第172話 狼戦士現る


「まだ集合時間まで少し時間がある。ギリギリに来るんじゃないか?」


 期待しよう。誰でもいいから、誰か来てくれることを。

浮島(うきじま)先生は俺達の担任ではあるが、終業式の日でもまだ決まっていないと言っていた。

何が問題になっているのかは分からないけど、浮島先生ではなさそうだ。


「天童、あれ……」


 高山の指さす方を見ると、浮島先生がゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。

荷物を肩にかけ、ゆっくりと。


「ま、待たせたな。うぷっ……。私が、今日から引率する浮島だ。す、数日だが当校の学生であることを、忘れないように……」


 どうしたんだ? かなり調子が悪そうだ。

しかも、若干髪もしっとりとしており、まるで徹夜して、寝起きにシャワー浴びましたって感じがする。

 

「天童、これが今回の名簿と許可書。校長のサインと、私の名前が書いてある。必要であれば、先方に渡してくれ」


 手渡された紙を見ると、確かに校長のサインと俺達の名前が書かれた許可書がある。

しかし、引率者の所は修正されている。


 初めに書かれていた名前が二重線で消されており、代わりに『代理 浮島 茜』と書かれている。


「先生、この引率者の所って……」


 先生に近づき用紙を見せようとした――

酒くせっ! な、なんだ! 近寄ったらここまで酒の匂いがするぞ!


「昨夜飲んでました?」


「……す、少しかな?」


 何だか雲行きが怪しい。

これはちゃんと聞いておいた方がよさそうだ。

しっかりとみんなの前で確認して、情報を共有しよう。


「この引率者の先生が変わったのはいつですか? そして、理由は?」


 浮島先生の目が高速で泳ぎ始めた。

あ、これは絶対に何かやましい事があるな。


「えっと、もともと来る予定だった先生は、今日体調不良だ。よって、私が代理で来ることになった」


「体調不良? でも、今日体調不良になって、突然浮島先生が代理になったんですか?」


「そ、その通り。たまたま体調不良になったところを私が知っただけだ……」


 あ、怪しい……。何か隠していますね?

目線を高山に移すと無言で頷いている。

おっけー、もっと突っ込んで聞いてみます。


「体調不良の内容って何ですか? 何か聞いていますか? 正直に教えてもらえないでしょうか?」


「ふ、二日酔いで気持ちが悪く、動けないと言っていたような気が……」


「で、浮島先生も飲んでいたんですよね?」


「た、たまたまだ! 一緒に飲みまくって相手をつぶしたとかしてないぞっ! 相手が勝手に飲んだだけだし。私も飲んだけど、ちゃんと今日の事を考えてセーブしたし!」

 

 ようは、相手をつぶしたんですね。で、代わりに来たんですね。

集まったメンバーを見てみると、みんな呆れた顔になっている。

あの会長もだ。みんな口を半開きにして、ぽかーんとしている。


「はぁ……。ほどほどにしてくださいよ。校長先生は知っているんですか?」


「もちろん! 朝一で代理で行くことを伝えた。体調不良ではしょうがない、いきなり五日も予定が空いているのは私くらいだったしな!」


 テンションが上がってきた浮島先生は、笑顔で答え始める。

そこまでして行きたかったのか。


「この時間ではもう再手配は難しいですね」


「絶対にできないな。ほら、一緒にセブンビーチに行くしかないだろ?」


 小さくガッツポーズをしながら俺に向かってアピールしてくる。

万が一ここで断ったら、バイト自体できなくなる。

それは避けなければならない。


「向こうではお酒、控えてくださいよ」


「大丈夫、深酒はしない。ほどほどにするさ」


 教壇の前では結構真面目な先生のイメージですが、学校の外に出るとこんな感じなのか。

今日はプライベートなのか、いつもと違う服装。

ベージュのロングスカートに、ノースリーブの白いカットソー。

確かに美人だし、気さくな先生だけど、性格に問題ありの高山評価はあながち間違っていないかもしれない。


――ブロロロロロ バタンッ


 目の前にワンボックスの大きな車が止まった。

運転席から出てきたのは、白髪オールバックでサングラスをかけたアロハな老人。

しかし、袖から見える二の腕は筋肉がもりっとしており、ハーフパンツから見える太ももには大きな傷跡が見える。

頬にも傷跡が見えており、狼戦士(ろうせんし)といったイメージが脳裏に浮かぶ。


 オーナーが来るとは言っていたが、この方ですか?

見方を変えたら結構危険人物に見えてしまうのですが?


「君たちがセブンビーチでバイトをするメンバーであってるか?」


「はい、学生六名と引率者一名の計七名です」


 鋭い目つきで一人一人見て回るオーナー。

一体何を観察しているのだろうか。


「数日だがよろしく。オーナーの三島元(みしまげん)だ。年はいってるが、まだまだ若いものには負けんよ」


「はい、よろしくお願いします。俺は――」


「どれ、全員荷物を後ろに詰め込めっ! 自己紹介は移動中にしてもらおう!」


 笑顔で俺達に挨拶をするオーナー、三島さん。どうやらこの方がオーナーで問題ないようだ。

狼戦士三島オーナー。今日から俺達の楽しい楽しいリゾートバイトが始まる。


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