第168話 水着の試着


 目の前には二着の水着を持っている杏里が立っている。

ビキニかワンピか。選択の余地はないだろう。


「俺だったらビ――」


「いらっしゃいませー」


 俺の言葉を遮り、お店の人が割り込んできた。


「水着をお探しですか? 最新で人気のモデルはこちらになるんですよっ!」


 どこから取り出したのか、スタッフの人は何着か水着を手に持っている。


「そうなんですか?」


 杏里もスタッフの人が持っている水着をみて、少しそっちに気を取られている。


「はい! お客様の手に持っているのは、昨年のモデルですね。最新モデルはこっちなんですよ」


 話半分、あっという間に杏里はスタッフに拉致され、試着室に連れ込まれていく。

お、俺は普通の水着でいいと思うんですけど……。


 試着室に入った杏里は中でゴソゴソしている。

カーテンの手前で俺とスタッフさんは沈黙のまま試着が終わるのを待っている。

こんな時はどんな話をすればいいのか、それとも何も話さなくていいのか?


「かわいい彼女さんですね。彼氏さんはどんな水着を着てもらいたいんですか?」


 二十代半ばだろうか、手に何着か水着を持ち俺に話しかけてくる。

そりゃ俺だって男ですよ? それなりに下心あってもいいですよね?


「か、可愛い水着が良いですね……」


 嘘です、本当は初めに杏里が持っていた普通の白い紐ビキニで十分です!

それを、あなたが最新のモデルと言って、露出の少ない水着を杏里にすすめるから――


――シャァ――


 試着室のカーテンがオープンになる。


「ど、どうかな?」


 杏里が身に着けているのは紺の下地に白い水玉がちりばめられた水着。

上はワンショルダータイプで片方の肩が露出している。

杏里の白い鎖骨が見えており、何とも言えない。

下はフリルの付いたスカートタイプになっている。

露出こそ少なめだが、程よいお肉の付いた太ももが生々しい……。


 ん? 太ももって普段からスカートとか履いているし、見慣れているよね?

なんで水着だとドキッとするんだろうか。不思議ですね。


「司君?」


「ふぁい!」


「そんなまじまじ見ないでほしいんだけど……」


 大変失礼しました。

杏里の水着姿に見惚れていたとは言えないですね。


「か、可愛いんじゃないかな? うん。似合ってるよ」


 隣でニヤニヤしているスタッフさんはさっきから視界にチョロチョロ入ってくる。


「では、次はこっちですね」


 杏里に次の水着を手渡し、再びカーテンが閉まる。


「彼女さん、スタイルいいですね……。何かスポーツでも?」


 確かにスタイルはいいと思った。

家着や制服では分かりにくいが、スレンダーな体型をしていた。


「スポーツはしていないですね。朝にランニングしているだけだと思いますよ」


「そうですか……」


 スタッフさんの背後から少し黒目のオーラが出てくる。

きっとこの店員さんはそれなりの努力をしているんだろうな。


――シャァ――


 カーテンが開き、現れた杏里はさっきまで手に持っていた普通の白いビキニを着ている。

特に飾りは無いが、俺の視線は釘づけだ。

普通の、本当に普通の白い紐ビキニなのに、見ているだけでドキドキしてしまう。


 腰まで露出された長い脚、左右の肩甲骨も肩も全てが目に入る。

くるっと一回転した杏里の髪が揺れ、腰のラインもはっきりと見える。

見えるぞぉ!


「お客様?」


 スタッフさんに声をかけられて我に返る。

杏里もさっきから俺の方をジーッと見ている。

鼻の下でも伸びていたのでしょうか?


「司君、何か変だよ?」


 変じゃないです。あなたのプロポーションが悪いのですよ?

そのあたりの自覚はありますか?


「い、いいんじゃないか……」


 正直どっちでも良くなってきてしまった。

どっちの水着でも杏里の可愛さを引き出してくれる。

早く海に行きたい! 浜辺を二人で笑いながら追いかけっこしたい!


「お客様?」


 再度俺に声をかけてくるスタッフさん。

さっきから俺の妄想の邪魔ばかりしてくる。

だがしかし、あなたのチョイスは悪くない。むしろ褒めてつかわす。


「他にも着てみますか?」


「うーん、試着はもういいかな」


「そうですか、ではお決まりになりましたら声をかけてくださいね」


 俺と杏里をその場に残し、スタッフさんは去っていく。

杏里も着てきた服に着替え、試着室から出てくる。


「水着、どうしようかな……」


「何を悩んでいるんだ?」


 杏里が俺に数着の水着を見せてくる。

俺に選べって事か?


「価格、見てみて」


 渡されたプライスカードを見てみると目が飛び出る。

最新モデルは万を超えている。こんな薄い布なのにビックリだ。


 初めに手に取った白いビキニは昨年モデルでかなりお買い得価格。

高校生に万はきつい。ここは価格で勝負するしかないのか……。


 ま、俺はこのビキニで充分なんですけどね

しかし杏里はまだ悩んでいる。


「司君は私にどっちを着てほしい? どっちが好き?」


「正直なところどっちでもいいよ。杏里が着る水着はどれでも似合う。それに、水着よりも杏里を見ていたい」


 ポッと杏里の頬が赤くなる。

手に持っていた水着を握りしめ、そのまま無言で店内に消えて行ってしまった。

何か変なこと言ったかな?


 数分後杏里は紙袋を片手に戻ってきた。


「買ってきたのか?」


「うん。家に戻ったらもう一度着てみるから見てもらえるかな?」


「もちろんいいよ」


 帰ってからの楽しみが一つ増えた。

そして、俺の水着は男性専用フロアで見つけることができ、三分で買い物も終わる。


 女性の買い物は長い。

でも、その時間をかけるだけの価値はある。

俺は今日一つ大きなことを学ぶ事ができた。


 水着の試着には同行すべし。

例えその場所がダンジョンだったとしても……。


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