第177話 オーナーの仕事


「天童! モスコ、ソルティー、カールア」


「かしこまりました!」


 オーナー。カールアじゃないです、カルーアです。

なんだ、この忙しさは。

さっきから休む間もない位酒ばっかり作ってるぞ。


「お待たせしました!」


 段々と慣れてきた。

珍しい名前のカクテルはあまりオーダーが無い。

その代り、どこでも目にするようなカクテルはオーダーが多い。


 すでにマスターしたカクテルは十種を超える。

もしかしてバーテンダーの才能あるんじゃないか?


「天童! カシスソーダ、カシスオレンジ」


「かしこまりました!」


 しかし、さっきからオーナーは俺にばっかり仕事をさせている気がする。

肝心のサポートはどうなっているんだ?


「天童! オレンジ、リンゴ、サイダー」


「かしこまりました!」


 お子様には普通のジュースですね。

これは瞬殺で終わる。


「天童! ジントニ、スクリュー、ハイボール」


「かしこまりました!」


 段々とつまってきた。

カットライム出さないと。その前にジュースにストローを……。

飲み物の提供だけでいっぱいいっぱいだ。

もしかして向こうのホールとかも戦場なのか?


 チラッと遠目で杏里と杉本を見るとてんてこ舞いのようだ。

さっきから厨房とテーブルを行ったり来たり。

ここで食べていく人と持ち帰る人が混在してしまっているので効率が悪い。


 キッチンはどうだ?


「遠藤! なんでこんなになっているんだ!」


「どうせまた注文が来るんだろ! 先に三人前作っておくんだよ!」


「場所が無いんだよ! 早くパックに詰めてくれ!」


「分かったよ、ほら空いたぞ」


「早く焼き鳥三十本焼かないと!」


 あっちも戦場のようだ。

で、会長はというと……。


 小学生の女の子と何やら浮き輪を選んでいる。

何種類か選んでは装着し、また交換。

どれでもいいじゃないですか!


「これでいいか?」


「うーん、これで海に入ったら落ちないかな?」


「だったらもう一サイズ小さくするか?」


「そっちだと可愛くない」


 早く選べ! 後ろがつまっているぞ!


「天童、まだか!」


「ただいまお持ちします!」


 昼時はきつい。

でも、コーヒーはアイスしか注文されないので、別に作り置きしておけばいいんじゃないか?

そうしたら俺もホールとかキッチンのサポートもできる気がする。


 そんなお昼の戦場を潜り抜け、何とかお客さんを回しきった。

いやー、喫茶店の昼時よりきついぞ!

まだ店自体に馴れていないからそれもまたつらい。


「天童、お疲れさん。なかなかいい動きだったな」


「オーナー……。サポートして下さいよ」


「ん? オーダーを回してるじゃろ? 提供もしている」


「そうじゃなくて、作ってくださいよ!」


「ワシか? ワシはもう引退じゃよ。高速でシェイカーを振れないのでな」


 高速じゃなくてもいいです!

それにジュースやアイスコーヒー位出せるでしょ!


