第140話 メンバー集め始まる


 駅に着き、同じ列車に乗り込み、そのまま学校に向かう。

今日から別々に別れて登校はしない。一緒に学校へ行くことにした。

電車で揺れながら、たわいもない会話を楽しむ。


 単語帳を見たり参考書を読む時間は無くなったけど、一緒にいる時間が増えた。

杏里と一緒にいても、成績は落ちない。良い結果だった。


 駅を降りたら腕は組まないし、手もつながない。

流石にそこまでする勇気はない。他の生徒の目線も痛そうだしね。


 二人で正門をくぐって、一緒に靴を履き替えて、教室に行く。

今まで叶わなかった夢が一つ叶った感じがする。


 好きな子と一緒に登下校する事。

そんな簡単な事が今までできなかった。でも、今日はできた。


 時間はかかるかもしれないけど、俺も杏里も少しづつ成長している。

こうやって、出来ない事をできるようにしていく事が、大人に近づいていくと言う事なのかなと、少しだけ思った。


「おはよう、彩音」


「おはよう、杏里。ん? 今日は朝から機嫌がいいね。何かあったの?」


「な、にもないわ。いつもの朝だったし、登校する時も何もなかったわ」


「そう、でも朝から随分顔がゆるんでいるよ?」


 杏里の表情を見ると確かにいつもの様につんとした雰囲気が無いような気がする。

張りつめた氷の膜が無くなっているような感じがする。


「気のせいよ。私はいつも通り……」


 杏里は自分の席に座り、参考書を開き始めた。

だが、上下が逆になっている。


 俺はサッと杏里から本を取り上げ、正位置に戻し、杏里の手に戻す。

頬を赤らめている杏里の表情が可愛い。

そして、俺も席に着こうとした時、高山が声をかけてきた。


「天童! 浴衣が無い! どうする!」


「俺に聞くなよ。買えばいいだろ?」


 朝から騒がしい教室。

でも、そこに俺が、杏里がいる。今日も一日が始まるんだな……。


「なぁ、ちょっとだけ相談があるんだけどさ……」


 俺はバッグから紙を一枚取り出し、二人に見せる。

店長からもらったセブンビーチのバイト募集用紙。


 隣町の海水浴場、セブンビーチでの泊まり込み、宿泊食事つき、夕方以降は自由時間。

さらに日当もいい金額が出る事を説明する。


「天童、これって普通のバイトだよな?」


「普通だ。俺のバイト先のオーナーが海の家やるんだって」


「隣町か……。でもこの期間で四万はでかいな」


 珍しく真剣に悩んでいる高山。いつもだったら『おっしゃー! 良いいバイトじゃん! 絶対に行くぜ!』とか言ってくると思ったのに。

しかも、隣の杉本も表情を見る限り雲行きが怪しい。


「彩音はバイトできそうなの?」


「うーん、正直予定がつまってるんだよね。お盆前までに仕上げないといけないのが、結構溜まってってさ……」


 杉本は何か内職でもしているのだろうか?

お盆前までに何かしなければいけない事があるようだ。


「彩音、どうする? 俺的にはリゾートバイトにも行きたいんだけど?」


「うーん、終わる見込みがあれば、私も行っていいんだけど……」


「何か予定があるのか? もし、それが終わったらリゾートバイト行けそうなのか?」


「うん。私は行けるよ。終わればね……」


 若干遠い目をしている杉本。何か切羽詰っているのだろうか?


「高山君は行けそうなの?」


「俺は彩音の件が終わったら行けるぞ。もともと彩音の方を手伝う約束だったし」


 ん? 手伝う事もできるのか?


「杉本、それって俺も手伝ったら早く終わるのか?」


「うー、多分早く終わると思う。人がいればそれだけ早く」


「私も手伝える?」


 杏里も参戦しそうだ。


「杏里も大丈夫だよ。みんな手先は器用だよね?」


「それなりに細かい作業はできると思うよ」


「私も」


 杉本の顔に笑顔が戻る。


「じゃ、お言葉に甘えて手伝ってもらおうかな」


「終わる見込みがあれば、親にこの用紙を見せて、書いてもらったら俺にくれ」



 店長にもらった同意書を二人に渡す。

残りはあと二人。さて、この先はどうしようか。


「さて、あと二人。高山とか誰か当てはないか?」


「うーん、みんな部活とかバイトとかしている奴多いしな。何人か聞いてみるよ」


「悪いな巻き込んじゃって」


「気にすんな。リゾートバイトとか、超楽しそうじゃん! 誘ってくれて嬉しいぜ」


 さわやかスマイルで俺に歯を見せてくる高山。

その歯には青のりがくっついている。


「高山、朝ごはん何食べた?」


「今朝か? お好み焼き、ご飯、味噌汁、お新香、野菜炒め……。あー、あと彩音のおにぎり三個」


 あ、朝から随分食べるんですね。青のりはそれで付いたのか。

しかし、朝から彼女のおにぎりとか。ちょっとうらやましいな……。


 ふと杏里に目線を向けると、なぜか俺を少し睨んでいる。

ん? 俺は何かまずい事でも言ったのか?


