第176話 それぞれの配置


「準備はできたか?」


 オーナーが俺達の前に仁王立ちしている。

腕を組み、サングラスにアロハ。

少しだけ見える古傷が妙に怖く感じるのは俺だけではないはず。

オーナーを前に整列している俺達は小隊かもしれない。


「着替え終わりました!」


「よし、では説明に入る」


 店内の灯りはついているが、まだ窓や入り口を解放していないので少し暗く感じる。

支給された制服は男女ともに白のハーフパンツ。

そして、男は青で女はピンクのアロハシャツだ。

何気にサラサラしている生地なので、着心地が結構良い。


 杏里のラフなアロハ姿も可愛い。

やや短めのハーフパンツはもはやショートパンツと言えるだろう。

そして、胸元が開けているアロハシャツ。風が吹いたらオヘソとか見えちゃうんじゃないの?

でも、ここは海。オヘソ位見えても大丈夫!


「配置についてだがホール二名、キッチン二名、カウンター一名、遊具一名。名乗りを上げる奴はいるか?」


 説明が短い。ホールとキッチンは何となくわかるがカウンターと遊具ってなに?


「オーナー。カウンターと遊具って何ですか?」


 俺の質問にみんなの視線を集める。

あれ? 変なこと言ったかな?


「天童、車でワシの説明を聞いていなかったのか?」


 やばい、まったく聞いていなかった。

誰か助けて……。


「天童君はやっぱり抜けているね。僕が説明をしよう」


 遠藤が優しく説明してくれた。

ホールはその名の通り飲食物の提供と下げを中心に。

キッチンは主に食べ物を作る。

そしてカウンターは飲み物作成、ジュースやコーヒー、カクテルやビールなど。

オーナーはカウンターでコーヒーを入れたりカクテルを担当するみたいだ。

遊具とは、ホールをサポートしつつ浮き輪などの貸し出しを行う。


 そして、一番驚いたのがお金は一切触らない。会計作業が無いのだ。

会計は全てブレスレットを使用したキャッシュレス会計になる。このエリアではどの店も対応しており、小銭いらずで便利だ。

先に券売機で券を買い、飲食物や浮き輪と引き換えになる。

時代は進んだんですね……。俺が子供の頃は良く小銭を無くしたもんだ。


「――ここまでは理解できたかい? 他に何か質問は?」


 遠藤が得意げに話してくる。

杏里も杉本もクスクス笑っている。ちょっとイラつくな。

話を聞いていなかった俺も悪いんだけどさ。


「この中でコーヒーを入れた事のあるものは? インスタントじゃないぞ? ちゃんと豆から引くやつだぞ?」


 俺だけが挙手をする。

杏里も俺と同じバイト先だが、まだコーヒーは未経験。

フードを全て覚えてからコーヒーの入れ方を覚えるので、現状俺一人だけになる。


「では、天童がカウンターだな。今から冊子を一冊渡す。開店までにカクテルのレシピを覚えろ」


 ふわっと飛んでくる一冊の本。

俺は落さないようにしっかりと両手でキャッチ。

厚くない?


「これ、いま覚えるんですか?」


「そうだ。ワシもサポートするから問題ないだろ。他に質問は?」


 ス、スパルタ!

この短時間で覚えろと? や、やるしかないのか……。


「一番体力のありそうなのは……、お前だな」


 肩を叩かれたのは会長。

確かに高山と遠藤よりもがっちりとしている。

何より、男らしい。


「お主には遊具をしてもらおう。ホールのサポートも頼むぞ。そしてあれが遊具じゃ」


 指さす先には浮き輪やボートが山のようにある。

まだ膨らんでいないので、ま、まさか……。


「早速全部膨らませておいてくれ」


「エアーは?」


「これで」


 オーナーが会長に手渡したのは自転車の空気入れ。


「普通の空気入れじゃないですか!」


 会長がオーナーに突っ込んだ。

いつもだったらその役は俺なのに。ちょっと悔しい。


「冗談じゃ。ちゃんとエアーコンプレッサあるから、安心せい」


 でも、しっかりと空気入れを受け取り、持ち場まで運んで行った。

そして、コンプレッサの電源を入れ浮き輪を膨らませ始める会長。

何だかんだで真面目なんですね。


「ホールはおなご二人の方がいいじゃろ。残りはキッチンじゃな」


「遠藤と高山は料理できるのか?」


「僕は何でもできるさ。シチューもカレーも肉じゃがもねっ」


 どれも海の家とは関係ない。


「俺か? 俺は焼くなら何でも焼けるぜ! あと塩コショウもまかせろ!」


 不安だ……。

この二人で大丈夫なのか?


