第166話 暑い日の朝


 夏休み。それは学生にとっての天国であり、地獄でもある。

つい先日まで、俺はある意味地獄にいた。


 いつまでたっても終わらない作業。

しかし、共に寝食を共にした仲間と共に、見事クリアした。


 戦士高山は何度が昇天しかけたが、何とか最後まで持ちこたえてくれた。

笑顔が天使の様な杏里も最終的にはジャージにボサ頭になっていた。

そして我らのチームリーダー杉本。

最後の聖戦では、不可思議なドリンクに頼りながらも何とか最終ステージをクリアし、俺達は見事に打ち破ったのだ。


 そして、忘れてはいけない漆黒の翼をまとった会長。

まさに天の助けだった。何とか無事に原稿も届き、あとはイベント日を待つだけ。


 そして、カレンダーは一枚はがされ、真夏の暦となる。


――ガリガリガリガリガリ


 うるさいな……。朝からそんな機械音を出すなんて。


『はふぅー。やっぱりイチゴにかぎりますねっ』


 目覚ましのアラームが鳴る前に、台所から異音が。

自室の扉を開け、台所を覗くとラフな格好をした杏里が何か食べている。


「朝からなにしてるんだ?」


 振り返ると、口元がやや赤く、テーブルには赤いシロップがかかったかき氷が。

その量なんですか? マウンテンかき氷ですか?


「おはよっ! 今日も朝から暑いね」


 元気にあいさつをしてくる杏里は、シャクシャクかき氷を食べている。


「おはよう。朝から随分山盛りなかき氷だな」


「自宅でかき氷が作れるんですよ? 何度でも作れるし、朝一でもいいじゃないですかっ」


 杏里。時間の問題じゃないよ? 俺は量の話をしているんだ。

まぁ、かき氷は元が水だし、いくら食べても平気かな?


「ほどほどにな……」


 リゾートバイトが始まるまでに、各自の課題を進めようと杏里と話をしており、それなりに進んではいる。

が、部屋にいるのも飽きた。せっかくの夏休み、どこかに行きたい!


「杏里、課題もいいけどどこかに出かけないか? せっかくの夏休みだしさ」


 俺の目の前で参考書とノートを広げ、すごい速さでノートを埋めていく杏里。

その速さ、見習いたいものです。杏里はあっという間に課題が終わるんだろうなー。


「別に私はいいですけど、司君は終わるんですか? バイト前に終わらせておきたいんですが」


「大丈夫。徹夜するのにも馴れてしまったし、バイト前には終わらせるよ」


「それだったらいいですよ。どこか行きたいところは?」


「うーん、これと言って無いんだけど、家からは出たいんだよね」


 少し悩む杏里。視線を左右に振り、何かを考えている。


「買い物、行きませんか?」


「買い物か。いいぞ、何を買いに行く?」


「水着を。高校生になったので、新しい水着にしようかと」


 水着? ビキニ、ワンピ、いいね!

俺も中学の時に使っていた海パンは子供ぽかったし、新しいのを買うか!


「おっけー! よし、ついでに昼も外で食べようか」


「それはつまり……」


「デートしようぜ!」


「うん!」


 杏里は笑顔でノートと参考書を閉じ、早速出かける準備をする。

男の準備はすぐに終わる。準備開始より四十秒で終わってしまった。


 しかし、杏里はまだ玄関に来ない。

スマホをいじりながらしばらく玄関で待つが、バッテリーが切れてきた……。


 しょうがないので一度部屋に戻り充電をする。

そして、コーヒーをドリップし、お気に入りのマグカップへ。

ついでに茶菓子も準備して、音楽でも聞いていよう。


 イヤフォンを耳に入れ、いつもの音楽を流す。

気が付いたら気に入っていたいつもの音楽。

ん? そういえばこのメロディー、杏里の着信音と同じじゃないか?


 良く考えたら目の前にいる本人に対してコールする事は無い。

俺がコールした時の着信を先日初めて聞いたが、もしかしたら同じかもしれない。

今度、それとなく聞いてみるか……。


 目を閉じ時間が過ぎるのを待つ……。


「お、お待たせ! ごめん、少しだけ時間かかちゃった」


 目を開け、声のする方に視線を移動させる。

準備に一時間以上経過していても、そこに触れてはいけない。

それが男ってもんだ。


 杏里は淡い水色のワンピースに、大きめの麦藁帽を片手に持っている。

髪も細かく編み込まれ、頭の後ろでアップにしており、髪飾りも可愛いのを付けている。

アクセサリーにも気を使ったようで、非常に清楚系お姉さまって感じだ。


 ん? もしかして俺の格好はまずいか?

白の半そでシャツにただのジーンズ。


「俺も少し着替えた方がいいかな?」


「んー、気になる?」


「杏里との差がありすぎるような気が……」


「そう? 私はあまり気にしないけど、司君が気になるなら」


 自室に戻り、適当に服を漁る。

さて、何を着ようか……。


 クローゼットを漁っていると後ろから視線を感じた。

振り返るとこっちを見ている杏里。若干、目が光ってる気がする。

そして、ゆっくりと俺の隣に歩いてきて、服を漁り始めた。


「えっと……。これと、これ。あとは、これかな?」


 俺に服を手渡してきた。


「これでいいのか?」


「だねっ。さ、早く着替えてご飯に行こう!」


 当初の目的は買い物だったはず。

それが、なぜか食事がメインになっている気がする。

ま、デートだしいいか。


 アドバイザー杏里先生の教えを受け、選んでもらった服に着替える。

そして、玄関に行き、いよいよ出発だ。


 玄関を出る前に、杏里が俺の頭をなでてくる。

そして、服を直され、杏里と並んで玄関の姿見を覗き込む。


「これだったら私達お似合いじゃない?」


 杏里の選んだ俺の服は、カジュアルな服。

でも、合わせ方でちょっとおしゃれに見えるのが不思議でしょうがない。


「お似合いかな?」


「お似合いだよっ」


 俺の腕に絡んでくる杏里は可愛い。

その笑顔を俺はずっと見ていたいと、心底思った。


「よし、行きますか」


「行きましょう! お昼は何ですか!」


「杏里は何が食べたいんだ?」


「私はですね――」


 玄関を開けると、夏の暑い日差しが目に入ってくる。

課題を終わらせ、新しい水着を持って、みんなでリゾートに行く。

最高の夏休みになりそうだな! 


 杏里の選ぶ水着はどんな水着だろうか……。

そこは男として気になるよな。なるよね?


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