第136話 お揃いの浴衣

 

 俺と杏里は互いに目線を送り、送られてきたメッセを見なかったことにする。

しかし、すごいタイミングで送って来たな。

もしかしたら俺達の事をどこかで監視しているんじゃないか?


「どうした天童? 急な連絡でも入ったのか?」


「い、いや……。何でもない」


「そっか。この後、彩音と残ベンしていくけど、天童達は帰るんだよな?」


「そう言えば高山は今朝も早ベンしていたって言っていたな。そんなに詰め込んで大丈夫か?」


 高山と杉本は窓際から自分たちの机に移動し、帰り支度を始めている。


「ん? 朝は彩音と中庭で弁当食べてただけだぞ? いやー、彩音の作る炊き込みご飯のおにぎりは絶品だったぜ」


 早勉、早弁。

確かにどちらとも早ベンですね。


「高山君って、いつでもお腹すかせてるの。でもお腹にお肉ついていないし、どこにそのエネルギーはどこにいってるんだろうね?」 


 確かに高山の大食いと体型は一致していない。

俺よりも少し背が高いし、筋肉質だ。

あれだけ食べていたらもう少しポッチャリしていてもいいような気が……。


「彩音、高山君のお腹見た事あるの?」


 ハッとしたような表情になる杉本。

俺は高山のお腹位は着替えの時に何度も見ているが、杉本はどこで見たんだ?


「そ、そんな気がしただけだよ。見てない、見てたことなんてこれっポッチもない!」


 杉本は顔を赤くしながらバッグを持ち、教室から出て行ってしまった。


「じゃ、俺も彩音と一緒に図書室に行ってくるわ。井上の件については姫川さんに任せる。じゃ、また明日な」


 高山も少し急いで杉本の後を追って行った。

何だかんだで騒がしいなあの二人は。


「彩音……。まさか高山君と……」


 杉本に限ってそんな事はないだろう。

ま、まさかないよね? ないよな?


「杏里、俺達も帰ろうか」


 二人で昇降口に向かう。

いつもだったら別々に帰るかもしれないが、今日からは堂々と二人で登下校しよう。

俺達の道は俺達で切り開くのだ。手をつなぐとか、腕を組むとかはしない方がいいよね。

他の生徒の目もあるし、先生とかに見られても困るし……。


 駅に向かいながら井上の件について杏里と話をする。


「どうする? 井上と連絡取り合うか?」


「私は別に構わないけど、何だか腑に落ちないわね……」


 校内新聞についての話はしていない。

井上が新聞部に話を持っていった事は俺と井上の秘密にしておこう。


「井上も杏里と仲良くしたいんだって。同じ学年だし、二年になったら同じクラスになるかもしれない。他のクラスの友達がいてもいいんじゃないか?」


 俺には他のクラスに友達とかいないけどな。

ボッチじゃないよ? 人付き合いが苦手なだけなんだ。


「司君がそこまでいうのであれば、友達だったらいいかな。今度一緒にお昼でも食べましょうか?」


「そうだな。最初は俺も一緒に同席してみるか」


 何となく話がまとまり、今度一緒にランチをすることになった。

今夜あたりにでも連絡入れてみるか。


 学校からしばらく歩き、アーケードに着く。

相変わらず人が多く、混雑している。


「あ、あそこのお店。まだ残っているといいな」


 杏里がお目当てのショップに目を向ける。

見た感じ普通の服屋だが、入口すぐにセールと書かれた札が目に入った。

この時期にもう浴衣とか和物のセールをしているのか。

随分早いんじゃないか?


 杏里に腕を捕まれ、引っ張られる。

そんなに急がなくてもいいだろ? なくなったりしないよ?


「うーん、これしかないのか……」


 杏里が渋い顔つきになっている。

思ったより在庫が無かったのか? でも男物なんてなんでもいいんじゃないか?


