第173話 セブンビーチ到着


「天童! 海だぜ! 海が見えてきた!」


 車の中で一人はしゃぐ高山。

助手席に座っている先生は一人グロッキーになっている。


 ワンボックスカーに乗り込んだ俺達は、オーナーに軽く自己紹介をしながら、セブンビーチを目指している。

そう遠くないリゾート地。しかし、県外からも人が多くやってくる人気のスポットだ。


 このセブンビーチはきれいな砂浜が続くビーチゾーンと、やや波が高くなるようになっているサーフゾーンと別れている。

そして、海の向こうには火力発電所が見えており、夜には綺麗なイルミネーションとして見えることで有名だ。


 砂浜から少し離れた所には高級ホテルや繁華街があり、夜には結構人も出ている。

ビーチゾーンから道路を一本挟んだ隣には大きな公園もあり、海に入らない人でも十分に遊べる。


「着いたらまずは宿泊所に行き、それぞれ部屋へ案内する。その後は早速仕事に取り掛かってもらうが、問題ないな?」


 全員で返事をしたが、リゾート地と言う事もあり、皆心浮かれている。

仕事はしっかりと、遊びもしっかりと。


 車が止まったのは超高級ホテルの駐車場。

このホテル街の中でも一番大きなホテルで、設備も最先端。

室内プールはもちろん、遊技場、レストラン、温泉と何でもあるホテル。

バイトでこんな高級ホテルに泊まれるとは、今回のバイトに申し込んで超ラッキー!


 車から降りた俺達は、それぞれの荷物を持ち、ホテルを見上げる。


「司君、こんなホテルに泊まれるの?」


「姫川さんに良く似合うホテルじゃないか、貴女の為に準備されたホテルですよ」


 笑顔で杏里に声をかけてくる遠藤。

確かに遠藤の言うとおり、こんな高級ホテル簡単に泊まれるところではない。


「駐車場に止めたって事は、泊まるんだろ? 会長はどこに?」


 右を見ても左を見ても会長がいない。先に行ったのかな?

後ろを見ると、会長はボストンバッグ一つ肩にかけ、車の横から動かない。

そして、車から降りたオーナーの荷物を空いている手で持ち、手伝っている。


 真っ先に車から降りた先生は、ホテルを見上げながら目をキラキラさせている。

さっきまでのグロッキー先生とはまるで別人のようだ。


 杉本と高山も車から降りてそれぞれ自分の荷物を持っている。

二人並んでキャッキャ何か嬉しそうに話しているが、何してるんですか?

遊びじゃないんですよ? 仕事だっていう事を忘れないでくださいね。


 高級ホテルの入り口に向かって歩き始めた俺達だが、オーナーに声をかけられる。


「どこに行くんだ? そっちじゃない、こっちだ」


 ホテルの横を通り抜け、細い道を通り、大きな岩場を横目に少し歩く。

車も入れないような細い道はやや草が生えており、高級ホテルの裏側にたどり着く。


 オーナーに案内されたのは民宿っぽい和風な建物。

二階建てでそれなりにボロさがでている。

何だかうちの下宿といい勝負な民宿だな。


「君たちが泊まるのはここだ。手前のホテルじゃなくて申し訳ないな」


 見透かされたようなオーナーのセリフ。

その通りです。私もホテルだと思っていましたよ!


「天童君にしっくりくる雰囲気の民宿じゃないか」


 遠藤もさらっとひどい事を言うな。

でもな、俺は高級ホテルよりもこっちの民宿の方が落ち着くぞ!


「おぉー! 何だか天童の家に似てるなー」


 大声で話し始める高山。

俺も同じように思ったので、反論はしません。


「手前のホテルは後から建設されてしまってね」


 オーナーが入り口を開け、俺達を招き入れる。

横に開く木製の扉。そして、温泉旅館っぽいホール。

入り口になぜか置かれている木彫りのクマと振り子の付いた大きな古時計。


「おーい! 着いたぞ!」


 大きな声で叫ぶオーナー。奥から走ってくる足音が聞こえてきた。


「お待たせしました! いらっしゃい、ゆっくりしていってね」


 出てきたのは二十代前半の女性。片方に髪をまとめて束ねており、なかなかな美人さん。

お姉さんって感じの可愛い女性だ。


「おじいちゃん、部屋はもう用意してあるから。お客さんは私が案内するね」


「では、三十分後にホールに集合。それまでは各自部屋なり建物内探索なり好きにしてくれ。この後は仕事に入る、車で話した通りの格好で集まるように」


 そう話したオーナーは一人奥の方へに荷物を持って行ってしまった。


「部屋は準備しているから移動しましょう。他のお客さんもいるからあまり騒がないようにお願いしますね」


 そっか、貸切ではないんだよな。当たり前か。

それなりに部屋数もあるし、俺たち以外にも宿泊する人がいても不思議じゃない。


 案内された部屋は四つ。

先生が個室、あとはツインの部屋を三つだ。

杏里と杉本は同じ部屋だよな、女の子同士だし。

あとは俺と高山、会長と遠藤の部屋割りでいいよな。


「鍵は皆さんで持っていてください。外に出る時はフロントに返却。帰ってきたら声をかけてくださいね」


 他にも温泉の男女入れ替えや食事について、売店についてなど色々と話された。


「そうそう、もし良かったらこの旅館の隣にある細道から海に行ってみて。良い景色が見れるよ。この道しか行く方法がない秘密のスポット、当旅館のおすすめです」


 そんな場所があるんだ。地元のおすすめ裏メニューってやつかな。

部屋に入って荷物を置き、ベッドに横になる。

外観は民宿っぽかったけど、何だかここはホテルって感じがする。

そう広くはないし、掛け軸とか花瓶とかケヤキのテーブルが無い。


「何だか、普通の部屋だな」


「だな。でも窓から見える景色はいいぞ」


 窓を開けると海が見える。そして、海の匂いがする。

風が部屋に入ってきて、カーテンが大きく揺れた。


「天童」


「なんだ?」


「俺は、勝負に出る」


 突然語り始めた高山。

何の勝負か意味がよくわからないが、勝つといいな。

さ、仕事仕事。頑張りますか!

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