第141話 学食でのランチタイム


 今日の昼は、井上と学食で落ち合う予定だ。

井上は杏里と友達になりたいが為に、新聞部に密告した。

屋上から杏里と降りてくる姿を井上に見られたのが、そもそも悪かった。

 

 本来だったらこの件も杏里に伝えた方がいいのかもしれないが、今回は伝えていない。

井上の友達になりたいって言う気持ちを優先したからだ。

もう少しだけ、井上の様子も見た方がいいかもしれんな。


「天童、今日の昼はどうするんだ?」


「今日は杏里と井上さんと学食に行こうかと思ってた」


「珍しいな。じゃぁ俺は彩音と中庭でも行くかな」


「天童さんと井上さんに杏里? 珍しい組み合わせですね」


「ちょっと色々とあって。もしかしたらバイトにも誘うかもしれない」


「井上って陸上部の井上だろ?」


「あぁ、そうだけど。それが?」


「うーん、俺情報だといい噂と悪い噂が半々なんだよな。姫川さんがいれば大丈夫だと思うけど、天童だけだとちょっと心配だな」


 それはどういう意味でしょうか?

俺が抜けていると? そういいたいのですか?


「そこまで心配しなくてもいいさ。ちょっと会って話すだけだし」


「ま、何かあったら連絡くれ」


「おう」


「司君、早くいかないと遅れるよ」


 杏里がすでに教室から出ており、扉の向こう側で待っている

高山と杉本はバッグを片手に中庭に出る準備でもしているのかな。


「じゃ、高山また後でな」


 俺は杏里と一緒に学食に向かう。

この時間、他の教室にも廊下にも生徒は大勢いる。

そんな中、俺と杏里は二人で並んで歩いて行く。


 他の生徒からもらう視線が痛い。

そこまで見なくてもいいじゃないか。


「あれか? あの記事本当だったのか?」


「まじか! 会長は? 会長は動かないのか?」


「いや、噂によると会長も認めたらしいぞ」


「そ、そんな馬鹿な! あの会長がか!」


「あの天童ってやつ、十人に囲まれてもビビらなかったらしいぜ」


「すげーな……」


 一体なんの噂だろうか。

確かに会長と言うか、ファンクラブは動いていたし、会長とも会った。

認めると言うか、会員規約のような規則があっただけだし、俺は何もしていない。

それに、十人くらいに囲まれたけど、何もしてないですよ?


「司君、大分見られているね」


「あぁ、視線が痛い」


 杏里と正面を見ながら視線を交わさずに小声で話す。

ここで少しでも距離を縮めたり、手を握ったり、見つめ合ったら大変なことになりそうだ。


「でも、私は嬉しいよ。司君と二人で、堂々と一緒に校内を歩けるのが。司君は嬉しくないの?」


「嬉しいに決まってるだろ。そんなわかりきったことを聞くなよ」


 少しだけ顔が熱くなるのを感じた。

杏里の方に目線を送ると、杏里も心なしか微笑んでいるような気がする。


 学食に着くと、すでに井上が入り口で待っていた。

遠目で見ても、顔がこわばっているのが分かる。緊張でもしているのか?


「すまん。待たせたか?」


「大丈夫。ボクも今、来た所だよ」


「こんにちは、井上さん。こうして話すのは初めてかしら」


「は、はい。初めてです」


 少し顔を赤くしながらお辞儀をする井上は、昨日とは随分態度が違う。


「とりあえず、食券買って席探すか」


 それぞれが販売機で食券を購入し、引換券をおばちゃんにもらう。


「珍しいね。今日は三人で来たのかい?」


「うん。今日は姫川さんと天童さんと一緒なんだ」


「そうかい、何だかにぎやかだねぇ」


 おばちゃんはニコニコしながら引換券を俺達に渡した。

心なしか井上も笑顔になっている気がする。


「井上さん、あの方と仲が良いの?」


「おばちゃん? そうだね。ほぼ毎日学食に通ってたし、顔を合わせる事が多かったからかな」


 空いている四人掛けのテーブル席を確保し、番号が呼ばれるのを待つ。


「……」


「……」


「……」


 ち、沈黙。何を話したらいいんだ?

場をセッティングした俺が先行すればいいのか?


