第150話 輝く未来に向けて


 花火も最後の大玉が上がり、空に大きな華を描いた。

これで今日の花火も終わりだ。少しだけ寂しいと感じる。


「終わっちゃったね」


「終わったな。なかなか良かったんじゃないか?」


「そうだね。すっごく綺麗だった。来年も来ようね」


 花火鑑賞も無事に終わり、広場の中央で高山達と合流。


「いやー、思ったより良かったな! この場所最高!」


「そうですね、静かに見る事が出来ました。天童さん、ありがとうございます」


「いや、俺もさっき知ったばかりだし。運が良かっただけだよ」


 それぞれが花火の感想を話し、帰路に着く。

帰りの獣道、杉本の手を取り、高山が先頭を歩いている。 

俺も杏里の手を取り、杉本の後を追う。


「痛っ!」


 杏里が急に座り込んだ。どうした?

食べすぎでお腹でも痛くなったか?


「どうした?」


「下駄が……」


 杏里の足元を見ると、下駄を片方だけ履いていない。

足元に鼻緒が切れた下駄が落ちている。


「切れたのか……」


 俺は杏里の下駄を拾い、そのまま杏里に肩を貸す。

獣道を通り抜け、東屋に戻ってきた。


「ごめん」


「いや、謝る必要はないさ。こんな道を歩かせた俺にも責任があるしな」


 杏里が一人ベンチに座り、足をぶらぶらさせている。


「天童どうする?」


「うーん、ちょっと直してみようか。時間かかりそうだし、先に二人とも帰っていていいぞ」


「そっか? 彩音どうする? 先に帰るか?」


「杏里は大丈夫なの?」


「私? 私は大丈夫だよ。それより、まだお祭りはやってるし、二人で楽しんできたらいいじゃない?」


「だってさ。ほら、二人とも楽しんで来いよ。ここで解散だな」


「何かあったらすぐに電話よこせよ」


「杏里、またね」


「うん、彩音も楽しんできてね」


 高山と杉本は後ろ髪を引かれるかのように、俺達の前から暗闇に消えて行った。

ここで全員が残る必要はない。俺が残ればいいだけだ。


「さてと、直してみるか」


 俺は、キーケースの中からツールを取り出し、自分の浴衣のすそを少しだけ切った。

軽く切れ目を入れたら、あとは引っ張る!


――ビリリリリリ


 裾の避ける音が響く。


「あっ、浴衣が……」


「ん? 別にいいだろ?」


 俺は細くなった浴衣の切れ端を使って、杏里の鼻緒を直してみる。

これで大丈夫かな?


「どう? 履ける?」


「多分、大丈夫。ごめん、浴衣が……」


「あー、気にするなって」


 少しだけ元気のなくなった杏里と一緒に階段を下り、お祭り会場に戻った。

まだ賑わっている会場では、値引き合戦が始まっている。


「何か買っていくか?」


「いらない……」


 すっかり落ち込んだ杏里は、元気がない。

自分のせいで浴衣を切らせてしまったのに責任を感じているのだろう。

俺が勝手に切っただけなんだけどな。


「気にするなよ。ほら、あそこの大判焼き、半額になってるぞ」


 俺は二人前を頼み、袋に入れてもらう。


「あとで一緒に食べようぜ」


「うん……」


 まいったな。こんな落ち込んでしまうとは。


 商店街に戻って来るまで、杏里はあまり言葉を発さず、黙っていることが多かった。

相槌はくれるが、声のトーンも低くテンションも低い。


 二人で手を繋いで商店街を通り抜ける。

お祭りの後だからなのか、浴衣を着た人が何人か歩いているのが目に入ってくる。


 いつもの公園の前に来た。


「少し休もうか?」


 杏里と公園に入り、ベンチに座る。

杏里をそのまま座らせ、いつもの自販機でジュースを二本。


「ほら、どっちがいい?」


 杏里は無言のままジュースを受け取り、そのままベンチに置いてしまった。


「元気出せよ。そんな気にするなって」


「だって、折角一緒に買いに行った浴衣が……」


「裾が少し切れただけじゃないか。遠目から見ても分からないくらいだし、気にするなって」


「でも……」


 俺は懐から一本の簪を取り出し、杏里の髪に差した。


「これは?」


「さっきの簪。ラムネを買いに行った時に取ったんだ」


 髪から簪を抜き、自分の手に持つ杏里。


「ありがと。嬉しいな……」


「やっと笑顔になった」


 親指で杏里の瞼に溜まった涙を拭いてあげる。


「大判焼き食べるか?」


「うん」


 袋から取り出した大判焼き。

あんことクリーム。さて、杏里はどっち派だ?


「司君はどっちがいいの?」


「そうだな……」


 杏里だったらこんな時はこう言うだろう。


「半分こ。両方とも食べたいじゃないですか」


 杏里もニコッと笑い、俺の意思が通じたようだ。


「そうですね、どっちもおいしいですから」


 半分こになった大判焼き。

あんこもおいしいけど、クリームもおいしい。

二つあるなら半分にすればいいだけ。


「おいしいね」


「あぁ、どっちも甘いな」


 俺はこんな甘党だったか?

