第三章 愛の旋律

第151話 夏休み始まる


「て、天童……。俺はもうダメだ。あ、あとの事はよろしく頼む……。さ、最後に彩音の弁当をまた、食べ、たかった……」


 俺の目の前で高山が目を閉じ、倒れかかっている。

精根尽き果て、今にも天に昇ってしまうような感じだ。


「寝るな! 今寝たらだめだ! 起きろ、起きるんだ!」


 俺の叫び声は高山に届かない。

完全に俺のミスだ。どうしてこんな事になってしまったんだ……。


――数日前


「いいかー、夏休みだからと言って気を抜くなよ。この長期間の頑張りで差が出る。各自怪我と病気に気を付けるように」


 終業式の日、最後のホームルームが行われている。

リゾートバイトの許可も全員分揃い、学校からも許可が出た。

既にバイト先には提出しているので、あとはその日が来るのを待つばかり。


「宿題もたったノート五冊分。各班ごとの課題も合わせて始業式にの日に提出だ。忘れるなよ!」


 夏休みと言えば宿題。

学校からはノート五冊分の自由課題と言われ、自由に勉強をすればいいだけだ。

五冊は多いような気もするが、何とかなるだろう。


 それよりも各班ごとの課題だ。

自由に課題を決めていいと言われたが、どうやってやればいいのかよくわからない。


「天童、自由課題の宛てはあるのか?」


 俺に声をかけてきたのは高山勇樹(たかやまゆうき)。

もともと俺の後ろの席で、何かと俺に声をかけてきた変わったやつ。

妙に勘が鋭く、変なところまで見ており、情報通。

隠し事も無ければ、直球で話をするので、俺は結構話しやすいな。

しかし、あの情報はいったいどこから仕入れてくるのか……。


「あると思うか?」


「だよな。ふふん、俺はすでに手を打っている」


 さすがです。さすが高山、頼りになります。


「で、その手とは?」


「夏に会長とバイトするだろ?」


「あぁ、するな」


「そこで過去の課題を教えてもらう。ほら、少し修正すればあっという間に終わるだろ? 完全コピーじゃなければ大丈夫さ」


 策士高山。その称号を与えよう。

なかなかいい考えじゃないですか。


「各班毎に発表してもらうので、他の班とは別にオリジナリティを出すように。わかったなー」


「ねぇ、高山君の話していた過去の課題って、使わない方がいいんじゃ?」


 高山の案に反対してきたのは杉本彩音(すぎもとあやね)。

昔、俺と友達だったらしいが今は高山の彼女だ。

学校では校則通りの服装、メガネに三つ編みで夏でも薄いカーデを着ている。

私服で出かける時は別人になるくらいの見た目になり、そのギャップが激しい。

図書委員でいつも高山にお弁当を作ってきている。

ほぼ毎日作って来るけど大変じゃないか?


「どうしてだ?」


「過去の課題って、既に提出されてるのよね? 多少でも似ていたらばれないかな?」


「そうね。参考にはできるけど、多少の修正位ではやめた方がいいと思うわ」


 杉本に同意してきたのは姫川杏里(ひめかわあんり)。

真っ黒な長い髪が特徴で美少女と言える顔立ち。

学年で一番の成績を叩き出しており、何気にファンクラブまで存在している。

そして、イチゴが大好きで、少し甘えん坊なところがある。

そんな杏里と俺は付き合っている。今でも信じられないが、俺達は恋人同士なのだ。


「だったら、参考程度にして、新しく俺達で課題を見つけるだけさ。傾向と対策はできるだろ?」


 策士高山。情報は命。確かにその通りだと思う。

夏休みの前半で各個人の課題を終わらせ、後半で班ごとの課題に取り掛かるか。


「始業式の持ち物は配ったプリントに書いてある。では、新学期、全員がそろう事を祈っている。解散!」


 教室内では一斉に席を立つ音が聞こえ、ダッシュで教室を出る生徒もいれば、誰かの所に集まるグループもある。

俺達は四人、席に座ったまま今後の対策を考える。


「さて、今日から夏休みだな」


 すっかり暑くなった。つい先日までは涼しい日もあったのに、今では半袖でも汗をかく。

隣の杏里を見ても、うっすらと頬に汗をかいている。


「天童君、僕は当日までに課題を終わらせる。リゾートを楽しみたいからねっ!」


 さわやかスマイルで俺に声をかけてきたのは遠藤拓海(えんどうたくみ)。

杏里のファンクラブに所属しており、なかなかのイケメン。

過去、なぜか俺に手紙を渡し『姫川さんは渡さない』とか言ってきたが、堂々と杏里を三年間追いかけると宣言してきたちょっと変わったやつだ。


「あぁ、わかった。集合時間と場所、忘れないでくれよ」


「忘れるはずないだろ? 姫川さんも行くんだ。今から楽しみさ」


 いや、俺達バイトしに行くんだぜ? 遊びじゃないのよ?


「遠藤、俺達はバイトに行くんだぜ? 天童に迷惑かけるような事はするなよ?」


「ご心配なく。こう見えても僕は何でもできる、仕事だってすぐに覚えるさ。高山君の方こそ迷惑にならないように」


「はいはい。あ、遠藤は天童の連絡先聞いたか?」


「もちろん。天童君が迷子になっても僕が連絡できるように、先日番号を交換したよ」


「俺が迷子になるか! 当日忘れ物無いようにな」


「おーけー。では、皆さん良い夏休みを」


 以前と印象が随分変わった。

きっかけは俺が杏里と付き合っていると暴露した時からだ。

刺々しい雰囲気が無くなり、堂々と俺と杏里の間に割って入ってくる。

遠藤の入る隙間なんてこれっポッチもないぞ!


「遠藤さん、雰囲気変わりましたね」


 杉本も俺と同じ感想だ。


「あいつはバカなんだよ。バカ」


 高山がそれを言うか?


「変にコソコソするより、よっぽどまし。でも、話し方がちょっと……」


 杏里も少し抵抗があるようだ。

まぁ、そのうち慣れるだろ。


「さて、俺達には別の課題がある」


 全員が息をのみ、互いに視線を交差させる。

そして、その視線が杉本に集まる。


「時間がありません。思ったより、つまってます! 予定の時間じゃ無理かもしれません!」


 あんびりーばぼー。

そんな会話から俺達の夏休みは始まった。


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