第143話 バイト参加の条件


 放課後、杏里と杉本、それに高山と教室に残っている。

昼休みの時に高山達の所に行ったが、杏里も井上もその場にいて、何だか普通に和んでいた。

遠目から見ていたら男一人の高山と女生徒三人。

なにこれ? 高山は本当にモテ期なのかと錯覚してしまう位だった。


 俺もその場に入ったが、結局なんてことはない普通の話をしてその場を解散してしまった。

高山の隣には三段弁当が置かれており、きっと杉本の手作り弁当だったに違いない。


「それで、天童はこのメンバーでいいと思うのか?」


 向かいの席に座っている高山が俺に問いかけてくる。

他のメンバーも俺に目線を送っており、何だか少し居づらいと感じてしまう。


「正直なところ、みんなの意見が聞きたい」


「私は別に誰でもいいと思うけど、杏里は?」


 杏里の方を見ると少し表情がこわばっている。


「会長さんって、あの会長さんですよね?」


「あぁ、ファンクラブの会長で三年生。多分そんなに悪い人ではないと思う」


「会長だろ? あの人結構人望もあるし、後輩の面倒も良く見ているから大丈夫だと思うぜ」


 高山情報だと悪だった噂もなく、どちらかと言うと良い噂が多いらしい。

しかし、高山はどこから情報を持ってくるんだ? 将来探偵にでもなるつもりなのか?


「そうですか……。だったら、一つ条件があります」


「条件?」


「今後、隠し撮りはしない事。それが参加の条件です」


 写真の件もファンクラブの件も杏里にはばれている。

だったらこの際直接話してもいいな。


「了解。その条件で参加できるか確認してみるよ」


 俺はスマホを手に持ち、会長にメッセを送る


『参加の条件があります。少しお時間いただいてもいいでしょうか?』


 メッセを送るとすぐに返事が届く。


『今どこだ?』


『自分の教室にいますが?』


『四十秒で行く。動かずにそこで待っててくれ』


 今から来ると? 会長はまだ学校にいるのか?


「あのさ、会長にメッセ送ったら今すぐに来るって」


 少しだけ場の雰囲気が凍りつく。

まだ心の準備ができていない杏里。

大丈夫だ、俺も高山もいる。何かあったら俺が何とかしてやるから。

そんな不安な目を俺に向けないでくれ。


 誰も居なくなった教室。

机の上にはバイトの詳細が書かれた紙が一枚、そしてその隣にはメンバーが書かれた申込書。


 しばらくすると、遠くの方から足音が聞こえてくる。

歩いている音ではない、走っている音だ。


「待たせたな!」


 教室に入ってくる会長。

昼休みの時は何となくだらしのない恰好をしていた。

シャツはズボンから出しており、シャツのボタンも三つ目まではずし、ネクタイも垂れ下げていた。

角刈りの髪と鋭い目つきの会長は見た感じ怖い。


 その会長が目の前にいる。

しかし、服装はびしっとしており、メガネをかけている。

遠目から見てもそのメガネには度が入っていないのがわかります。


 猫、被っていませんか?

俺達の方に向かってゆっくりと歩き、杏里の隣まで寄ってきた。


「初めまして、私が塚本栄治(つかもとえいじ)、十八歳。姫を守るナイトでございます」


 場が固まる。

第一声がこの言葉。俺達は、何をどう答えたらいいのでしょうか?

高山にこっそりと目線で合図する。


「会長。お久しぶりです! 今回はお手数おかけしました!」


「おう、高山か。テストは何とかクリアしたようだな」


「そ、その件についてはまた後日ゆっくりと……」


 頭をかきながら高山は苦笑いしている。

そうか、高山は会長に過去問を貰ったのか。

後輩の面倒見がいいと言っていたが、そういう事なのか?


「あ、あの……。会長がバイトに参加する条件がありましてですね……」


「条件か。良いだろう、何でも言ってくれ」


 空いている席に座り、俺達の方を見ている。

会長は三年生。俺達は一年生。

先輩として、会長は頼りになるのだろうか?


