第145話 和服美人


 今日は港祭り。

朝から杏里と準備をして、昼過ぎくらいには会場に行こうかと予定を立てている。

高山達とは夕方に待ち合わせをしているので、少し二人でお祭りを楽しめる。


 夜には花火も上がり、きっと楽しいお祭りになるだろう。

祭りに行くなんて久々だな。女の子とお祭りに行くのは初めてだけど、ちょっとだけ緊張する。


 俺は先日買った浴衣に袖を通し、何となく帯を巻いてみる。

着方はこれでいいのか? この紐どこに結ぶんだ?


 普段着ない服を着るのに少し戸惑う。

だが、とりあえず着れた。これでいいだろう。


「杏里、こっちの準備は終わったぞー」


 二階にいる杏里に声をかける。

杏里も浴衣を着ると言っていたので自室にこもりっきりだ。


「待ってー。もう少しかかるー」


 返事が来た。

それから一時間。まだ降りて来ない。


 女性の準備は時間がかかると良く聞くが、かかり過ぎじゃないか?

既にマグに入ったコーヒーは三杯目。そろそろお腹がタプりそうだ。


 もしかして部屋で倒れているのか?

ここ最近気温が高くなったので、もしかして熱中症となになっているんじゃ?


 心配になり階段を駆け上がる。

杏里の部屋の扉をノックするが返事が無い。


「杏里、いるのか? 返事をしてくれ!」


 中から何かうめき声のような声が聞こえる


『ん、んー、んーー』


 ま、まさか倒れているんじゃ!


「はいるぞ!」


 扉を開けると浴衣を着た杏里が目の前に立っている。

口には何か紐のようなものを咥え、両手で髪をアップにしようとまとめている最中だった。


 着替え中の杏里をしばらく呆然と眺め、その間杏里も髪を結わえはじめた。


「き、着替えの途中で入ってこないでください」


「わ、悪い。あまりにも遅かったから心配になって……」


 ふくれっ面の杏里も可愛いと思うのは俺だけだろうか?

それにしても、浴衣姿の杏里はいつもと違った雰囲気だ。

普段見ない姿を目の前にして、俺はついつい杏里を見つめてしまう。


「あ、あの。そんなに見られると、さすがに恥ずかしいです……」


 頬を赤くしながら杏里は髪に簪(かんざし)を刺す。

鏡を見ながら自分の髪型や浴衣、帯の位置を何度も確認している。


「こんなもんかな……」


「その浴衣、すごく可愛いね」


「浴衣が可愛いの?」


「いや、浴衣もだけど、杏里も可愛いよ。すごく似合ってる」


 目の前でくるっと一回転し、俺に近づいてくる。

そして、杏里は俺の脇に手を回し、抱き着いてきた。


 せっけんの香りが漂ってくる。

そんな、杏里さん積極的に……。


「司君の帯の付け方、ダメですね。他にも色々とダメなので、一度崩しますね」


 帯をほどかれ、浴衣についていた紐もほどかれ、やり直しされている。

そう言えば杏里は着付けができるって以前言っていたな。

普段は和服なんて着ないけど、こういう時は役立つのか。


「そんなにダメか?」


「ダメダメですね。少しそのまま立ってて下さい」


 杏里先生の言うとおり、俺は棒立ち状態で杏里に浴衣を着せられている。

自分で着た時と違い、しっくりとくる。


 帯をそれなりに力いっぱい締め、後ろできれいに結んでくれた。

鏡越しに見るとかっこいい。これが、浴衣の効果なのか。


「男性の方がやりやすいし、簡単ですね。髪も特に何もしないし……」


 何かぶつぶつ言っている杏里先生。

男女の差が出るのはしょうがない。


「終わりました。これで大丈夫です」


「ありがとう、助かったよ。少しは男前になったかな?」


「はい。男前になりましたよ」


 杏里は俺の腕を取り、二人で並んで姿見を覗き込む。

金魚柄の浴衣を着た杏里と金魚鉢柄の俺。


 少し、身長差があるような気もするが、並んで歩いても不自然ではないだろう。

俺の腕に杏里が体重をかけてきた。


「お祭り、楽しみだね」


 俺も杏里の肩に手を乗せ、引き寄せる。


「あぁ。せっかくのお祭りだ。楽しもうか」


 準備は終わった。さぁ、いよいよ出発だ。

服装よーし、財布よーし、ハンカチちり紙よーし。

扇子を帯に差して、草履をはく。


 杏里も玄関で下駄を履き、巾着を手に持つ。

玄関の姿見でもう一度服と髪を確認している。

女性は大変だな……。


「杏里、大丈夫か?」


「髪、変じゃないかな?」


 アップにまとめた髪は、浴衣に良く似合っている。

杏里の髪は普段腰まで来る長さだ。

それをアップにしてまとめている。

簪(かんざし)も良く似合っており、和服美人とはまさにこの事。


「大丈夫、可愛いよ」


 俺を見ながら笑顔になり、自分の浴衣の着くずれが無いかチェックしている。

初めて杏里がこの玄関を訪れた時とは全く違う。


 あの頃の杏里はもっと目つきが鋭く、冷たい感じがしていた。

会話ももっと単調だったな。あ、それは俺も同じか……。


「杏里、今楽しいか?」


 杏里の動きが止まり、俺の方に視線を向けてくる。


「楽しいよ。司君は楽しくないの?」


 答えは決まっている。


「今までの人生で一番楽しい。杏里がいるからな」


「あ、ありがとう……。わ、私も司君がいるから……」


 俺は杏里の手を取り、玄関を開ける。

今日は隣町の港祭り。屋台もあるし、パレードや花火も。


「一緒に、一日一日を楽しもうなっ!」


「うんっ!」


 俺達の今日が始まる。

人生はきっと長い。でも、一日一日を大切にしていこうと思う。

その日はきっと、その時にしか訪れないのだから。


 好きな人と一緒に過ごす日を大切にしよう。

好きな人の手を取り、共に同じ時間を歩んでいきたい。


 きっと俺は、杏里の事を、本当に好きなんだと思う。

その想いは、杏里に伝わっているのだろうか……。

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