第147話 二人の願い事


――ガランガラン


 重い鈴の音が響く。


――パンッパンッ


 柏手(かしわで)を二回打って、目を閉じる。

もし、神様がいて俺の願いを叶えてくれるのであれば一つだけ叶えてほしい。

杏里を、姫川杏里を幸せにして下さい。


 一礼をして、隣にいる杏里の方に視線を移す。

杏里は片目を開け、俺の方に視線を向ける。


「お願い事、何をしたの?」


「秘密。杏里は何をお願いしたんだよ」


「私も秘密」


 拝殿(はいでん)を後に、境内(けいだい)にある授与所(じゅよじょ)でおみくじを引く。

中にいた巫女さんにお金を二人分渡し、棒を引く。

番号に合った紙を巫女さんから受け取った。


「杏里は何が出た?」


「んー、中吉ですね。司君は?」


「俺か? おっ、大吉!」


 中に書かれている文を読むと『待ち人きたる』と書かれている。

その通り! と心の中で叫び、大吉のおみくじは持ち帰ることにした。


「杏里は持ち帰るのか?」


「そうですね、良い事が書いてあったので持ち帰ります」


 その内容を聞くのはやめよう。

自分だけがわかっていればいい。おみくじが全てではない。

あくまで参考程度。でも、大吉とか、良い事が書いてあると嬉しいよな。


 参道を歩き、裏階段を下りていく。

そろそろ高山達との合流時間だ。待ち合わせ場所に向かうかな。


「ねぇ、さっき司君は何をお願いしたの?」


「ん? 秘密だって」


「私も教えるから、司君も教えてよ」


 杏里のお願い事が気になる。

もし、俺にできることがあれば、その願いを叶えてやりたい。


「俺が言ったら、杏里も絶対に話すか?」


「いいよ」


 俺は杏里の手を握り、気を使いながら階段を下っている。

少し見えにくくなったが、まだ海が見えている。


「えっと、杏里が幸せになりますようにって、お願いした」


 やっぱり恥ずかしいな。杏里の手を取り、進もうとしたら杏里が動かない。

杏里の方に振り返る。少し、戸惑っている表情だ。


「私はね、司君と一緒に幸せになれますようにってお願いしたの」


 そんなこと言われると恥ずかしいね。

空いている手で頭の後ろをかいてしまう。


「そんなこと言われると、恥ずかしいな……」


「お、お互い様ですよ……」


 少しだけ俺達の時間が止まる。


「私は、司君と一緒に幸せになりたい。私一人じゃなく、司君と一緒に……」


「そうだな。二人で幸せになれるといいな」


「違うよ司君。そこは『俺がお前を幸せにしてやるっ!』とかじゃない?」


 俺に向けられる杏里の笑顔が眩しい。

そうだな。俺が、幸せにしてやらなかったら、誰がするんだ?


「任せろ。俺が杏里を幸せにしてやるよ」


「任せましたっ! 私も司君を幸せにするねっ」


 再び手を取り合い、階段を下っていく。

神様に二人でお願いしたんだ。きっと俺達は幸せになれるさ。


「――どー! おーい! 天童!」


 振り返ると奴がいた。

浴衣を着た高山が後ろからすごい勢いでこっちに向かって来る。


 その姿、なぜそうなった?

黒の浴衣に金の登り龍が左右の胸に。

おかしい、杉本と一緒に買に行ったんじゃないのか?


「天童! おみくじ引いたら凶だった!」


 挨拶がそれかいっ。

階段の脇にある東屋(あずまや)に移動し、俺と杏里は高山を待つ。


「ハァハァ……。疲れた。表の階段登ったら結構足にきたわ!」


 しばらくして杉本も合流。


「高山君そんなに急がなくても、待ち合わせの時間までまだ結構あるよ」


「彩音の浴衣可愛いね!」


「杏里も可愛いよ! その髪型可愛いー」


 女子二人が騒ぎ始めた。

杉本は白の浴衣に朝顔のデザイン。

今日もコンタクトで、普段学校で見る杉本とはやっぱり別人に見える。

そして、高山はなぜか肩で息をしている。


「走らなくてもいいだろ」


「後姿見たら、つい追いつきたくなってさ」


「高山達も参拝して、おみくじ引いたのか?」


「神社に来たら絶対にするだろ?」


「まぁな……」


 待ち合わせの場所ではなく、東屋で合流してしまった。

ま、それでもいいか。


「杏里、何か食べた?」


「少しだけ食べたよ」


 少しだけ? あの量で少しだけですか?


「良かった、一緒にかき氷食べようよ!」


「いいね、私はイチゴにしようかな」


 ですよね。杏里と言ったらイチゴ。

代名詞になりつつあるな。


「天童は何か食べたのか?」


「あー、少しだけ食べたかな」


「よーし、さっきいい店見つけたんだ! 一緒にい行こうぜ!」


 食べるのもいいけど、その金の昇り龍が描かれたその浴衣について話してもいいか?

あえてそのデザインを選んだ理由ってなんだ?


 気になる。他にも色々と選択はあったはず。

そして、なぜ杉本がそのデザインで納得したのかも気になる。


「司君! 早くいかないと無くなるよ!」


「てんどー! 早く行こうぜ!」


「天童さん、先に行きますよ?」


 みんな先に階段を下りていく。

お祭りはこれからが本番。杏里のお祭り会場散策第二弾!

そんなに食べたら体重増えないのか? そこは気にしないのか?


 色々と疑問は残るが、今はお祭りを楽しもう。


「待ってくれ! 今行く!」


 東屋を後に、俺も三人のあとを追いかけた。

俺は杏里の願いを叶えてみせる、絶対に……。


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