「杏里から話すか?」


 俺はさっきの件について、俺から話してもいいと思ったが杏里が直接話した方が早いと思い、話を振ってみた。


「会長さんはファンクラブの会長さんですか?」


「ええ、私が会長です。入学式の翌日から会長となっております!」


 そうですかー、入学式の翌日に会長になったんですね。


「何故、ファンクラブなんて作ったんですか?」


「愚問ですね。例えば、荒野に一輪美しい華が咲いている。スクランブル交差点のど真ん中で子供が泣いている。そんな時、あなたはどうしますか?」


 言っている意味が良くわからない。

会長は席を立ち、窓際に歩いて行く。

そして、カーテンを開け、窓も開ける。


 遠く空を眺めながら、何かを語り始めた。


「我々の目的は一つ。可憐な華を守る事。そして、泣いている子の手を取り、声を聞いてあげる事」


 会長は突然こっちへ振り返った。

そして、杏里の方へ熱視線を向けてくる。


「全ては、姫の為に。他の理由はありませんよ」


 目が真剣です。本当にそう思っているのか。

ファンクラブってこんな感じのメンバーが多いのか?

ある意味、杏里を崇拝している宗教に近いのではないのでしょうか?


「えっと、ちょっと怖いです……」


 杏里が怯えている。確かにそうですよね。

初めてあった人にそこまで言われると、さすがに引きますよね?


「それは申し訳ない。しかし、この想いは変わりません。是非、私も姫の従事者に……」


 話がそれてきた。

会長、何だか少しずれていますよ?


「バ、バイトの件で話をするんですよね?」


「おぅ、そうだった。で、条件ってなんだ?」


「今後、杏里の写真を隠し撮りしない事。それが条件です」


 しばらく会長は考え込む。


「……分かった。それが条件だな?」


「随分あっさりしてますけど、信用しても?」


「本人が望んでいる事だろう。今日中に全会員に通達しておく」


 随分あっさり納得してくれた。

もう少しごねると思ったんだけど、そうでもなかった。


「あ、あと私の事を『姫』と呼ぶのをやめて下さい。は、恥ずかしいです」


 杏里が少し頬を赤くしながら訴えている。

確かに姫とか言われると、ちょっと恥ずかしいかも。

俺も『殿』とか呼ばれたら恥ずかしい。


「では何とお呼びすれば……」


「姫じゃなければ何でもいいです」


「……プリンセス・リヴァ―でも?」


「ごめんなさい、やっぱり姫がいいです。ただし、あまり人前で呼ばないでください」


「かしこまりました、姫の仰せの通りに……」


 変な空気になってしまった。

ただ、バイトのメンバーを決めるだけだったのに。

でも、これで隠し撮りが無くなるから、杏里にとっては良い結果になったのかも。


「じゃぁ、メンバーはこれでいいかな?」


「そうだな、これで申込書と同意書を書いて、店長に渡せば終わりだな」


 俺が申し込み書に書き始めると、誰かが教室に入ってきた。


「なんだ、お前たちまだいたのか?」


 担任の先生だ。こんな時間に何しに来たんだ?


「先生、どうしたんですか?」


「いや、もう誰もいないと思ったんだが、教室から声がしたんで見に来たんだ」


「すいません、これを書き終わったらすぐに帰りますね」


 先生が俺の書いている申込書を覗き込んできた。


「セブンビーチでのバイト。宿泊しながらの四泊五日?」


「はい。バイト先の店長から頼まれまして」


  先生はなぜか渋い顔をしながら、何か考え込んでいる。


「なぁ、天童。宿泊しながらのバイト条件って知ってるか?」


「いえ、でもバイトはいいって生徒手帳にも……」


「条件を満たさないと、宿泊付きのバイトは禁止だぞ?」


 変なことになってしまった。

その場にいたメンバーが互いに目線を送り、戸惑っている。


「生徒手帳出して。アルバイトについてのページ、全部読んだか?」


 俺は手帳を出し、言われたページを開く。

俺以外のメンバーも手帳を出し、開き始めた。


 アルバイトについて。

原則、アルバイトは認めるが、宿泊を伴う場合は以下の条件を満たした場合のみ許可する。

一つ、保護者の同意を得る事

一つ、学校長より許可を得る事

一つ、宿泊先に保護者、もしくは学校関係者が引率する事


「先生、これは?」


「学校と親の許可、それに誰か引率する必要がある。子供だけでは宿泊させるバイトは危険な事があるからな」


 完全に俺のミスだ。

まさか、校則でこんな事が書かれているなんて。


「天童、どうする? バイトやめるか?」


「そうだな、親から許可を貰っても引率者は難しそうだしな……」


 先生は何やら考え込んでいる。


「セブンビーチに四泊五日……。日程も問題ないな……」


「先生?」


 先生の目が輝いている。

何か嫌な予感しかしないのは、俺だけか?

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