第144話 恋愛しています
「天童。この件は私が直接校長に掛け合い、許可を貰ってくる」
先生がなぜかやる気を出している。
いつも何となくやる気が無いように見えている先生だけに、怪しい。
「浮島(うきじま)先生、何とかなるのでしょうか?」
会長が先生に問いかける。
一教師が校長に直接許可を貰うって、結構ハードルが高いのでは?
「恐らく問題ない。仕事の内容も簡単だし、何より三年生の塚本もいる。それに短期間だから大丈夫だろ」
「そうですか。でも、学校の許可がもらえても保護者の引率が……」
「そこも私が手配しておこう。誰かしら手の空いている先生はいるだろう。心配しなくていい」
「よっしゃ、先生が何とかしてくれるなら大丈夫だろ。良かったな天童、これで安心して夏休みを迎えられるぜ」
はしゃぐ高山を横目に、不安そうな目をしている杏里と杉本。
もし、俺の勘が正しければ、きっと予想通りになるはず。
きっと杏里も杉本も気が付いているだろう。
絶対に浮島先生が来る。
あのやる気に目の輝き。間違いない。
校長先生に掛け合って、無理矢理でも自分が行くつもりだ。
「もちろん引率者の先生もお仕事してくれるんですよね? タダで」
「そ、そこはバイト先の担当者と学校で話をして決める。この申し込み書、コピーとらせてもらうぞ」
軽い足取りで教室を出ていく先生。
廊下から、なぜか鼻歌も聞こえてくる。
「杏里、きっと先生が来るよね?」
「でしょうね。運が良ければ出費なくセブンビーチ行けますから」
「別に誰でもいいだろ? 俺達の目的はバイトして稼いで、ただで泊まって遊ぶこと! 先生は先生で適当にしてくれた方が逆にいいぜ」
「ま、誰になったとしても俺達にはあまり関係ないかな? どうせ俺達は仕事してるし」
「天童、高山。あの先生には気をつけろ。奴は手ごわいぞ」
突然会長が話しに入り込んできた。
しかし、その眼差しは真剣そのもの。メガネのフレームを指でくいっと上げ、レンズを光らせている。
「手ごわいと言うと……」
「あれは夏キャンプでの出来事。浮島先生は以前、川で冷やしたビールをこっそり飲んで教頭に絞られている。内々に処理はされているが、とある情報筋だと三年連続らしい」
確か酒癖が悪いと高山情報でもあったな。
そんなに酒が好きなのか? お酒ってうまいのか?
「今回は別行動になるし、問題ないと思いますけど。部屋もきっと別になるだろうし」
そういえば、宿泊付きとは聞いているが、具体的にどこにどんな部屋割りでとかは聞いていないな。
ま、申し込みすれば分かるから後でいいか。
「先生の行動にも注意すれば大丈夫だと思います。出先では流石に問題は起こさないと思いますよ」
杏里も心配しているが、俺も同意見だ。
「他の先生が来ることを祈ろう……」
しばらくすると先生が戻ってきた。
「ほら天童、原本を戻しておく。学校の許可が取れたら連絡するから、しばらく待ってくれ。あと、先方のオーナーには学校から一度連絡をしておくからな」
先生がやる気を出してくれたおかげで何とか進みそうだ。
そこには感謝します。ありがとうございます。
「ありがとございます」
「気にするな。こんなイベントは、高校時代しかできないから。今を楽しまないとな」
ニヤッと話笑いながら先生は教室を後にした。
先生は高校時代どんな風に過ごしたのだろうか?
俺達の様にイベントがあって、恋人とかいて、部活をしていたのだろうか?
俺は、先生の事を何も知らない。別に知らなくてもいいけど……。
「じゃぁ、あとは俺と先生で進められそうだから、今日は解散でいいかな?」
「よし、彩音帰ろうぜ!」
「そんなに急がなくてもなくならないよ」
高山がなぜか急いでいる。
何か用事でもあるのか?
「そんなに急いで、何か予定でもあったのか?」
「ん? あぁ、今日彩音と街に浴衣を見に行くんだ」
「高山君、浴衣持っていないって昨日話していたの。それで、今日買いに行こうかって」
こっちでも浴衣イベント発生ですね。
まぁ、浴衣をしっかりと持ってる男子は少ないんじゃないかな。
「じゃ、天童。また明日な」
「杏里もまた明日ね」
二人は少し急ぎ足で教室を出ていく。浴衣か……。
港祭りまであと少し、当日晴れるといいな。
「姫。浴衣ですか?」
会長の渋い声が響く。
「今度、港祭りがあるじゃないですか。浴衣を着ようかって話しになって……」
「ほぅ、港祭りですね。姫も浴衣で?」
「はいっ。彩音と一緒に浴衣を着ていこうって」
頬がつり上がっている会長。
目は笑っていても、口元が悪い人になっていますよ。
「そうれはそれは……。おっと、私もちょっと野暮用が。保護者の同意書は後程……」
会長はいつもと少し違うテンションで教室を出て行った。
少しだけ黒いオーラが見えたのは、きっと目の錯覚だろう。
会長が教室でていき、残ったのは俺と杏里。
しばらく話しこんだせいなのか、教室も廊下からも誰の声も聞こえない。
まるで学校に俺と杏里の二人だけになったような錯覚に陥る。
「みんな帰っちゃったね」
「そうだな」
「教室に司君と二人でいるのは、何か変な気分」
「普段は誰かしらいるからな」
会長が開けて、そのままにしていた窓から風が吹き込む。
カーテンが揺れ、杏里の髪も同時に風に流される。
「風が、気持ちいね」
杏里が席を立ちあがり、窓際に移動する。
俺も無意識に杏里の後を追い、一緒に窓際に立つ。
窓からは部活をしている生徒が見え、正門に向かって歩いて行く男女も見えた。
高山と杉本だ。正門を出てから、二人並んで歩いているのがここからでもよく見える。
「あの二人、随分仲が良いな」
「彩音は高山さんのこと大好きだからね」
「そうなのか? 俺はてっきり高山の方がベタ惚れだと思ってたよ」
「彩音はいつも高山さんの事ばかり話すの。ご飯をおいしそうに食べてくれるとか、いつでも自分を気にしてくれるとか」
「そっか。あの二人、恋愛してる! って感じだな」
突然、俺の頬に唇の感触が伝わる。
「私達も恋愛してるよっ」
杏里は少し照れながら、バッグを持ち教室を出て行ってしまう。
俺も急いでバッグを肩にかけ、杏里を追いかける。
「ちょっと、待てよ!」
「待たない! 早く私を捕まえて!」
廊下を走る杏里。
それを追いかける俺。あと少しで捕まえられる。
「捕まえた!」
俺は杏里の腕を握りしめ、息を整える。
「司君、やっぱり足が速いね。あっという間に追いつかれちゃった」
「急に走るなよ。先生に見つかったら怒られるだろ」
「その手、離さないでね。私をしっかりと捕まえていてね……」
「離さない。俺は、この手を絶対に離さないよ」
二人で昇降口に向かう長い廊下。
俺達は手を繋ぎ歩き始める……。杏里の温もりが、伝わってくる。
この温もりを、俺は失いたくない。
昇降口に着き、靴を履きかえる。
ここまであっという間についてしまった。
「司君、さっき『この手を絶対に離さないよ』とか言ってたよね」
俺は今靴を履き替える為、手を離している。
そりゃ言葉ではそう言いましたけど、現実的に考えたら無理でしょ?
「確かに言ったけどさ……」
「また、捕まえてね」
杏里の笑顔はいつみても微笑ましい。
その微笑ましい笑顔は、俺に向けられている。
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