第178話 ふわふわのかき氷


「お待たせー!」


 さっきの疲れ具合が嘘のように高山と杉本が戻ってきた。


「あっちの店で出してたラーメンがいい味出してたぜ!」


「チャーハンもおいしかったですよ!」


 すっかり元気になった二人。

これで後半も戦えますね!


「二人も帰ってきたし、遠藤と会長、先に休憩入りますか?」


「天童、先に姫と休憩に入ってくれ。遠藤もそれでいいな?」


「僕はちょっと手が離せないので、それで問題ないです」


 会長の目が何やら訴えている。

あ、例の件を進めろと言う事ですね。

あいあいさー、ダメもとで聞いてみます。


「じゃ、杏里休憩しようか」


「うん! 何食べる?」


 杏里に手を引かれ店の外に出る。

あ、暑い! まるで夏の海にいるようだ!

って、ここはリゾート地。いい感じに暑いし、潮の匂いがする。

人が行き交う中、杏里に手を引かれどんどん店から離れていく。


「どこに行くんだ?」


「こっち!」


 少し砂浜から離れ、ホテルと海の間にある道を歩く。

どうせ食べるなら海の方でも良かったのに。


「こっちに何があるんだ?」


「さっきちらっと見えたの」


 何が見えたんだろう?


 杏里に手を引かれ、少し道からそれる。

ん? かき氷ののれん?


「かき氷か?」


「そう、さっきみんなで歩いている時にちらっと見えたんだ」


「別に浜辺にある店に行けばいいんじゃないか?」


「だって、あっちは人が多いでしょ? 司君と二人でゆっくりしたいなって」


 その気持ちもわかります。

が、お昼御飯がかき氷って少なくないですか?


「ご飯は?」


「ご飯は別に食べるけど?」


 あ、そうですか。そうですよね。


「そっか。杏里はイチゴミルクにするんだろ?」


「せいかーい!」


 杏里と一緒に『氷』と書かれたのれんをくぐる。

店内はヒンヤリとしており、お客さんも少ない。


「いらっしゃい。氷かい?」


 出てきたのはおばあちゃん。

いかにも駄菓子屋やってます! って感じの白いエプロンを付けたおばあちゃんだ。


「はい! イチゴミルクをお願いします」


 いまどき珍しい手動のかき氷器。

昔懐かしい感じが、また言い味を出している。


 器に白い雪が降ってくる。

大粒の大きな真っ白い雪。真夏の雪もおつなもんですね。


「おまちっ」


「おっきー!」


「ミルク、多めが好きかい?」


「はいっ! たっぷりお願いします!」


「元気でいいね。よし、白いのたっぷりとかけてあげよう」


 おばあちゃんは缶からミルクをお玉ですくう。

その量、多くないですか!


 杏里の目はキラキラ輝いている。

かき氷、好きだもんね……。


 真っ白な練乳の上に、真っ赤なイチゴシロップ。

杏里の口から『はわわわわ』 とでも聞こえてきそうな半開きの口。

少しだらしのない顔をしていても、可愛い顔には間違いがない。


 学校で見る、凛とした態度の杏里も好きだけど、こっちの杏里も俺は好きだ。

ようはどんな杏里でも好きだってことだな、再認識しました。


「司君は?」


「俺は抹茶小豆で」


 ばーちゃんが俺の分もたっぷりとあんこを乗せてくれた。

サービスいいですね!


「ゆっくりしていきな」


 ばーちゃんは空いている席に腰をおろし、雑誌を読み始める。

田舎の店って感じがするな。


「いただきます!」


 杏里が目を輝かせながらスプーンを雪山に突っ込む。

そして、大きな口でぱくりと食べ始めた。


 笑顔で口を動かす杏里は、少しリスに見える。

頬を少し膨らませながら、せっせと雪山を口に運んでいる。


 俺も一口食べるが、冷たくてフワッとしてうまい!

ばーちゃん、なかなかやるな。

今まで食べてきたかき氷の中でもピカ一だ。


 ふと目線を上げると、杏里が自分のかき氷をスプーンに乗せ、俺の方に向けている。

俺は無言でそのまま自分の口にほおり込み、お返しに杏里にも俺のかき氷をプレゼントする。


「おいしいね」


「うまいな」


「どっちがおいしい?」


「どっちもうまいだろ?」


「そうだね」


「そうだな」


 何でもない会話。でも、俺達はそれで十分幸せを感じる事ができる。

豪華な食事も、オシャレなデートもない。高いプレゼントを贈り合う訳でもない。


 でも、俺達は今十分に幸せだ。

お互いに想う心と、少しの時間があれば幸せになれる。

ま、少しは軍資金も必要だけどさ。


「バイトも忙しいけど、来てよかったね」


「そうだな。かき氷もうまいし、杏里の水着も見れそうだしな」


 少し頬を赤くする杏里。

イチゴシロップといい勝負ができるんじゃないか?


「そ、そんなに見たいの?」


「もちろん。可愛い彼女の水着姿を嫌いな彼氏がいるとでも?」


「ふふっ。バイト終わったらみんなで海に入ろうか」


「そうだな。早く水着姿を見たいから、仕事もがんばれるってもんだ」


 あ、忘れてた。会長の件話さないと。


「杏里。重要な話がある」


 少し真面目な顔で杏里に話しかける。


「ど、どうしたの?」


「会長が例の件のお礼を求めてきた」


「そっか、良かった。何もお礼ができなかったら、どうしようかと思ってた」


 俺は、会長から言われた話をそのまま杏里に伝える。

撮影の許可と、配布を認めてほしいと。

杏里の顔に雲が出始める。


「却下」


 一言で終了。


「交渉の余地は」


「無し」


 ですよねー。

何となく分かっていましたが、やっぱり無しですよねー。

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