第189話 温泉に響く声


 結局、遠藤は最後まで戻ってこなかった。

良いのか悪いのか、とりあえずみんなには先に宿に戻ったという事にしておいたが平気かな?


 店の片づけも終わり、オーナーは店のカギをかけ先に宿に戻っていく。

明日は九時に店集合。思ったより朝はゆっくり。


 しかも夕方以降は自由時間、バイト最高です!


「天童、ちょっといいか?」


 宿への帰り道、高山が声をかけてきた。


「さっきさ、会長から課題について色々と教わったんだけど結構ハードル高いぜ」


 いったい何を聞いているのかと思えばそんな事か。

完全コピーはできないが、参考にはなるだろう。


「今日か明日の夜その件で少し話すか」


「そうだな、さっきメモも取ったし早めに打ち合わせしたいぜ」


 高山、お前はできる男だ。

しっかりとその役目を補っている。ありがとうございます。


 しかし、さっきから杏里と杉本がぴったりくっつき二人で話し込んでいる。

一体何の話をしているんだ? 気になってしょうがない。


 宿に着き、俺と高山は部屋で風呂に行く準備をしている。

今日は温泉! バイトして、海に入って、バーベキューして最後は温泉です!

最高ですね! バイト最高!


 気が高まる中、浴衣に着替え、温泉セットを手に持ちいざ出陣!


「高山、準備は?」


「終わった! 早く温泉行こうぜ!」


 部屋を出てロビー経由で温泉に向かう。

途中、ゲームコーナーがあったがそこに見慣れた三人の姿が。


「杏里も風呂か?」


「司君も?」


 目の前には杏里と杉本、そして井上がいる。

井上はなぜか俺から視線を外している。

ん? 遠藤はどうした? どこにもいないし、すれ違ってもいないぞ?


 ここで聞いた方がいいか?

いや、聞かない方がいいな。あの二人に何かあったのはまだ皆に言わない方がいい。


「彩音もみんなと一緒だったのか」


「うん、杏里と部屋を出たら井上さんも偶然通りかかってね」


 メガネ少女にジョブチェンジしている杉本。

髪もいつもと同じようなおさげになっている。

が、浴衣姿でもその、あのですね……。

ご馳走様です!


「司君?」


「杏里の浴衣姿、可愛いね」


 胸元や脚がちらっと見えるあたりグっと来ます。

どうしてこんなにもドキドキするのでしょうか?

それは、杏里がめっちゃ可愛いからです!


「あ、ありがとう。あのさ、あがったらここで待っててくれる?」


「ん? ここでか? じゃぁ、あそこの自販機前のソファーで待ってるよ」


「うん、ありがとう。じゃ、また後でね」


「た、高山君! 私も後でちょっと話したいことが。上がったら天童さんと一緒に待ってて」


「お、おう。俺も天童と待ってるよ」


 何だかちょっと騒がしい。何かあったのかしら?


 更衣室のカゴに服を入れ、タオル一本いざ出陣!

先に体と頭を洗いまして、体をきれいにしてから、湯船に入る。


「あー! 最高!」


 時間が少し遅めなのか、お客さんがいない。

そもそもこの宿には、そこまで多くのお客さんがいない。

でも、結構広い温泉は、のびのびできて、最高です!


「いい湯だなー」


 頭にタオルを乗せた高山が俺の目の前をゆっくりと泳いでいる。

こらこら、誰もいないからって泳いじゃダメですよ。


『彩音おっきいね』


『そんな事無いよ、杏里だって』


『いいなぁー、二人ともスタイル良くて』


『井上さんだって細いじゃない。私なんて最近ここが……』


 ほうほう。良く響く温泉ですね。

天井が繋がっているのですね。良くある構造じゃないですか。


「天童……」


「何も言わなくていい。俺達は、ゆっくりと温泉につかっていればいいんだ」


「気持ち、いいな……」


「温泉最高だな」


 高山と少し距離を置き、互いに目線で会話をしながら静かに入る。

泳いじゃダメです。静かにお願いします。


『杏里の柔らかい!』


『ちょ、彩音、やめてっ! ダメだって!』


『いいじゃん、減るもんじゃないし』


『ほら、他のお客さんに迷惑が――』


『誰もいないよ。私達三人だけ』


『え? でも、ちょ、井上さんまで――』


『姫川さんの足って、すべすべね。何かケアしてるの?』


『やめっ、くすぐったい! 彩音、ストップ!』


『あ、杏里! そんな急に! ひゃ、くすぐったい!』


『お返し! それ! これでもかっ!』


『おおきい……。杉本さん、どうやったらこんなに』


『だめっ! やめっ! 井上さんまで、ちょっと、そこはダメだって!』


『ほらほら、お返し! お腹はどうかな!』


『お腹はダメ、やめっ』


『お、意外とお肉無いですね、ほりゃ!』


 延々とはしゃいでいる杏里達。

俺と高山はその声が聞こえなくなるまでお湯から出ることは無かった。

いや、出ないではなく、出れなかったが正解かもしれない。

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