「頑張ります……」


「客も引いたし、休憩でも回すかの。天童はカウンター抜けていいぞ。後は一、二名ずつ適当に休憩してくれ。任せる」


「分かりました。では、回してきますね」


 疲れた! 久々に疲れたぞ! 杉本との徹夜もつらかったが初めての仕事に初めての仕事場。

でも、カクテルって面白いな。ちょっとはまりそう。


「おーい、休憩回そうか」


 全員が俺に目線を向けてくる。

何その早く休みたい目線。


「一、二名ずつ適当に休もうか。俺が、ホールに入るから杏里と杉本さん先に休む?」


 レディーファースト。ここはやっぱり女の子を先に休憩入れた方がいいよね。


「司君、キッチンとホールは一人ずつ入った方がいいと思うわ。少し慣れてきたし。二人同時に抜けるよりいいと思うんだけど」


 確かに。杏里の言う通りかもしれない。


「じゃ、そうしようか」


「彩音! 一緒に休憩しようぜ!」


 杉本が俺に視線を送ってくる。

この視線はどっちだ? 一緒に行きたいのか、行きたくないのか。


「だってさ、杉本さん休憩先に入る?」


「杏里がまだ平気なら……」


「私はまだ平気よ。せっかくだし、二人で休んで来たら?」


「さっすが姫川さん! ありがとう!」


 遠藤と会長のセリフが無いまま、二人は冷たい視線を高山に送っている。

ま、彼女持ちだとしょうがないですよね。

俺は大人なので、怒ったりはしない。


「会長と遠藤は二人が帰ってきたら休憩でいいですかね?」


「高山君のわがままは今に始まった事ではない。僕は体力もあるから、最後の休憩で問題ないよ」


「俺もだ。子供の相手をする以外、まったく疲れないからな」


 二人で仲良く店の外に出ていく。

その背中を俺達は眺めながら仕事に戻った。


「さて、お客さんも引いているし俺はキッチンに入るか?」


「さっきまでの忙しさと比べると今はそうでもない。僕一人でも回せるが?」


 遠目に見ていたが遠藤はいい動きをしていた。

高山と違い、先を見ながら調理し回している。

しかも、なかなか調理もうまい。さっき言っていたことは本当だったのか。


「司君は私とホールね。メインは私で回すから、下げた食器類を任せてもいいかしら?」


 キッチンの端に洗い場があるが若干山になっている。

提供は追いついても洗いが追いついていないのか。


「おっけ。じゃぁ、様子見ながら洗い物するよ」


 少しはお客さんもやって来るので、遠藤と杏里に任せよう。


「では、俺も持ち場に戻る」


 会長の背中はまるで戦場に向かうような哀愁漂う背中だ。

その先にはさっきよりも小さい女の子が。


 きっと浮き輪か何かのチケットを手に持っているので借りに来たんだろう。

片腕を高々と天に向け、会長は去っていく。

でも、あんな見た目でも優しいしちゃんと子供にも接客しているんだよね。

どうしてファンクラブの会長なんてしているんだろう?


 俺は洗い物と格闘しながらチラチラとホールの様子を見る。

喫茶店のバイトが生かされている。杏里の動きも良い。

この様子ならみんな大丈夫だな。


 と、安心していたのだがホールから杏里の声が聞こえてくる。


「困ります!」


「何時まで仕事なの? 俺達近くのホテルに泊まってるんだけどさ、良かったら今夜遊ばないか?」


 杏里が若い男に絡まれている。

ちっ、しょうがないな。


 俺は洗い物をやめて杏里の方に向かおうとした。


「やめて下さい!」


「いーじゃんかよ。なー」


 杏里の腕をつかみ、なれなれしい男は杏里に近寄ろうとしている。


「おい、そこの若いの。うちの従業員に何をしておる? ヒック」


 俺よりも先にオーナーが動いた。

顔赤いですよ! 大丈夫ですか!


「なんだ、ジジイ。俺は今彼女と話をしている。すっこんでろ」


 オーナーに敵意を向けた男は、杏里から手を離し、オーナーの胸ぐらをつかみにかかった。


――バチーーン


「ぐはっ!」

 

 激しい音と当時に男はすでに床に寝ている。


「ほっほっほ。残念、もう寝るのか? だらしがないの」


 今何をした? 全く見えなかったぞ?


「え、なんで……」


「姫さんよ、すまないね。少し耳が遠くてな」


 オーナーはそのまま男の腕をつかみ、店の外に放り投げた。

投げた! ポイって投げたよ!


「お主のような男はお断りじゃ。他の店に行くといい」


 オーナーはそのまま店の扉を閉め、カウンターに向かって歩いて行く。


「あ、ありがとうございます」


「礼はいらんよ。こんなのも仕事じゃしの。ほれ、他のお客様がオーダーを待っとるぞ」


「はい!」


 再びオーナーはグラスを片手にカウンター席で飲み始める。

窓から見せる青い海と青い空。


 その少し悲しそうな眼には何が映っているのだろうか。


「おなごには優しくせんとな……」


 まさか、オーナーは杏里に気があるのか!


「お前も生きておったら、良かったのにのぅ」


 オーナーは自分の腕に付けているブレスレットを触り始めた。

ごついオーナーの腕に光る、やや細目のブレスレット。

少し気にはなっていたが、もしかして亡くなった方の形見なのか?


 年も年だし、奥さんか? もしくは娘さん……。

なんとなく聞くのも野暮なので、そっとしておこう。

人にはいくつもの出会いと別れがある。


 良い別れもあるかもしれないけど、そうじゃない別れも多い。

きっとオーナーは俺達よりも多くの別れを経験しているだろう。

生きると言う事は、出会いと別れがあると言う事。


 俺いつか最愛の人と別れる時が来るのだろうか。

そして、それを受け止める事は出来るのだろうか……。


 杏里、俺は君とずっと一緒にいたい。

この命が尽きるまでずっと。

もし俺が先に死んでしまったら、杏里は悲しむだろうか。

どっちが先に死んでも残された方はきっと、悲しむだろう。


 でも、いつかその時は絶対に来る。

その時が来るまで、俺は杏里と一緒に同じ時を刻みたい。

杏里の事が、本当に好きだから……。

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