「司君、明日の朝おにぎり作ってきますね。五個作って来るので完食してください」


 ドヤ顔で俺に迫ってくる杏里。朝握りはともかく、五個はちょっと……。

それに、なぜおにぎりの事に気が付く?


「わぁ!」


 杏里の背中に人が! 思わず声が出てしまった。

と、よく見たら杏里の陰に隠れた遠藤がいた。


「おはよう諸君。今朝もナイスな朝だね。特に姫川さん、今日も美しい……」


「で、天童。残りは俺の方でも探してみるよ」


「悪いな。見つかったら教えてくれ」


「彩音も誰かいたら天童でもいいし、俺にでも教えてくれ」


「うん。でも当てにしないでね」


「彩音も一緒に行けるといいね」


「おーい。無視しないでくれよ。せっかく登場したのに」


 めんどくさい奴が来た。

こいつには話さない予定だったのに、勘のいい奴め。


 俺は目線を高山に送る。

高山は無言で首を横に振り、同時に杏里にも目線を送るが首を横に振っている。


 意見が一致した、一度保留だな。


「おはよう、遠藤。突然どうしたんだ、珍しいな」


「っふ。なぜかって? 姫川さんが困っている予感がしたのさ。突然に」


 その話し方何とかなりませんか?

会話しにくいんですけど。


「こ、困ってないわ。大丈夫、間に合っています」


「そうかい。それじゃ、もし困っていたらいつでも、どこでも、呼んでほしい。僕は飛んでくる。君の為に……」


「あ、はい。そうしますね」


 棒読みの杏里。感情が全く入っていない。

その回答に安心したのか、遠藤は自分の席に戻っていく。


「遠藤はなしか?」


「リスクが高い。あいつの行動が読めない」


 確かに高山の意見通り、遠藤の行動が読めない。

それに対して杉本が反論する。


「そうなんだ。でも、誰でもいいのであれば、人数足りないよりはいいんじゃないかな?」


「彩音は遠藤さんとそんなに親しくないからでしょ? 私はみんなの前で公言されているのよ『狙います』って」


「でも、天童さんと付き合っているんだから、ある意味無害じゃないかな?」


「そうみえたか? 遠藤は無害なのか?」


 段々遠藤の扱いがひどくなってきた気がする。

き、気のせいだよね?


「さっきだって話し終わったら普通に席に戻ったし」


「確かに……」


「よし、ここは利用しようぜ。いざとなったら俺と天童で押さえつけて沈めればいいだろ」


 こ、怖いぞ高山。確か平和主義者じゃなかったのか?


「そ、そこまではちょっと……」


 杏里も若干不安そうな表情になる。


「杏里は心配しなくていいよ。私もいざとなったら刺すから」


 ちょ、何言っているの。刺すって怖い事言わないでよ!


「彩音……」


「あ、誤解、勘違いしないで。刺すって言ってもペン先でだよ」


 それでも痛いし、場所によっては致命傷ですが?


「杏里、どうする? 問題が無いようであれば、遠藤も誘ってみていいかな?」


「つ、司君が私の事守ってくれるなら……」


 少しもじもじしている杏里。

みんなの前で言わなくてもいいじゃないですか。

言われた俺も恥ずかしいし、どう返答したらいいのか困ります!


「し、心配するな。俺が守るよ」


 ニヤニヤしている高山。

斜め下を見ている杉本。お前たちだって似たようなもんだろ!


「よし。じゃぁ、後で声をかけてみよう」


 こうして俺達、リゾートスタッフパーティーは集結し始めた。

俺と杏里。それに高山と杉本。杉本の予定が終われば二人とも参加できる。

これは与えられた試練、乗り切って見せるぜ!


「ところで、何の手伝いをすればいいんだ?」


「簡単だよ。塗り絵とシール貼り。あと少しのタイピングと紙をまとめるだけ」


「なんだ、簡単じゃないか! 俺達に任せろ!」


 俺と杏里はちょっと不安だったが、作業内容を聞いて安心した。

塗り絵にシール貼り。余裕じゃないですか!


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