 俺の隣に杏里が座り、杏里の向かいに井上がいる。

しかし、誰も話し始めない。まるでお通夜のような空気だ。


 他の席からはにぎやかな声が聞こえてくる。

よ、よし。ここは俺の出番だ!

一言話せば、きっとみんな話し始めるよね? きっかけが大切なんだ!


「あ、あのさ――」


「姫川さんて、普段どれくらい勉強しているの?」


 井上が杏里に話し始めた。

俺の話は無かったことにされたようだ。いえ、別に気にしませんよ。

俺は仲介役。二人が話せれば、それでいいのさ……。


「勉強? 私はそこまでしないわね。試験前に少しする位かしら……」


 はい? 姫川様、そんな事無いですよね?

何気に毎日勉強しているの知ってます。

しかも、試験前は学校で残った後にさらに自宅で深夜までするんですよ?


 多分基本的な勉強量と集中力が違うんじゃないでしょうか?

少しジト目で杏里の方を見たら、なぜか太ももをつねられた。

痛いです。はい、何も言いませんよ……。


「そっか、そんなに詰め込まないで一位になれるんだね」


「たまたまよ。井上さんだって二位じゃない」


「ボクは頑張っても二位。姫川さんには何をしても追いつけないのさ」


「そんなに順位って大切?」


「大切さ。ボクは、姫川さんの様になりたいんだ……」


 真剣な眼差しで杏里を見ている井上。

井上はなぜそこまでこだわるんだろうか……。


『番号札、十番、十一番!』


 番号が呼ばれた。

が、俺だけ呼ばれていない。なんでだ?


 杏里と井上が席を立ち、カウンターに行く。

そして、すぐに戻ってきた。


「随分早いな」


 二人のトレイにはサラダにトースト二枚。

それにフルーツ、ドリンク。


「それで足りるのか?」


 俺だったら絶対に足りない。


「ボクはこれでも陸上の選手だよ? カロリーは少し考えないとね」


「私も、お昼はそこまで食べなくても」


「そっか……。ところで井上は夏休み何しているんだ?」


 一応聞いてみるだけ聞いてみよう。

もし、予定が無かったら後で高山達に相談してバイトに誘ってみるかな。


「夏休み? お盆前は部活の合宿があるって聞いてる」


 被った。バイトの予定日と同じ日程だ。

これは期待薄かな……。


「合宿って学校でするの? うちの学校宿泊施設とか、なかったわよね?」


「先輩の話だと、学校じゃなくてどっかに泊まりがけでって言ってたよ。ボクはまだ資料を貰ってないから、具体的な場所とか日程とかは知らないんだけどね」


 井上との会話もやっとなじんだ頃、二人は食べ終わってしまった。

おかしい、俺の頼んだカツ丼ラーメンセットが呼ばれない。


『番号十二番! お待たせしました!』


 やっと呼ばれた。忘れられていたかと思ったよ。

カウンターに行き、トレイに注文品を乗せる。


 二人の所に戻ると、さっきとは違って微笑みながら会話をしている。

ん? もしかして、俺場違いじゃないか?

席に戻った後、割り箸を手に持ちながら二人に話しかけた。


「あのさ、俺まだ食べるから、二人とも先に戻ってていいぞ。もう食べ終わってるし」


「別に気にしなくていいよ。司君が一人になるじゃない」


「いや、俺は一人でもいいさ。二人で話したいんだったら、学食じゃなくてもいいんだぞ」


 井上がなぜか喜んでいる。

表情が表に出るようになってきたのか?


「ボクは、もう少し姫川さんと話が、したいな……」


「そう……。じゃぁ、中庭のベンチで紅茶でも飲みながらお話しする?」


「う、うん!」


 二人は席を立ち、学食から出ていく。

俺は一人残り、かつ丼とラーメンを食べ始めた。

別に一人で食べてもいいだろ? むしろあの二人といる方が目立つんじゃないか?


 一人スマホを触りながら食べていると、空いている席に誰かが勝手に座ってきた。

確かに四人席を一人で使っている。だからと言って、断りなく座るのはどうなんだ?


 目線を上げるとそこには若干怖い顔つきの男が。

通称、ファンクラブの会長が目の前に座っている。


「よぉ、一人で食事かい?」


 俺の箸で掴んだカツが、音もなくご飯の上に落ちていく。

なぜここに会長が? 他にも二人の生徒が座っている。


 もしかして、俺に何か話でもあるのか……。

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