第171話 リゾートバイト始まる


「杏里! 急がないと遅れるぞ!」


「待って、今行く!」


 ついに今日からバイトが始まる。

昨夜はバイトに行くメンバーと連絡のやり取りを行ったり、自分の準備をしたりとなかなか忙しかった。

数日家を空けるので冷蔵庫の中身とも相談だ。


 結局準備が終わったのは深夜に近かった。

自分の部屋でゴソゴソしていたが、二階からも同じようにゴソゴソと物音がずっとしていた。

きっと杏里も色々と準備に忙しかったのだろう。


 今朝もそれなりに早く起きたが、結局時間ぎりぎりになってしまった。

早く集合場所に行かなければならない。

玄関で杏里を待っていると、何故かスーツケース二個を階段から下ろしている。


「それ全部持っていくのか?」


「そうだけど?」


 あからさまに荷物が多いだろ?

俺は大きめのリュックに一つで終わっている。

だがしかし、杏里はスーツケース二個。一体何を入れていくんだ?


「多くないか?」


「これでも減らしたんです。これ以上は減らせません!」


 時間が無い。とりあえず、そのままでいいから出発しよう。


「俺が一個持ってやるよ。急がないと遅刻してしまう」


「ありがとうっ! 早く行こう!」


 杏里のスーツケースを一つ俺が持ち、出発する。

しばらくこの下宿ともお別れだ。なに、無事に帰って来るさ!


 駅に向かう途中、商店街を通っているとおっちゃんが声をかけてくる。

朝から店先の掃除をしており、口にはくわえ煙草。


「お? なんだ旅行に行くのか? いいねー、若い子には旅させろってな」


 ちょっと違う気もするが、なぜかニヤニヤしている。


「数日セブンビーチに行ってきますね」


「セブンビーチ? そっか、楽しんで来いよっ」


 おっちゃんに見送られ駅に向かう。

遊びに行くわけではない、仕事をしに行くんだ。


 しかし、この荷物にやや遊びに行くような私服。

そして向かう先がセブンビーチ。完全に旅行者に見えますよね。

おっと、時間が押している。急がないと。


「重くない?」


「大丈夫だ。杏里の方は重くないのか?」


「こっちはそんなに重くないよ。軽いものを中心に入っているから」


 一体何が入っているのだろうか?

俺の持っているスーツケースの方は結構重い。

たった数日にこの量の荷物は必要なのだろうか……。


 電車に乗り、街へと向かう。

待ち合わせ場所はバイト先のある駅。

ロータリーまでオーナーが車で迎えに来てくれるので、そこで全員集合する事になっている。


 昨日電話連絡したメンバーはみな時間も場所も問題なかった。

しかし、肝心の引率者である先生がまだ誰が来るのか聞いていない。

集合場所の時間と場所を先生に伝えてはいるが、かなり不安だ。

来てくれるよね?


「海の家でのバイトって何だか楽しそうだね」


 電車に揺られながら杏里が話しかけてくる。

こないだ水着の件で色々とあったが、俺のコブもすっかり良くなった。

ちょっと安心。


「そうだな、俺も楽しみだよ」


 バイトも気になるが、終わった後のフリータイム。

新しい水着も買ったし、しっかりと遊ぼう。

杏里の水着姿も浜辺で見ればきっと可愛さ十倍。


 浜辺で夕日を見ながら追いかけっことか、波打ち際で砂の城を作るとか。

いまから楽しみで仕方ない。


「司君?」


「ん? どうした?」


「にやけているけど、仕事がそんなに楽しみなの?」


 おっと、危ない危ない。鼻の下を限界まで伸ばすところでした。


「リゾート地でのバイトはきっと楽しいさ。でも、実際に何するんだろうな」


 簡単な説明で『海の家でのバイト』としか聞いていない。

多分浮き輪とかの貸出しとか、食事や飲み物の提供だとは思うんだけど……。


 しばらく杏里とバイトについて雑談し、待ち合わせ場所に着く。

すでに俺たち以外のメンバーはそろっているようだ。


「おはよー! 遅れてごめん」


「天童! 遅い! 来ないと思ったぜ!」


 若干目の下にクマが見える高山。

調子が悪いのだろうか?


「杏里、おはよう。今日からよろしくねっ」


 かわって杉本は健康そうに見える。

そして、私服の姿だといつもとは別人だ。

まぁ、追い込まれた漫画家のような姿も普段とは違うけどね。


「姫川さん、おはよう。今日も美しいですね」


 遠藤もさわやかにあいさつをしている。

が、俺には挨拶が無い。別にいいけどさ……。


「天童、姫。本日よりよろしく頼む」


 相変わらず声が低く、顔が若干怖いですね。

 

「会長、先日はありがとうございました。すごく助かりました」


「なに大したことではない。旅行に行くついでに荷物を運んだだけですよ」


 笑顔で杏里と話をしている。

会長が微笑むと、なんで怖い顔になるんだろう。


「で、天童。みんな揃ってるけど、先生はこないのか? つか、誰が来るんだ?」


 そう、まだ先生がいない。

誰が来るかも聞いていないから、連絡のしようがない。

時間を過ぎても来なかったら、一度学校に連絡してみるか。

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