「別にどれでもいいと思うけど……」


「ダメです。せっかくのお祭りですよ? できればお揃いの色が……」


 目に入ってくる男性用浴衣は三着。

それぞれ背中に、昇り龍、牙をむき出した虎、そして漢字で『萌え男』と書かれている。


 正直どれも着たくない。

これを着る位だったらジーパンにシャツでいい。


「どうする? 他の店に行くか?」


「そうしようかな……」


 ふと、目線を上げると店員さんが店の奥からこっちに向かって歩いて来る。

念のため聞いてみるか。


「すいません、男性物の浴衣って他にありますか?」


「あ、こんなになくなっていたんですね。申し訳ありません、まだ他にも在庫はあります。今、お出ししますね。少々お待ちください」


 店員さんが小走りで店の奥に走って行った。

どうやらまだ在庫はあるらしい。良かった。

追加でお店の方が浴衣を補充する。


「まだ在庫があったみたいだな」


「良かった。普通に買ったら結構高いしね」


 並んだ浴衣を手に取り、杏里は吟味する。

そして数十分が経過した。俺は店の手前から奥まで全ての商品を見て回ったが、杏里の吟味はまだ終わらない。

相変わらず買い物が長いな……。


「司君、どっちがいいと思います?」


 杏里の手には浴衣が二着。どうやら二着までは絞ったようだ。

手に持っている二着は同じ藍色で、良いデザインをしている。


 一着は花火の絵が描いてある。

そしてもう一着は金魚鉢の絵。さて、どっちがいいだろうか?


「杏里の着る予定の浴衣って、何色?」


「私のですか? 私はこれと同じような藍色の浴衣だよ」


「どんな柄?」


「淡い色の金魚が泳いでいる柄だけど?」


 それなら話が早い。


「だったら金魚鉢の柄にするよ」


「花火は無しですかね?」


「杏里の柄は金魚だろ? だったら俺は金魚鉢の柄にする。深い意味はない」


 杏里と同じような藍色の浴衣。

そして、杏里が着る浴衣にいる金魚。金魚に合わせた金魚鉢。

何だか、その方がお揃いって感じがする。


「そうですか。じゃぁ、これにしましょう。あと、帯と下駄と……」


 細かいものがどんどん増えていく。

そこまで増やさなくていいですから!


 結局セールと言ってもフルセットで買ったらそれなりの金額になってしまった。

し、しょうがない。

こないだの映画ではあまり出費しなかったし、バイト代もそろそろ入るし。


 笑顔で店を後にする杏里。

大きな袋になってしまったが、俺もなんだか嬉しい。

好きな彼女と、お揃いの浴衣を着て、お祭りに行って、花火を見る。


 花火を見ながら二人で肩を寄せ合うとか、最高じゃないですか!

今から楽しみでたまりません。そんなニヤニヤした妄想をしながら、表情には出さない。

杏里の前では少しでもクールに見せたいのが男ってもんだ。


 不意に杏里が腕を組んできた。


「お祭り楽しみだねっ。花火とか一緒見るの初めてだし、お揃いの浴衣とか……。私、すごく嬉しいよっ」


 杏里の笑顔が可愛い。

そして、若干下心のあった俺は申し訳ないと少しだけ思う。


「そうだな、お祭り楽しみだな! 花火がきれいに見れる場所、調べておかないとな」


 アーケードから駅に向かい、俺達は歩いて帰る。

互いにお祭りに向けての楽しい話をしながら、気分も盛り上がっている。


――ブルルルルル


 ポケットのスマホが振動する。

なんだ? 高山かな?


 着信を見るとバイト先の店長からだ。

あれ? 今日はシフト入っていないはずなんだけどな?

杏里ももちろん入っていない。

どうしたんだ? 緊急連絡か?


「はい、天童です」


『天童君、休みの所申し訳ない。まだ学校かい?』


「いえ、今アーケードにいて、駅に向かって歩いていましたけど」


『ナイスタイミング! 私、グッジョブ!』


「はい?」


『すまない、少しだけ急用なんだが、店に寄れないか?』


「シ、シフトに入るんですか?」


『いや、シフトは入らなくていい。別件だ』


「すぐに終わります?」


『あぁ、五分で終わる。ちょっとだけ説明がいるんだ……』


「姫川さんも、たまたま一緒にいるんですが」


『ナイス! 天童君さすがです。是非一緒に来てくれ!』


 突然の電話。そして、この慌てよう。

店長がこんなに慌てているのを今までに見た事が無い。


 一体何が起きているんだ?

変なことに巻き込まれないよね?

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