第167話 最後の一口


 昼過ぎ。杏里と一緒に街にやって来て、お昼を一緒に食べた。

お目当てのお店はアーケードの奥の方にあるらしく、少し歩くことになる。


 杏里の手にはイチゴのクレープ。

お昼を食べた直後にクレープ。

イチゴの入った、ダブルストロベリーを食べながら歩いている。


「そんなに食べて大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。甘いものは別腹って言うじゃないですか」


 口元にクリームをつけながら話し始める杏里。

食べ方が可愛いんだけど、少しウサギっぽい。


 俺は杏里の口元に着いたクリームを指で取り、自分の口に運ぶ。

うん、甘い。いい味出してますね。


「あ、ちょっと……」


 杏里の頬が少し赤くなる。


「どうした?」


「自分で取ります。先に口で言ってください……。ちょっと恥ずかしいです」


 左腕に絡まりながら杏里の言うセリフは説得力が無い。

口ではやめてと言っているが、その顔には笑顔があふれている。


「そっか、次は杏里に伝えてから取ってあげるよ」


「もー、気を付けて食べます……」


 頬を膨らませながら杏里と歩くアーケード。

一人でラノベを買う為に来ていた時と比べると、楽しくてしょうがない。

これがデートか……。


 しばらく歩くと杏里の手には最後の一口分のクレープしか残っていない。

食べるのが早いな。


「……最後食べます?」


「いや、いいよ。杏里のクレープだろ?」


「一口あげようと思っていたんですが、気が付いたら消えていました」


「よっぽど好きなんだな。俺は食べたくなったら自分で買うからさ」


 不意に最後のクレープを口に突っ込まれた。


「いいのか?」


「いいんです。司君がクレープ買ったら、一口味見させてくださいね」


 口に広がる甘い味。

最後の一口部分には、クリームもイチゴも入っていない。

深い事を考えるのはやめておこう。杏里の好意を無駄にしてはいけない。


「やっと着きました!」


 結構歩いたな。到着したのはアーケードの奥の方にあるファッションビル。

地下三階から地上十階まで全てがファッション関係の店が入っている。

カジュアルからセレクト、ギャルっぽい服に清楚な感じの服。

バッグやアクセサリーも取り扱っているビルで、若者にも人気がある。


 この時期はどこの店も夏物を展開しており、一部の商品はすでにセールになっている。

杏里は入り口にある案内板を見ながらお目当てのフロアを探している。


「どこに行くんだ?」


 正直なところファッションセンスがほぼない俺は、このビルがダンジョンに見えてしまう。

行き交う人は皆おしゃれ。

遠目に見える受付嬢も光って見える位の女性で、恐らくレベルは高いだろう。


 ここに低レベルの俺が入ったら、即死するかもしれない。

大丈夫か? 俺は杏里をこのダンジョンで出会う魔物から守ってやれるのか?


「あ、ありました。六階ですね」


「六階か……」


 そこには『レディースフロア』と書かれており、主に女性用の服を売っている専用フロアだ。

ファッションビルダンジョン、六怪不露阿(ろっかいふろあ)。

危険だ。今の装備で太刀打ちできるか……。


 そんな事を妄想しながら色々と考えていたら、杏里に腕を掴まれエレベーターに連れ込まれる。

いきなり六階に行くのか。一階ずつならしていきたかったんだが……。


――チーン


 着いてしまった。エレベーターの扉が開く。

目に入ってきたのは真っ白な床に真っ白な柱。

そして、真っ直ぐな通路にレベルの高い人々。


 ぐっ……。エレベーターから一歩踏み出した途端、俺の体力ゲージが削られていく。

早い。ここまで早いのか。このダメージフロアは俺にとってまさに魔境。


 あっちを見てもこっちを見て女性ばかり。

そしてレベルが高い。杏里、俺はここまでのようだ。

君と過ごした日々、俺は忘れないよ……。


「司君? さっきから何ブツブツ言っているんですか? 早く行きましょ?」


「お、おぅ。い、行くか……」


 杏里に手を引かれ、通路を歩く。

若干ぎこちない歩き方になっているのはしょうがないだろう。


「ありました! ここの水着が可愛いと評判だったんですよ」


 杏里に連れてこられたショップは女性専用のスポーツショップ。

右を見ても左を見ても見える範囲は水着で展開してる。


 競泳用の水着からきわどい水着までが一通りそろっている。

しかし、男と違って女性用の水着は形もいろいろあるんだな。


 杏里は俺の手を離し、早速水着を見に行く。

一人残された俺はどうすればいい? 通路の真ん中に一人立っている。

邪魔ですよね? しょうがないので杏里の後ろをついていく事にした。


 が、その選択はミスだったことに後から気が付く。

周りには女性しかしない。八方女性に囲まれている。

目のやり場にこまりますぅ!


 杏里の背中に隠れ、コソコソしていると声をかけられた。


「どっちがいいと思いますか?」


 見せられたのは真っ白な生地のビキニ。

もう一着は水色生地に花柄のワンピース水着。


 さて、どっちが杏里に似合うだろうか……。

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