第146話 とっておきのイチゴ飴


「杏里、まだ食べるのか?」


 お祭り会場に着いた俺達は、高山達と待ち合わせまでの時間、屋台を回ったりパレードを見て楽しんでいる。

毎年近くの小学校や中学校、各団体が駅前から神社前までの道路でパレードをしているのだ。


 この港祭りは駅前から神社までを交通規制し、車は一切入ってこない。

そして、パレードのゴールには神社への入り口、表階段がある。


 この神社は表階段と裏階段の二種類あるが、どちらも百段以上あるので有名だ。

参拝するのにかなり登らないとたどり着けない。


「そんなに食べてませんよ? まだお好み焼きと海鮮焼き、焼きそばにクレープ位しか食べてません!」


 いや、それだけ食べれば十分じゃないか?

しかも杏里の手には食べかけの綿あめが握られている。


「もしかして、綿あめ欲しいんですか?」


「いや、別にそう言う訳じゃないけど……」


 杏里は持っている綿あめを少しちぎって俺の口元に。


「しょうがないですね。少しだけですよ」


 杏里の食べかけの綿あめの一部を貰う事になってしまった。

折角なので、いただきましょう。

口に入れた綿あめは、うっすらとピンク色をしたふわふわの綿あめ。

砂糖の甘さとは別の甘さも同時に感じる。


「甘いな」


「ね、甘いでしょ。この大きな綿あめが、お祭りって感じがして好きなんですっ」


 しばらくパレードを見ながら露店を回ってみると射的をしている屋台があった。


「お、射的か。ちょっとやってみようかな」


 昔から射的が好きだった。

くじ引きや紐引きは当たりを引いたことが無い。

当たらないくじは昔から嫌いだったが、射的なら運ではなく実力で取れる気がしているからだ。


「すいません。一回」


 俺は小銭をおじさんに渡し、コルクを三発分受け取る。


「射的得意なの?」


 杏里は綿あめを食べながら聞いてくる。


「いや、そうでもない。射的が好きなだけだな。何か欲しいものはあるか?」


 的にはお菓子やゲームソフト、何かが入った瓶や雑貨など、色々なものがある。

俺は特に欲しいものが無い、射的がしたかっただけだからな。


「うーん、あの髪飾りは?」


 杏里の指さした方には一本の簪(かんざし)が。

見た感じゲーム料金と同じくらいの物で、元は取れそうな気がした。


「どれ狙ってみるか」


――パンッ


――パンッ


――パンッ


「はい、にーちゃんこれな」


 俺の手元には参加賞の飴玉が二つ。


「残念だったね」


「悪いな。取れなかった」


 コルクはすべて当たったのに、びくともしない。

絶対に倒れないように何かしている! ま、お祭りはこんなもんかな。


 少しだけ心残りだが、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。

綿あめを食べ終わった杏里が、とある屋台を見つめている。

その目線の先には予想通りの屋台。


「司君も食べる?」


「いや、俺はいいから杏里だけ食べなよ」


 小走りでお目当ての屋台に真っ直ぐ向かって行く杏里。

その店はリンゴ飴、イチゴ飴、みかん飴を売っている。


 しばらく遠目で杏里を見ていが、なかなか帰ってこない。

何かあったのかと思い、杏里の後ろから何を見ているのか覗いて見る。


 杏里はなぜか、イチゴ飴をずっと見ている。

何をしているんだ?


「買わないのか?」


「あ、司君。ごめん、ちょっと迷ってて」


 何を迷っているかと思えば、どのイチゴを選ぶのか。

俺から見たらどれでもいいような気がするが、杏里は違うようだ。


「何を迷ってるんだ?」


「大きさと、赤さ……。どれが一番おいしいのか……」


 目つきが獲物を狙っている虎の目をしている。

イチゴに関しては譲れない何かがあるのだろう。


「なんだ、お嬢ちゃん。どれが一番うまいかって?」


 屋台のおじさんが話しかけてくる。

いかにも職人ですって感じのおじさんだ。


「どれが一番おいしいですかね?」


「どれも一番に決まってるだろ! うちのイチゴは日本で一番うまいんだぜ」


 そんな事はないだろ。日本一って……。


「でもなぁ、しいて言うのであれば、これだな」


 おじさんは作ったばかりの飴を杏里に手渡してきた。

そのイチゴは他のイチゴと比べると、一回り大きく、赤くてほかのイチゴよりも甘そうに見える。


「それは?」


「これはとっておきのイチゴ飴。嬢ちゃんには特別サービスだ」


 満面の笑顔で受け取る杏里は、まるで子供のようだ。

すっかりご機嫌になったようで、その足取りは軽い。


「あまーい。司君も舐める?」


 イチゴ飴を差し出してくる杏里の表情は、とても幼く見える。

お祭りを楽しんでいるようで、俺も嬉しい。


「いや、遠慮しておくよ」


「そっか。こんなにおいしいのに……」


 少しむすっとしたが、すぐに笑顔で飴を口に頬張る。

だって、そのまま俺も舐めたら間接……。

少しだけ、頬が熱くなるのを感じた。


「ねぇ、折角だから神社によっていかない?」


 ここの神社は有名で、地元では誰もが知っている。

確かものすごい長い名前の神社で、みんな『釜神(がまじん)』って省略して呼んでいるんだよな。


「そうだな、折角だからお参りして行こうか」


 裏の方にあるゆったり目の階段を一段一段登っていく。

正面の階段はかなり急で、登るのが大変だ。

その代わりに裏の階段はゆったりしている分、歩く距離が長い。


 杏里は下駄だし、俺は草履。

多少距離があってもゆったりとした階段の方がいいだろう。


 しばらく階段を上り、やっと鳥居が見えてきた。

大きな鳥居をくぐる前に挨拶をし、拝殿(はいでん)に向かって歩き始める。


 随分登ったな。振り返ると海が見える。


「良い景色だね」


 潮の匂いがほのかに香る風が、俺達の間を吹き抜けていく。

海の見える街、そして神社。引っ越して来た時に一度お参りしているが、すぐにこの場所が気に入った。


「そうだな、良い景色だ」


 二人で海を見ながら何となく近づき手を握る。

潮の匂いと、ほんの少しのイチゴの匂い。

俺達は二人で手を取り、遠くに見える海を眺めていた。

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