に、そしてバレーでは高山に!

負けられない! 今度は負けられないんだー!


 と、いいつつも高山は少し手を抜いてくれたようで、点を互いに取りつつ楽しんだ。

途中、杏里とぶつかって覆いかぶさったり、高山が杉本の胸にダイブしたのは事故です。


 段々と日が落ちていき、空には少し星が見え始めた。

十分遊んだかな。初日にしては、良いだろう。

明日の事もあるし、今日はこの位にしておこうかな。


「まだやるか?」


「私は、そろそろ疲れたかな」


「俺はまだいけるぜ! もう三セット位いけるかな」


 体力がありますね。基礎体力が違うのかな?


「私もそろそろ限界が……。普段こんな運動しませんから」


 杉本は図書委員だし、普段から運動はしていないだろう。

肩で息をしている杉本はそろそろ限界に近いかもしれない。


「そろそろ店に戻ってみるか」


 シートに戻った俺達は着てきた羽織を着て、それぞれの荷物を整理し始める。

減っていないデンジャージュースはこのまま持ち帰ろう。

そして、会長に味見をしてもらうのが一番と思われる。


「お、天童そのジュース飲まないのか?」


 高山が俺の手に持つデンジャージュースに興味を持ち始めている。

ここはやっぱり、あれですよね。


「あぁ、俺はいらない。飲むか?」


 ニヤニヤが止まらない。

この後、高山がとるリアクションが楽しみでしょうがない。


「あ、でもそれは――」


 杏里が止めに入った。ちっ、杏里そこは黙秘が正解だぜ!


「ほら、やるよ。遠慮なくグイッと言ってくれ。会長の手作りだ」


「まじかー! じゃ、遠慮なくもらうぜ!」


 腰に手をかけ、一気に飲み干す高山。

さぁ、吠えろ、叫べ! ギャースとか言って見せろ!


 普通に飲んでいる高山。

おかしい、そろそろナイスなリアクションをしてもいいんだぞ。


「なんじゃこりゃー! まずい、最高にまずい! 喉がぁ! みずぅぅぅぅ!」


 叫びながら店の方に向かって走り出した。

ま、そうなるよな。でも、しっかりと全部飲んだな。


「司君、ひどい」


 杏里の冷たい目が俺に向けられている。


「天童さん、もしかして味知ってました?」


 杉本の目も冷たい。

あれ、やりすぎた?


「う、うん。さっき味見程度に……」


「司君、やりすぎですよ。高山さん可愛そうに」


 でも、その顔は笑っていますよ。

言葉とは逆に笑みがこぼれています。


「どんな味なんでしょうね……」


 カップに残った少しのデンジャージュースを杉本が飲み干す。

恐らく半口分もないだろう。


「うわぁぁ、これはまずいですね。どうやったら作れるんですか?」


 杉本の顔がおばあちゃんになっている。

よっぽどまずいんだな。


「私だけその味が分からない」


 杏里が少し微妙な顔つきになっている。

仲間外れにしてしまった。


「杏里は飲まなくていいよ。これはやばい」


「でも、何だか寂しいですね。不味くても、みんなと同じ思い出も欲しいですよ」


 そう言われてしまうとちょっと悲しいな。

みんなで『あの時の、あのジュースがさー』と話している時に杏里には分からない。

それはそれで少し寂しいのかもしれないな。


 俺は杉本からカップをもらい、指で残ったジュースをふき取り杏里の口に突っ込んでみる。


「んっ……。ま、ずいですね」


「だろ?」


「これは、飲まなくて正解ですね」


 誰もがまずいと言うデンジャージュース。

会長、これはオリジナルですか? それともレシピがあるんですか?


 浮島先生の借りたパラソルとシートを回収し、とりあえずバイト先に戻る。

途中、パラソルの貸し出ししたと思われる店の人に声をかけられ、お店に返却した。

どうやら最後の一本だったようで、なぜか俺が延長料金を支払わされた。

後でしっかりと先生から回収しなければ。


 先に戻った高山はどうやら復活したようで、会長とオーナーもデッキで待っていた。


「天童! ナニ飲ませてるんだよ!」


「え、だって飲みたいって」


「あれはやばいだろ! どうしてあんな飲み物を!」


 デッキではバーベキューの用意がされており、クシ焼きや貝、やさい盛り、そしてトロピカールな色をしたジュースが並んでいる。


「ほっほっほ、十分楽しんでいるようじゃな。どれ、ここからは皆で飲んで食べて、楽しもうじゃないか」


 良いですね! バーベキュー、大好きです!

炭から見える、小さめの炎と空に見える星の輝き。

そして、肉を見る杏里の目にも小さな輝きが。


 お腹、減ったもんね。

食べますか!


「どれ、肉でも焼くとするかの」


 オーナーがクシ焼きに手を伸ばした。

その時!


「僕を忘れてないですか?」


 汗だくになった遠藤が帰ってきた。

あ、忘れていたわけじゃないよ。

まだ食べてないし、乾杯もしてないからね!


「遠藤、早く準備を」


「会長もひどいじゃないですか、僕を抜きに先に始めるなんて」


「そういうな。まだ始まっていない」


 ちょっと疲れていそうな遠藤は店の奥に行き、着替えて戻ってきた。

少し長めの髪を後ろでまとめ、タオルを頭に巻いている。

まるで屋台のにーちゃんみたいだ。


「皆揃ったな。それじゃ、初日の仕事おつかれさん。明日からもよろしくたのむぞい」


「「はい!」」


「かんぱーい!」


「「お疲れ様でしたー」」


 バイト初日。俺達は仕事をして、海で遊んで、バーベキュー。

徹夜も無ければ、ペン入れもない。

可愛い彼女と仲間と海でバーベキュー。


 俺は、今夏を楽しんでいる。

今夜もきっと、楽しい夜になるに違いない。

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