「……お主ら料理できないのか? このメニューは作れるのか?」


 メニューを覗くと普通のメニュー。

焼きそばにフランク、フライドポテトに各種串焼き、そしてかき氷。

かき氷! 杏里大丈夫かな、勝手に食べないよな?


「このメニューならいけるぜ!」


「こんな簡単なメニューでいいのかい? もっと複雑な料理も僕はできるよ」


 いえ、しなくていいです。

ここはメニュー通りにいってください。


「おなご二人は、料理できるよな?」


 少しだけオーナーが不安そうに杏里と杉本を見ている。


「私達は大丈夫ですよ。安心してください!」


 杏里が笑顔で答える。

このメニューなら大丈夫だもんね、もう心配しないよ。

以前の杏里だったら……。


「そうか、ではキッチンのサポートも頼むぞ」


「かしこまりました!」


 胸を張って返事をする杏里。

だが、その胸は隣の杉本の方が張っている。 


 各自持ち場に行き準備を始めた。

女子二人はホールの掃除、キッチン二人は下ごしらえに入っている。

会長は黙々と膨らませている。少し楽しそうだ。


 俺もレシピを見ながらカクテルを作ってみる。

アルコールを使わない物、アルコールを使う物。

どのくらいの分量で何を使って、どうシェイクするのか。

ん? シェイクしない物もあるのか、勉強になりますね。


「コーヒーは教えなくていいな? 豆の種類は袋に書いてある」


「コーヒーの方は大丈夫です。カクテルの方ですが、ノンアルで何個か作ってみても?」


「練習も必要だな。ただで飲んでいいぞ」


「ありがとうございます」


 オーナーは俺にカウンターを任せた後、裏口の方に歩いて行った。

何しに行ったんだろう?


 とりあえず俺は自分の事に集中しないと。

ページをめくり、何種類か作ってみる。

サクッと作れる割には見た目がリゾートっぽい。

しかもノンアルなので俺にも飲める。


 さて、練習がてら六杯も作ってしまった。

全部飲むの無理じゃない?

大きめの透明カップに作ったので、俺一人で飲むには量が多い。


「おーい! カクテル作ったけどタダだけど飲むかー!」


 みんなに声をかけてみる。

わらわらっと集まってきて、飲み始めた。


「少し薄い気がする」


「なんか色が微妙」


「氷の量が多すぎない?」


「ちょっと甘すぎ」


 みんな仕事は真面目にするんですね。

色々と突っ込みを貰い、もう少し練習。

で、レシピを覚えていく。


「準備は終わったか!」


 オーナーがウィスキーのボトルを片手にカウンターに戻ってきた。


「それは?」


「ふっ。四十年ものよ。絶対に飲むなよ」


 飲むか! こっちはまだ未成年だ!


「提供するんですか?」


「これはワシの秘蔵! 自分で楽しむんじゃ! 客にはそっちの大型ボトルがあるじゃろ!」


 指の先には大きいボトルに入ったウィスキーが。

水割りとかハイボールってこれ使うんだよね。


 お酒の種類も多い。

ジン、ウォッカ、ラム、焼酎に日本酒。

アルコールメニューってなんでこんなにあるんだ!

全部覚えるの無理じゃないか?


「で、準備はいいな?」


「は、はい……」


「開店するぞ!」


「「はーい!」」


 ついに始まったバイト。

だが、俺には未知の体験となる。

カクテルとかちゃんとしたの提供できるのか?


 頑張れ、きっと俺にはできるはず!

オーナーも助けてくれるよね?


 横目でオーナーを見ると早速さっきのボトルを開け、ロックで飲み始めている。

だ、大丈夫かな……。


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