杏里と一緒になってから甘いものを多く食べている気がする。

帰ったら体重計に乗ってみようかかな……。


 ふと、懐に入れたままのもう一つの景品を思いだす。


「そういえば、景品がもう一個あったんだっけ」


 袋を開けると線香花火とマッチにロウソク。

花火セットが入っていた。


「線香花火ですか?」


「射的の景品だ」


 丁寧にマッチとロウソクもついている。

これは、フラグですね。


「どれ、杏里さんや」


「何ですか、司さん」


「折角なので、線香花火しませんか?」


「良いですね。折角なので線香花火をしましょう」


 俺と同じように話してくる杏里。

大判焼きも食べ終わり、空き缶に少しだけジュースを残す。

火を扱う時は安全にね!


 少しだけ風が来ない、公園の奥に移動する。

マッチを使い、ろうそくに火をつける。


「せーのでつけるぞ」


「大きい方が勝ちですか? それとも時間で勝負ですか?」


「勝負するのか?」


「線香花火はバトルですよ?」


「時間だな」


「では、勝負!」


 俺と杏里は互いに線香花火に火をつけ、次第に先端に球が出来てきた。

初めはバチバチと音を立てながら、次第にその球は儚くも落ちていく。


「俺の勝ちだな」


 ほんの数秒の差で俺が勝った。


「三回勝負ですよ?」


 そう来ますか。

良いでしょう、線香花火の腕を見せてあげましょう!


「では、二回戦」


「「せーの!」」


 二回目は杏里の勝利。

俺の線香花火は火をつけた瞬間にすぐ落ちた。

やる気のない線香花火に当たってしまった……。


「次が最後の勝負だな」


「負けませんよ」


「「せーの!」」


 大きく球を作り、杏里の顔を浮かびあがらせる。

浴衣に線香花火、そして杏里。絵になるとはこの事か。


 ふと杏里と視線が重なる。

杏里は何を考えているのかな?


「そろそろ終わりそうですね。頑張れ……」


 ギリギリ落ちそうで、落ちない。

俺の球もなかなか落ちない、粘っている。


 周りが真っ暗になる。

どっちが先に落ちたんだ? 俺の負けか?


「司君の勝ちですね。残念」


 暗闇の中、俺の唇に柔らかい何かが触れる。

良く見ると目の前に杏里の顔が。

そして、俺の唇には杏里の唇が重なっている。


「勝ったご褒美と、下駄を直してくれたお礼……」


 あっけにとられ、それはそのまましばらく動けなかった。

ふと、杏里に手を取られ、引っ張られる。


「呆けてないで、何か言う事は?」


 真っ暗な公園で俺は杏里と二人。

浮かび上がる杏里の姿は、とても美しい。


「俺は杏里の事が好きだ」


「私も司君の事好きだよ」


 俺達の青春時代は、きっとこれから始まる。

線香花火の様にあっという間に儚く終わってしまうかもしれない。


 でも、例え儚くとも輝いてみせる。

きっと杏里と二人なら輝いていける。

それは、きっと消えることなく、ずっと輝き続けることができるかもしれない。


「杏里、前も言ったけどさ……。ずっと、一緒にいてくれるか?」


「もちろん。私は、ずっと司君と一緒にいるよっ」


 杏里の手を取り、俺達は歩き出す。

まだ先が見えない道を、俺達は歩き始める。

間違うかもしれない、戻れないかもしれない。


 それでも、俺達は手を取り合い、歩いて行く。

きっと俺達には明るい未来が待っている。

それは自分たちで切り開き、自分たちで作っていく。


 自分の道は自分で作る。

誰かが用意した道じゃない。自分で作るんだ。


 杏里と手を取りあい、俺達は歩き始める。

未来に向かって。 




――<後書き>――

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

作者の紅狐と申します。


『第150話 輝く未来に向けて』にて、第二章完結となります。


第一章では、二人が結ばれるまでを中心に。

そして、第二章は主人公たちの周りにスポットを当ててみました。

主人公だけが恋をしているわけではない。

自分の周りにも同じように恋に、恋愛に悩み、そして自分の周りの環境をどうやって考えていくのか、見ていくのかを考えて執筆してみました。


主人公とヒロイン。

そして、その二人の周りの仲間を応援していきたいと作者は思っています。

もし、読者の皆さんも彼らにエールを送って頂ければ作者も本望です。


ここまで読んでいただけた読者の皆様。

数ある作品の中から、当作品を読んでいただき、本当に感謝しております。

これからも、引き続き応援していただければ幸いです。

それでは、第三章もよろしくお願いいたします!


最後に。

沢山の応援コメント、作品フォローありがとうございます。

作者の励みになっております。

もし、よろしければ★レビューや応援コメント、作品フォローをよろしくお願いいたします。



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